15-再び他領へ
「よし行こう、よしやろう。取り敢えず向こうに突っ込んで全部殲滅だ」
「落ち着け、やる気が溢れすぎてて何かおかしなことになってるぞ、お前」
何を言っている、こいつは。
俺は冷静だ、冷静に全部ぶっ殺すのだ。
「だからそのために調べてんだろうが。突っ走り過ぎて死んでも知らねえぞ」
「調べるっつったって、この辺りの人たちは攻撃に対応するので手一杯だろ?
だから大したことは実は知らないんじゃないかと思ったんだよ、俺はな」
ちなみにこれはその場しのぎの口から出まかせではない。人間、一つのことに集中していると周りが見えなくなってくるものなのだ。実体験として分かる。
「だから一旦ノースティング方面を見た方がいいんじゃないか、と思う」
「なるほど、現地を見てから仕事に取り掛かるわけか。イーグルの力が欲しいが……」
「あいつも上との折衝で忙しいだろ。善は急げ、さっさとやっちまおうぜ」
俺は山に向けて歩き出した。エラルドとノースティングとを隔てる大山脈。2人を助けるためにあの山に登ってから、随分と時間が経ったような気がする。せいぜい2カ月程度、だが俺にとっては何よりも濃厚な数カ月間だった。
「……ったく、手前の背中を見てると危なっかしくて仕方ねえや」
バイソンは頭をポリポリと掻いて俺の後ろに着いて来てくれた。
「危なっかしい、って俺がか? 冗談だろ、俺より安定感がある奴はいないぞ」
「混ぜっ返すんじゃねえよ。むしろ、そう言うところがあぶねえって言うんだ」
怒られてしまった。キレるというよりは諭すという感じの強い怒り方だが。
「あとさき考えず突っ走って、何だかんだ力があるから失敗もせず進んで来た。
そう言う奴が危ない。結局のところ本当の意味で危険を経験していないからだ。
どれだけ場数を踏もうが、いけ好かないルーキーと変わらねえんだよ。
だから危なっかしくて仕方ない」
本当の意味で危険を経験していない、か。確かにな。ディメンジアも、ダークも、マーブルも、転移者も、神でさえも俺を追い詰めることは出来なかった。この身に宿したファンタズムの力を攻略することは出来なかった。確かに命の危機を味わったことはないかもしれない。だが神をも倒す力、ということは俺を脅かせる存在はいないのではないか?
なんてことを言うとバイソンにまた怒られそうだったので、言わないことにしておいた。目線を逸らした俺を見て、彼女はふんと鼻を鳴らした。
「ま、いいさ。手前でくたばるんなら好きにしろ、私はフォローしないからな」
「分かってるよ、もともと敵同士だ。お前が危なかったら助けるけどな」
「言ってろ、アホ。んじゃあ、いっちょ行ってみるか?」
頷き、俺はROMを取り出しベルトを腰元にセットした。
「日帰り旅行と行きますか……レッツ、プレイ。変身!」
0と1の風の中、俺はファンタズムへと変わった。俺とバイソンは同時に駆け出した。走るバイソンの体が深紅の炎に包み込まれ、真っ白な蛇めいたものへと変わった。ほんの数分で俺たちは険しい山を登り切り、境界線上に立った。
もしやダークやマーブルがひしめき、コールタールの海のようになっているのではないだろうか? そんな下らないことを考えたが、どうやら杞憂に終わってくれたようだ。パッと見化け物どもの姿は見えない。だが……
「思ってたよりもヤベぇかもしれないな。人の気配がまったくしねえ……」
俺も頷いた。冬の陽は短い、すでに太陽は落ちかけており、世界を闇が覆い尽くそうとしている。にも拘らず――もちろん、現代日本と比べれば微々たるものだが――光がまったく見えなかった。闇に飲み込まれているだとか、そう言うのではなく、元からまったく存在していないのだと認識することが出来た。
「ノースティング領にはもう生きている人はいないのか? みんな殺された?」
「私に聞くんじゃないよ。でも、その公算は高いんじゃないか?」
だろうな。ダークもマーブルも人間を無慈悲に殺す化け物、生かしておく理由などない。指揮系統は崩壊し、頼るべきものは何一つなくなってしまった。そんな世界で誰一人として生き抜いていくことなど出来はしないのだ。
「もっと奥まで行かないとよく分からないな。どうする、久留間?」
「通信機はあるんだろ? だったら進んでみよう、少なくとも……城まで」
少し進んだところにノースティング家の城がある。あの時破壊し尽くされてしまったが、いまどうなっているだろう。調べてみなければ。
「――!? 誰だ、出て来やがれ!」
山道を降り、進んでいるとバイソンがいきなり立ち止まり、虚空に向かって叫んだ。何をしているんだ? 別に何の気配も感じないが……
「おーい、どうしたんだバイソン? 何か気になることでもあるのか?」
「……いや、こっちを見られた気がしたんだ。いまはもう感じないが……」
首を傾げざるを得ない。いまはどころか、俺はそんな気配など微塵も感じなかった。まあ、こんなシチュエーションなのでバイソンも気を張り詰め過ぎているのだろう。彼女が満足するのを待って、俺たちはもう一度進み始めた。