15-守護の願い
宿場で一泊し、ムルタくんに別れを告げてから俺たちは出発した。また会いましょう、と彼は言ってくれた。例え社交辞令でも生きて帰る理由にはなる。
「ノースティング側の状況は思っていたよりも悪そうだな。化け物だらけだ」
あの日以来ダークとマーブルは増殖を続けている。僅かな救いは両者が敵対しているということくらいか。女神の尖兵たるマーブルと男神の手駒であるダーク、協調のしようはない。もっとも、人間相手ならばどちらも敵になるのだが。
続いて行く平坦な道を俺たちは歩き続けた。化け物は出てこない、次元城の戦力が上手く捌いているのだろう。ゴブルの宿場町も襲撃を受けたらしいが、ここ最近とんと奴らが現れていないらしい。次元城の移動と連鎖しているのは明らかだ。
「今日のうちに着けるといいな。あいつらだって長くは守れないだろうし」
「ディメンジアは無敵だ。あんな化け物どもにやられるようなタマじゃねえ」
「でも俺にはやられて撤退してたよな、お前たち?」
そう言うとバイソンは露骨に不機嫌な表情になった。図星を突かれたからと言って不貞腐れるんじゃあない。まったく、見た目に反して繊細な連中め。
「ダークもマーブルも、アタシたちの常識が通用しない相手だからねぇ」
「魔素の力で力を引き上げてるからな。あんたたちには辛い相手だろ」
「ホントよ。こちとら命が続く限界までサイバー改造してるってのに……
レベルが上がる限り無限に成長出来るなんておかしいわよッ!
ちょっと不公平じゃないかしら?」
プリプリと怒るイーグル。確かに、この世界の人間は魔素を吸収し続ける限り強くなる。それは人間にのみ与えられた力であり、他の野生動物なんかにはない力だ。神がこれを作り出したのならば、もしかしたら人の力を強めるために生み出したのかもしれない。
だが……今更ながらに考える。なぜそんなものを?
(人間を強くして、あいつらにいったいどんな意味があるって言うんだ?)
この疑問も神とやらに聞けばわかるのだろうか、と俺はぼんやり思った。
「いつものパターンだとよぉ。丘を越えると酷いことになってると思うんだ」
「大丈夫じゃない? いつもみたいに血の匂いも剣戟の音もしないわよ」
イーグルは言うが、しかし毎度毎度そんなことが起こっているような気が俺にもする。ちと気を引き締めて進んだ方がいいだろう、と俺は判断した。
幸いにも予想に反して、丘を越えたところで戦闘が行われている様子はない。湖の真ん中に鎮座する次元城も無事だ。桟橋も渡されているらしい。馴染んでるな、と思う反面、ダークとマーブルが暴れ回った爪痕もはっきりと分かる。
「この村……確か、あの夜に蹂躙されちゃったんだっけ?」
「……そうだな。俺も出来る限りのことはやったけど、ダメだったよ」
幸い、原住民はまだ生存しているらしい。俺が行き掛けにマーブルをいくらか潰しておいたのが効いたようだ。しかし、それでもあの化け物が暴れ回り、つけた傷痕は決して消えない。あの時は子供たちを生かすので必死だったから……いや、言い訳するのはやめよう。俺はあの時、あの人の死から逃れたかっただけだ。
「とりあえず次元城に行こう。陛下と会って状況を確認するんだ」
「それなら、アタシが行ってくるわ。あんたたちは村の状況を見てちょうだい」
飛行能力があるイーグルなら問題なく城に入ることが出来る、というわけだ。あいつはあれで頭も舌も回る、現状の説明をするなら一番適任だろう。俺たちが頷くとイーグルは飛行ユニットを展開し、一直線に飛んで行った。
「現状を確認、か。とすると、村に聞き込みに行く感じだろうか?」
「そうだな。どんな奴らが出て来るのか、うずうずして来るぜこりゃ」
バイソンは不謹慎にもニヤリと歯を剥いて笑った。遊びで来ているわけじゃないんだぞ、まったく。だがこいつの力が何よりも頼りになる状況だというのもまた事実。俺たちは並んで村に向かった。紅葉の季節は終わり、死の世界が訪れる。
「あっ……これ、壊されちまったのか……」
湖をぐるりと覆うような散歩道を歩いていると、俺はあの日来た時に見た慰霊碑が無残に破壊されているのを見た。真ん中あたりで砕けた慰霊碑は、誰も顧みるものがいないのだろう。そのままにされ、雪の中に埋もれている。
「……いや、誰も来てねえわけじゃねえらしいぞ。花が添えられてるだろ」
「こいつを放っておくわけにはいかない、と思っていても手が回らねえと」
いまは誰もが生きるのに必死になっている。死んだ人間を顧みる暇などないのかもしれない。それでも暗澹たる気持ちになって来るのは何故だろうか? それは俺自身が命の心配をせずに戦うことが出来ているからかもしれない。
「……うん、小僧? お前、あん時に来た小僧じゃあないのか?」
横合いから話しかけられ、俺は振り向いた。そこには1人の老人がいた。ここから少ししたところにある廃村、そこで出会った老人が。
「爺さん、アンタも生きていたんだな。また会えて嬉しいよ」
「たくさん、死んじまったがな。若いのがいなかったのが救いか……」
爺さんは決して若々しくはなかったが、それでもまた幾分か老けたように見えた。長いこと村で暮らしていたのだ、村人は家族同然だったのだろう。
「で、お前たちはいったい何をしに来たんだ?」
「ダークとマーブル……まだら色の化け物を倒すために来たんだ」
「ありがてえ話しだ。城の戦力だけじゃどうしようもなかったからな」
老人は二カっと笑い、慰霊碑の前に跪いた。そして何事か祈りを捧げ、持ってきた花を飾った。しばしの沈黙、老人は雪を払いながら立ち上がる。
「いつかはこの慰霊碑も再建してえもんだ。そしてその時には……
この碑に刻まれる人の名前が、1人でも少なくなることを願っているよ。
それじゃあな、小僧。頼んだぜ」
そう言って老人は去って行く。俺たちはその後ろ姿を見送った。
「責任重大、ってわけだ。ビビったか、久留間?」
「何言ってんだ、バイソン。いつものことだ。俺の仕事はいつでも責任重大なのさ」
そうだ。いつも通り……
そしていつもより強く願う。守ると。