15-こっちは相手を覚えているけどあっちは覚えてない
現状、エラルド領に発生するダークの大半はノースティング方面から現れているらしい。西には連合が、南には山と海しかないので、あいつらが生息しているような場所が限られるというのがその理由だ。逆に言えば、ノースティング以東の状況は非常に悪いものになっているだろう、と予測することが出来る。
「次元城が押さえててくれてんのかな。こっちまで来てないってことは」
「タートルが頑張ってるって聞いたぜ。手伝ってやらんとなぁ、これは」
しかし、ダークやマーブルを根絶すると言っても何をすればいいのだろうか? あいつらは生物ではない、生物兵器だ。しかも生きるために食料さえも必要ない。その気になればいくらでも増やせるだろう。そんな奴らを滅ぼせるのか?
「ま、どっちにしろやることに変わりはねえ。考えても仕方ねえか」
「そうだそうだ。お前は考えても仕方ねえバカなんだから考えんなよ」
うるせえ脳筋2号。まずはノースティング方面に移動しなければならない。
「フライングソーサーはこっちで使うらしいから乗ってけないわよ」
「ふーん。だったらイーグル、また背中貸してくれよ。それしか……」
「冗談。これ以上羽を酷使したらもげちゃうわよ、アンタ」
……と、そんなわけで俺たちは徒歩での移動を余儀なくされるのだった。
「……まあ、ここ最近ゆっくり歩くことなんてそうなかったからなぁ」
「いい気分転換だろ? この辺は暮らしやすい気候だからな」
「そりゃ、お前にとっちゃどこだろうと暮らしやすい温暖な気候だろうさ」
俺とバイソン、それからイーグルは雪道を歩いた。そろそろ年を跨ぐ、雪は尚も深みを増して行く。人の往来がなくなったせいか最低限の雪かきしかされておらず、歩きにくいことこの上ない。
「第一の目標は宿場町まで行くことね。そう考えると、いいのかも知れない。
空から見下ろしただけじゃ、正確な状況までは分からないものねぇ」
「そう思うことにしておこう。さっさと行こうぜ、野宿はごめんだぜ」
俺たちは全力で走った。ファンタズム、そして四天王の脚力ならば不安定な足場であっても超高速で走れる。俺たちは3日掛かる道を半日で通過した。
「ここがゴブルの宿場……なぁんだ、思ってたよりもイイトコじゃない」
イーグルはひゅうと口笛を吹いた。それは俺もそう思う。雪化粧の施された宿は得も言われぬ美しさを放っているようにも見えた。街道ではとんと見当たらなかった人陰を見て安心した、というのもあるかもしれない。ここも久しぶりだ。雪を払い中に入る、懐かしい暖かさが俺を迎えてくれた。辺りを見回してみると……
「おっ。もしかして……ムルタくんか。こんなところで会えるとはなぁ」
「あれ、あなたは確か遺跡の人。確かに、すっごい偶然ですねこれは」
どうやら彼は俺の名前を覚えていなかったようだ。というか顔もうろ覚えなのかもしれない、目が泳いでいる。まあ一度会っただけだから当たり前か。
「あン? なんなんだよ、こいつは。久留間、知り合いなのか?」
「ああ、彼はムルタくん。七天教会の、えーっと、その……」
「初めまして。ムルタ=エンディス、七天教会の探索部に所属しています」
ムルタ少年は眼鏡越しににこりと笑い、バイソンに握手を求めた。バイソンはニッ、とサメのように笑い挨拶に応じる。彼女の手の熱さに驚いたのか、瞬間ムルタくんは目をしばたかせた。分からないとあんな反応になるよなぁ。
「アタシはイーグルよ。可愛いヒト、よろしくね?」
バチンとウィンクしてイーグルは手を差し出した。その目はどこか熱っぽい。違和感を覚えつつも、という感じでムルタくんは握手に応じた。すまないな、こんな濃い面子で来てしまって。本当にすまない。
「ところで、ムルタくん。どうしてここに? 王都に帰ったんじゃないのか?」
「ええ、帰っていろいろ説明して、ようやく納得していただけたんですよ。
ギリギリのところで首の皮一枚繋がって、特に処罰なく解放してもらえました。
で、僕は引き続きこちらの遺跡探査を任されることになったんですよ。
まあ、平たく言うと左遷ですけど……」
最後の方はトーンがかなり落ちていた。左遷か、こっちに回されるのは。
「で、崩落した遺跡の採掘作業を行っていたんです。
でもいつの間にか化け物が現れるは、西方と戦争が始まるわでしょう?
おかげで帰ることも出来なくなって立往生です」
笑っていたが、目は笑っていなかった。っていうかこいつ不幸すぎるんじゃないだろうか。考え得る限り最悪の厄介事に毎度巻き込まれている気がする。
「でもおかげさまで遺跡探索は進みました。実は更に秘匿領域がありまして」
ムルタくんは熱っぽく、あの時見た遺跡について語り始めた。色々と専門用語が飛び交ったが、俺に分かるのは序盤のほんの少しだけ。あとは彼が語る内容に対して首を振るくらいしか出来なくなった。それでもムルタくんは満足そうだ。
「そうそう、遺跡の奥にあった部屋でおかしなものを見つけましてね?
それが既存の信仰とはまったく関連性の見いだせない奇妙な神像で……」
「あー、分かった分かった。ありがと、久しぶりに話せて楽しかったぜ」
聞いていると無限に話が続きそうだったので、俺はそこで話を切った。
「ところで、ダークやマーブルの様子はどうだ? この辺りにも来るのか?」
「ここ最近は大人しいですよ。その、あのおかしい城が現れてから……」
やはり次元城の戦力がダーク、マーブルに対する抑止力となっているようだ。
「一晩休んで次元城に行こう。対応はそっちで考える、ってことで」
「オッケー。それでムルタくん、さっきの話の続き、聞かせてもらえない?」
イーグルは遺跡の話に興味を持ったようだ。対するムルタくんも目を輝かせている、最初に抱いていた警戒感は綺麗になくなっているようだ。俺とバイソンは付き合い切れなくなったので、取った部屋に向かうことにした。
「陛下もタートルも、大丈夫かな……」
「確約はないけど大丈夫だろ。あいつらは強い、化け物なんて目じゃないさ」
俺はそう言ったが、バイソンの方は不安を拭いきれないようだ。俺自身もそうだ、言っていて本当に、あいつらが無事で済んでいるのか不安になって来た。
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