14-何をもって『満足して死んだ』とするか
神が腕を振るうと、それだけで衝撃波が発生した。木々や雪が吹き飛ばされるが、俺は堪えるまでもない。拳を固め、陽光の神に向かおうとした。
「待て。こんなところで争う気は、私にはない」
予想していた通りのダンディなヴォイスで神は言った。お前がどう思っていようが知ったこっちゃない、俺はここで大事にする気満々なんだよ。そう言って突撃しようとしたが、神の動きの方が速かった。彼が腕を振ると、八木沢は光に包まれ消えた。虚を突かれ、俺は思わず動きを止めてしまった。
「決着の場はここではない。いまはひとまず、矛を収めることとしよう」
「それを決められる立場にあると思っているのか? 決めるのは俺だ」
傲慢な物言いにキレそうになる。
だが男はふっと肩をすくめるだけだ。
「短気な男だ。上から見ていても分かったことだが……」
「ここで貴様を殺せば全部おしまいだ。貴様の悪巧みも何もかもな」
こいつらが俺たちをこちらの世界に送り込んだ。転移者というイレギュラーを使い世界を引っかき回した。何を考えていようが、放ってはおけない。
「私の願いはただ1つ。この世界を守ること、それだけだよ」
「何だと? お前は、この世界を滅びに導いているんじゃあないのか?」
「彼女から見ればそうなのかもしれないな。だがそうではない、分かってくれ。
私の名はラーナ=マーヤ、天に遍く光を司る、この上なき善神だよ。
さらばだ、久留間武彦」
それだけ言うと、ラーナ=マーヤとやらの全身が光に包まれた。しまった、言葉に気を取られて忘れていた。殴りかかるが俺の拳は空を切るだけだ。逃げられたか。転移者2人をやり、1人を捕まえたが主犯は逃げた。それに……
「……クソッタレ。これじゃあ負けも同然じゃねえかよ……!」
リニアさんの亡骸を探そうとした。だが、激しい戦いの余波で彼女の遺体は吹き飛ばされてしまったのだろう。もはや肉片を探し当てることも出来なかった。
すべてが終わって、俺はハルたちのところへ向かった。村から少し離れた場所にはひっそりと騎士たちのキャンプが立っており、村に囚われていた人々が肩を寄せ合っていた。早く逃がしたいが、彼らの衰弱は予想以上にひどかったらしい。無理に連れ回せばそれこそ死にかねない、のだそうだ。
「お疲れ様、武彦。おかげで、みんなを助けることが出来たよ」
切り株に腰かけてボーっとしていると、ハルが湯気の立ったカップを持って来てくれた。なみなみと注がれたコーヒー、熱さを堪えながら一口含む。
「代償もデカかったけどな。あの人をここに連れて来るべきじゃなかった」
「気に病むな、だろ。お前がそれを実践しないでどうするんだ?」
ハルの口調には俺を心配するような感じがあった。
気を使ってもらってるな。
「……悪い、お前に言っといてこれじゃダメだな。ホント……カッコつかん」
「つける必要なんてない。人が死んでいるんだ。へらへらしてる方が悪いさ」
しばらくの間、俺たちは無言で座り1つの切り株を2人で分け合った。そうしていると雪がはらはらと舞って来た。人々は雪を避けるためテントに潜り込む。
「……リニアは言ったんだ。奴が覚えていなくても私がやる、ってな。
あの時は鬼気に推されて何も言うことが出来なかった。
けど、本当にそうだったんだろうか? そんなことをする必要なんて……
本当はなかったんじゃないだろうか?」
あの人が何を思い、死んだのか、俺には分からない。
けれど。
「最後はきっと満足して死んだんだ……そう思おうぜ、ハル」
「満足したって、それで死んじゃ意味がないだろうが……」
「わだかまりを抱えて生きるよりも、死んだ方がいっそよかったんだろう。
俺にはまったく理解出来ないけど……きっと、そういうことなんだろうさ」
分からないことだらけだ。人の思いも、神の思いも。分からないなら分からない同士、それを抱えて行くしかない。寒空の下、俺たちは同じことを考えた。
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視界を覆う光が晴れた時、八木沢六郎は地に足をつけていなかった。短い浮遊感の後、彼は地面に叩きつけられる。凄まじい痛みが全身を襲った。
「ッギャァーッ! こ、ここはいったいどこだ……お、俺は!?」
「取り乱すな、人の子よ。お前を脅かすものはもう誰もいない」
ダンディな声が背後から聞こえて来た。八木沢が振り返ると、そこにはトーガを纏い後光を背負った男、男神ラーナ=マーヤがいた。柔らかな笑みを浮かべて。
「お前が、俺を助けたのか? なぜ、どうしてそんな……」
「私はお前たちに力を与えた。ここで死んでもらっては困るのだよ」
八木沢は呼吸を整え立ち上がった。
不思議と痛みが引いていることに気付いた。
「お前の傷を癒し、肉体を強化した。どうだ、八木沢六郎。調子はいいか?」
「あ、ああ。さっきよりも飛んだり跳ねたり出来るようになった気が……」
困惑しながらも八木沢は返答する。どうしてこんなことをするのか、彼には意味が分からなかった。選ばれし者を自称しつつも、それを彼は内心で信じ切れていなかったのだ。彼のメンタリティは久留間の指摘通り、いじめられっ子のそれだ。
「終末の時は近い。お前にはまた働いてもらわねばならない、八木沢六郎」
「……それなら! それならもっと強い力をくれよ、ラーナ=マーヤッ!
あのクズにこれ以上デカい顔をさせないくらい強い、最強の力をくれッ!
それがあれば、俺は、俺はもう誰にも負けないんだ! そうだろう!?」
八木沢は至極当たり前のことを力説した。ラーナ=マーヤはにこりと微笑み、彼に向けて手をかざした。掌に光が収束する、温かくも強い力が。
「ならば最後の力を与える。これを使いこの地を平定するのだ。八木沢六郎よ」
「マジか……! ッハッハッハ、いいぜ! こいつの力さえあれば……!」
新しいおもちゃを与えられた八木沢は狂乱した。そんな様子を、ラーナ=マーヤは感情を見せぬ笑みを浮かべて見守るだけであった。
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