14-雪原に散る騎士
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雪の絨毯が敷き詰められた村をリニアは疾走した。さすがに日常的に人通りがある村内は雪かきが成されており、走行にはまったく支障がない。
(どこだ、どこにいる!? あの、八木沢六郎とやらは……!)
残された転移者はただ1人、八木沢だけ。彼1人でも恐るべき力を持っていることに間違いはないが、しかし護衛として他の転移者がいる時よりは遥かに殺しやすいはずだ。如何に戦闘態を持つ強力な戦闘者といえど、殺す手段は存在する。リニアは極めて楽観的に、希望的にそんなことを考えていた。
村の広場を横切り更に奥、一際大きな建物へ。かつては領主の屋敷として使用されていたであろう場所をリニアは目指した。と、その時第六感に警報が鳴り響く。ほとんど反射的に前転を打ち、身を低くして地面を転がる。ほんの数秒前まで彼女の頭があった場所を、暗黒の球電が通過した。リニアは肝を冷やす。
「ふん、殺したと思ったんだがな。運のいい奴だ」
いけ好かない、まだ声変わりを迎えていないのであろう高い声が彼女の耳に届いた。黒い詰襟の装束――学ラン――を着た男が彼女の前に現れる。
「……貴様が八木沢六郎か。私の名はリニア=モルレット、七天の騎士」
リニアは圧倒的な威圧感を叩きつけられながらも臆さず立ち上がり、剣の切っ先を八木沢に向けた。彼は全く動じていない、恐れさえ感じていないのだ。
「1つ聞きたいことがある。4年前の『大跳躍』の日……
我が父を殺し、王国騎士を殺戮したのは貴様で相違ないな?」
「……さて、どうだったか。あなたの親を殺したかは……分からないな」
八木沢は心底不思議そうに言った。『我が父を殺し』の部分だけではない、『大跳躍の日』『殺戮した』と言ったところでも、八木沢は不思議そうな顔をしていた。つまるところこの男にとって、殺しは大した問題ではないのだ。
「よく分かった! なれば私は貴様を殺さねばならん! この世界のため!」
「本当にこの世界のことを思うならば僕を、転移者の王を生かしておけよ!」
八木沢は両手に球電をいくつも生成し、放とうとした。ところで、八木沢の足元が弾け、大量の雪が舞った。八木沢は不快げに舌打ちしつつも球電を放つ、だがその狙いはまったくついていなかった。身を固くするリニアを球電が掠めて行き、彼女の鎧や皮膚を飲み込んでく。直撃を受ければ絶対に、命はない。
「間に合ったようだな。たった1人で突っ込んでいくなど、無茶なことを」
「かたじけない、ハル! お前のおかげでこいつを殺すことが出来る――!」
リニアをいさめようとするハルの言葉をまったく聞かず、リニアは駆け出した。雪煙の中に潜り込み八木沢を奇襲し、一撃で仕留めようと言うのだろう。ハルもその意図を察し、舌打ちしながらもリニアを援護するため魔法陣を描いた。
「誰かと思ったが、この世界の人間か。お前じゃ僕には勝てない――!」
八木沢はリニアの奇襲を察知し、戦闘態を発動させた。彼の体を闇が包み込み、彼の体がロングコートを纏った恐ろしい悪魔めいたものに変わる。鬼めいた厚い唇がにやりとめくれた。八木沢はクロスガードでリニアの居合めいた一撃を受け止め、続けて放たれたハルの攻撃魔法をも受け止め切った。そしてなお、無傷。
「無駄だ! 僕は神から新たな力を貰ったんだ……誰にも勝てないような!」
八木沢の体から闇が溢れ出す。リニアは本能的に危機を感じ後ずさり、何度もバックステップを打った。八木沢は気合と共に闇を解放、放射状に広がった闇が彼女を襲った。それはリニアの予想よりも遥かに広範囲に広がり、遥かに甚大な被害をもたらした。彼女は右腕の肘から先が噛み砕かれる感覚を味わった。
「ッグッ……アァァァァァァーッ!」
避けそこなった。それもほんのコンマ数秒のラグだったはずだ。それでも彼女は致命的なダメージを負い、叫びをあげ、雪の上を叫びながら転がった。
「リニアッ! バカな、触れただけでこんなことになるなんて……!?」
腕に掠っただけ。そうハルには見えた。だが霞にも等しい薄い力でありながら、それはリニアの腕を断ち、臓腑を焼き、右目を潰した。
「格が違うんだよ、僕とキミたちとでは! 僕はもはや神にも等しい存在!
いかに加護を受けようとも、キミたちじゃ僕の力には敵わないんだよ!」
八木沢は勝ち誇るようにして言った。ハルも、リニアも、言われなくてもそんなことは分かっていた。長年を掛けて練り上げた力は、彼にまったく届かない。
「逃げるぞ、リニア。武彦が言ったことは正しかった。私たちには……」
「ハル、頼みたいことがある。私を、あいつの方に向けて打ち出してくれ」
それでもなおリニアの心は折れていなかった。よろよろと立ち上がる。
「バカを言うな!? お前はもうボロボロだ、これ以上戦ったりしたら……」
「復讐を遂げるのは私だ! 例えあいつが何も覚えていなかったとしても……
否! 覚えていないからこそ私がやるのだ!」
決して自由には使えぬ逆手で剣を構え、リニアは一点を見据えた。
「奴の亡骸に恐怖と罰を刻み込んでやる!」
リニアは駆け出した。もはや動かぬ足で。
リニアは見据えた。もはや見えぬ目で。
リニアは叫んだ。グチャグチャになり、消えかかった命で。
止められない。ハルは押し込んだ、自らの持つ全力で。人体がバラバラに砕け散るほどの凄まじい風圧をリニアに叩きつけた。彼女は文字通り砲弾となった。
「バァカ……! 最高速度ならば僕を上回れるとでも!?」
多良木は軽いジャブを繰り出す、黒い靄を纏った拳を。それはあっさりとリニアの左腕を、剣を吹き飛ばした。それでも彼女は心底楽しそうに笑った。
「お熱いのは好きか、八木沢とやら――!」
リニアは口を開き、舌を出した。そこにあったのは、何重にも重ねられた魔法陣。迸る熱量が彼女自身をも焼き、八木沢をも怯ませた。リニアは一瞬の躊躇もなくそれを叩きつける。火炎が八木沢を、そしてリニアを焼いた。