14-手掛かりは割とあっさり見つかる
俺たちは慎重に雪道を進んで行った。全員が雪の中で目立たない白いコートを着ている。レーダーもソナーも赤外線探知機もない世界、こんなものでも頼りになる。さすがに雪道の轍だけはどうすることも出来ないのだが。
「奴らは円の中、そのどこかにいるはずだ。急いで探すぞ」
「いや、探すのはいいですけど……結構アバウトな地図ですよねあれ?」
少なくとも四方10Kmはありそうだ。徒歩でそれだけの範囲を探すのは文字通り骨が折れる。リニアさんなら折れても俺のことをこき使って来そうだが。
「ええい泣き言はいい! さっさと歩け! よく見ろ! 探し当てるのだ!」
別に探すこと自体に文句はないのだが……イーグルに空から探してもらえばよかったか、と今更思った。だが見つかる危険性は飛躍的に高くなるし、結局は足で探す以外に方法はないのかもしれない。俺はため息をついて歩き出した。
雪深い道を進んで行く。厚手のコートとブーツ、それから毛皮の付いた帽子で防寒対策は万全。それでもクソ寒い。時折川を越えなければいけないところがあったので、そこに至っては水が染みて来ないか心配だった。隠密性に考慮して火をたくことも出来ない。となると夜探すことも出来ない。ホントどうするんだ。
「これだけ探し回って見つからないとなると……徒歩圏内にはいないのか?」
「ううむ、探し方をもう少し考える必要があるな」
リニアさんは空を見上げた。太陽は直上、帰りの時間も考えるとそれほど長く時間は取れない。そもそもこんなことを3日も続けているのに大した成果もあげられていないのだから中止すべきかもしれない。すぐ王都に戻れるとはいえ……
「もう少し探してみよう。もしかしたら、ということもあるかもしれん」
リニアさんは諦めずにずんずんと進んで行く。俺とハルは顔を見合わせて溜息を吐いた。リニアさんは囚われ過ぎていろいろ見えなくなっているようだ。
「なあ、待ってくださいよリニアさん。こんなことを言うのもなんですが」
経験者から一言忠告しようとしたところで、リニアさんの顔つきが変わった。
「シッ! 静かにしろ、それから伏せろ……誰かいる。こっちだ」
リニアさんは体勢を低くし、なるべく音を立てないようにして歩き出した。俺たちは呆気にとられながらもそれに続き、そちらの方を見た。
「これは……まさか、当たるとは思ってもみなかったな……」
そこにいたのは、薄汚れた衣服を身に纏った者たちだった。ボサボサの髪、垢だらけの皮膚、くたびれた外見にボロボロの皮膚。彼らが放つ臭気がこちらまで伝わって来そうだった。彼らは徒党を組み、何かを探しているようだった。
「クソッ、あいつら何も知らねえのか! こんな場所で食い物が採れるはずねえ!」
「しょうがねえだろ、あいつらが備蓄も何もかも食い尽くしちまったんだから!
胸糞悪ィ、どこかその辺に鳥でも飛んでねえのか! 兎でもいいッ!」
「こんなもんでどう獲れってんだよ、アホ! 考えてものを言えッ!」
悪態を吐きながら進んで行く人々。彼らの手には剣や斧、槍は握られているが、弓などはない。あれで狩猟をしろというのはいささか無茶というものだろう。そして彼らの態度から見るに、現状が甚だ不本意だということが伺える。
「どうやら、彼らは何らかの事情で不当な扱いを受けているようですね」
「その扱いの源が、転移者連中にある可能性は高いだろうな……」
もしかしたら『界渡りの連合』を見つけ出す手掛かりになるかもしれない。だが、どうやって接触したものか。見張りなんかは見当たらないが、彼らが下手なことをしないように監視をつけていると見るのが妥当だろう。と、なると真正面から当たるのはどちらにとっても危険だ。姿を隠しながら村人と話をするしかない。
そんなことを考えていると、都合よく一団から外れて行く人影が1つあった。俺たちはじっと息をひそめ、足音を消し、可能な限り足跡も消しながら進んだ。雪を蹴っ飛ばし、剣を振り回す男に声を掛ける。
「待て、そこの。動くな、動けばお前の首がすっ飛ぶぞ、いいな?」
樹の影に隠れ、彼の首筋に剣を向ける。もちろんすっ飛ばす気などさらさらない、ただ彼が止まってくれればいい。それに静かに。俺の目論見通り、彼は息を飲んだものの声を上げることもなく、俺たちの方をぎこちなく振り仰いだ。
「おっ、お前らいったい……? ど、どこの誰だ。俺は真面目に……」
「俺たちは王国のものだ。話を聞かせてくれ、大丈夫かな?」
「あ、ああ。俺たちが逃げ出さない限りは首が締まることもない……」
首が締まる。俺は首を傾げた、彼の首にはなにも巻き付いていないのだ。前にハルから何らかの能力で敵を拘束する転移者がいると聞いたことがあるが、それの応用だろうか? だがそんな転移者は影も形も見えないのだが。
「なぜ冬の森を徒党を組んで歩いている? 何かを探しているのか?」
「化け物どもが食い物を食い尽くした。なのに、まだ食いたいと抜かしやがる。
俺たちが生きるため、そしてあいつらの腹を満たすために食べ物が必要なんだ。
こんな冬の森で何が採れるとも思っちゃあいないんだが……やらなきゃならん」
彼は肩を落として溜息を吐いた。事態は思ったよりも深刻なようだ。
「村って言うのは、この近くにあるんだな?」
「ああ。王都までも近い。
だが逃げられないんだ、俺たちは……逃げようとして何人も殺された。
あいつらは恐ろしい力を持っている。近付いちゃならねえぞ、村には」
「安心してくれ。俺たちはあんたたちを助けるためにここに来たんだからな」
俺は努めて彼らを安心させようと言った。本来的に『界渡りの連合』を潰すためだが、その過程で彼らのような非戦闘員を助けられる可能性がある。
「話してェけど、これ以上は無理だ。これ以上はあいつが来ちまう」
「あいつ……あなたが話していた、恐ろしい化け物って奴か?」
「あいつはどこにいようとも俺たちの位置が分かって、そして飛んで来るんだ。
あいつを出し抜こうとした奴が何人もいたが、あっさり殺されちまった」
テレポート能力を持つ転移者か。
誰かは分からなかったが……
「……なあ、おっさん。ちょっと俺たちに協力しちゃくれないか?」