14-彼女は復讐を望む
『界渡りの連合』、そして西方開拓者連合。
双方を相手にした二正面作戦。
「敵方は強大ですよ。どんな作戦があって、そんなことを言っているので?」
「勝算がないわけではない。それに二正面作戦というほどのことでもない」
俺たちはやや及び腰になっていたが、ドラコさんは落ち着いたものだ。
「まず西方だが慢性的な物資不足が伺える。
開戦からおよそ一月、攻撃の頻度は落ち、敵はあからさまに疲弊しているのだ。
斥候からもたらされた情報によれば、食料の調達で現場と上が対立している。
彼らは必要な資材を持たずこちらに攻めて来た」
そんなにひどい欠乏なのか? 長いこと辛酸を舐め、王国憎しで団結した人々が対立しあうほどに? ドラコさんの推測を俺は思い出した。
「更にアイバルゼンが落ちたことによって彼らは工業生産地帯を失ったのだ。
食料のみならず装備の調達もままならなくなり、戦力がいまは落ちている。
流れは我らにある」
「元々無謀な侵攻だったんでしょう。講和も現実的になって来た」
ハルはほっとしたように呟いた。
だがドラコさんの表情は険しい。
「だが各地に散らばっていた戦力が集中している。最後の攻撃を仕掛ける気だ」
「開戦から一か月で最後の一当たり、ってわけですか……」
「国力に差があるのだ。当初からある程度予想出来ていたことだろう」
つまりこの一当たりを凌げば西方に関しては何とかなる可能性が出てくる、ということか。だがそこに『界渡りの連合』という要素が入ると話が変わってくる。
「だがそこに『界渡りの連合』が入って来ると、いささか話が変わって来る。
現状は思想も行動指針も持たぬ、単なる暴徒程度の脅威度しか持たない相手だ。
だが、西方と一緒になって攻めて来ると考えると、少し勝手が変わって来るな」
「一緒にってことはないでしょうけど、尻馬に乗ることは有り得るでしょうね」
「もしくは彼らが王都を荒らし回っている間に、漁夫の利狙いの西方が来るか」
意図しない協調関係、ということだろうか。ドラコさんは西方に斥候を放ち、彼らの動向をつぶさに監視している。だが西方が界渡りと繋がっているということはないらしい。もしあるのならば、あれほどの勝手はしなかっただろう。
「敵は強大、いずれも警戒すべき相手だ。だがここを凌がねば未来はない」
「それで、俺たちはいったい何をすればいいんです? 全員殺して来いと?」
「まあ落ち着きたまえ。キミにやってほしいのは『界渡りの連合』の排除だ」
八木沢六郎を筆頭とする『界渡りの連合』。苫屋さんがこっちに寝返り、生き残っているのは八木沢を除けば2人だけのはず。あのテレポート能力持ちを考えるとあと4人になるか? だがたった3人でも転移者、それも戦闘態を持つ危険な存在だ。生かしておけば必ず後悔する。
「彼らの拠点はいまもなお判明していない。苫屋も正確な位置が分からない。
そんな状態でどのようにして彼らを探すというのですか、国王陛下?」
当然、ハルはそう問いかけた。彼は予想していたのか余裕を保つ。
「この件に関しては、七天教会に調査協力を依頼しようと考えているのだ」
「ああ、なるほど。彼らは西方との戦列に加わることは出来ないけれど……」
「転移者の捜索、あるいは保護という名目ならば動かざるをえないだろう?
なにせ、その大義名分を考えたのは他ならぬ彼ら自身なのだからな」
自分自身が吐いた唾を飲み込むわけにはいかない、ということか。政治的な駆け引きってのは複雑で面倒で、そして単純だ。よく考えてるなぁ。
「そう言うことでしたら、私もご協力いたします。戦力は多い方がよかろう」
リニアさんは胸を叩いて言った。果たして彼女をこの作戦に参加させるべきか、と俺は内心で思案した。彼女のことだ、八木沢を見つけたら戦力差など気にさえかけず復讐を果たしに行くだろう。とても聖職者だとは思えない。
「ああ、頼りになる仲間は1人でも多い方がいい。むしろお願いするよ」
「ありがたい。それではこの件、私から教会の方に持って行きましょうか?」
「私が行くよりは真剣に聞いてもらえるだろうな。ならば、お願いしましよう」
リニアさんは微笑んだ。ともかく、俺たちがやるべきことは『界渡りの連合』を探すこと。もしいるのならば協力者を締めあげること。やるべきことはシンプルだが、不安は大きい。俺の不安をよそに、会議は解散となってしまった。
「はぁ、大丈夫かなリニアさん。あんなんで……」
「ダメだろう。周りが見えていない。あのままじゃあいつ、死ぬぞ……」
並んで歩いているとハルが俺の独り言に反応してくれた。
「八木沢にこだわりすぎだ。あんなんじゃ、ホントに死ぬぞ」
「無理からぬことかもしれんがな。あいつは八木沢にすべてを歪められた」
え、と俺は思わず声を出してしまった。改めて考えてみると、俺はリニアさんのことについてあまり良く知っていない。七天教会司祭だということ、なのに聖句も読めないこと。滅茶苦茶強いこと。親を八木沢に殺されたこと。
「すべてを歪められた、って……いったいどういうことなんだよ、ハル?」
「その通りさ。八木沢六郎がいたから、あいつは教会司祭になったんだ。
あいつの生家はな、武彦。八木沢のせいで没落したんだよ」