02-帝国の逆襲《リベンジ》
重たい荷物を背負い、俺は起伏に富んだ森の中を歩いた。時折中西さんがよろけたところに手を貸す。甘い雰囲気、これが血生臭い異世界でなかったら。
「しかし、こんなところに攻め入って来るなんて。何考えてんだろうな」
「何を考えているかなんて分かりません。村の猟師の方も分からないんですから」
「村の人は大丈夫なのか? ダークに襲われたらひとたまりもないんじゃ……」
「ハイ、だからお爺さんたちは助けを呼んで来い、って」
責任重大ってわけだ。そこから俺たちは無言になり、一心不乱に歩みを進めた。村は直線に進めば半日で着くくらいの位置にある、彼女がボロボロになったのは夜で道が分からなかったからだ。陽の光があれば、うっすらと刻まれた獣道が見えて来る。それに沿って数時間進んで行くと、物々しい村が見えて来た。
「おお、これはすごい。要塞化されているじゃあないか、これは」
村全体を木の板で覆い、門を補強している。板には返しがついており、昇って侵入しようというアホを食い止める。とはいえあまりに簡素なもので、本気で攻め入ればすぐに壊れてしまうことは明白だった。門の近くには番人がおり、接近を感知して身を固める。
「ドンさん、ルッツさん! 私です、中西桜花です!」
「な、中西ちゃん!? そうか、人を連れて戻って来たんだね……」
見張りの二人の表情には緊張感が漂っていた。彼らはここに現れた味方を見て、そして落胆したような表情になった。まあ、一人だったのだから仕方ないだろう。
「初めまして、久留間武彦と申します。武装神官で、彼女と同じ転移者だ」
「転移者……!? そうか、そうだったのか。
う、疑うような目で見て悪かったな」
彼らはニヘラ、と媚びを売るような顔になった。
転移者であるが故か。
その時、門の上に設置されていた鐘が高らかに鳴り響いた。背後からドタドタと言う慌ただしい足音が聞こえる、俺は振り返り、それを見て愕然とした。
「オイオイ、マジだったのか……!
ありゃダークじゃねえぞ、マジで!」
黒いタイツに白い仮面、そして手に持った棒。彼らは次元帝国ディメンジアの兵士、ホワイトマスク。数に任せて人を痛めつけたりすることを得意としている。しかし、ディメンジアがなぜこんなところに? まさか、侵略の矛先をこちらに変えたのか?
「まっ、グダグダ考えてる暇はないな。
みんな、中に入ってくれ」
肩をコキリと回し、兵士に向かって歩き出す。走りながらなぎ払われた棒を屈んでかわし、突っ込んできた胴に重いブローを叩き込む。兵士は悶絶しながら転倒した、続けて放たれた棒の振り下ろしを腕でガード。ポイントは棒でなく手首を止めることだ。さすがに棒そのものを受け止めたのでは腕の骨が砕けてしまうだろう。
更に防御のついでに手首を掴み、逆の手で関節に手を沿え持ち上げる。逆方向に曲げられた関節が折れ、兵士は苦悶の叫びをあげた。たたらを踏む兵士の胴に十分なためを作った後ろ回し蹴りを叩き込み、吹き飛ばす。兵士は悶絶しながら気絶。
二人の仲間が一瞬にして倒されたのを見て、ホワイトマスクたちはたじろいだ。彼らには個別の自我があり、高度なコミュニケーションを可能としている。戦場においては高い連携能力を持ち、油断ならぬ戦いを展開してくる。迂闊に踏み込まないのもその一つだ。
「んじゃ、ちゃっちゃと片付けちまいますか。
レッツ・プレイ……変身!」
ファンタズムROMをセットし、変身。ホワイトマスクに突っ込んで行く。戦力差は計算するのもバカバカしいほどのものだが、それを覆すだけの力がファンタズムには存在する。目にも止まらぬ連撃を繰り出し、ホワイトマスクをぶん殴る。身体能力の差はまさに桁違い、リーチの差など問題にならぬほどなのだから。
「くっ……お、お前はまさかファンタズム!? なぜこんなところに!」
「そりゃこっちのセリフだ。お前ら俺に負けたからってこっちに来たのか?」
タメを作り地を蹴り、もっとも遠くにいたホワイトマスクに殴りかかった。顔面を粉砕する一撃、だがそれは横合いから割り込んで来た黒い籠手に防がれた。
「……貴様は。いったいなぜ、貴様がここにいる!」
「それを聞きたいのは俺の方なんだよなァッ!」
打撃の反動で後ろに跳び、高速で振り払われた剣を紙一重のタイミングで避ける。跳びながらファイターROMを取り出し、セット。その力を発動させる。
「久しぶりだな、シャドウハンター。どこにいるのか、探してたんだぜ」
「貴様のような狂人に後を追われるとは。俺の命運も尽きたか」
失敬な、それに狂人はどっちだ。次元帝国ディメンジア皇帝の懐刀にして最強の戦士、シャドウハンター。鋭角を多用したシャープな鎧と、鬼を思わせる恐ろしい面頬の下に隠れた顔を覗いた者はいないという。僅かに見える目からすると、イケメンなのだろう。とにかく剣技が凄まじく、俺も向こうの世界では紙一重で勝利を掴んで来た。
「しかし、ディメンジアの未来を途絶えさせはせん。貴様は俺が倒す」
「人間は殺させねえことにしてるんだよ、こっちの世界だろうがな」
ブラスターエッジの切っ先をシャドウハンターに向ける。シャドウハンターは長刀を両手で持ち、ジリジリと円弧を描くようにして間合いを測る。切っ先から感じる圧力、視線から感じる重圧。向こうの世界と少しも変わっていない、やはり強い。こちらの世界に来てから感じた最大の脅威を前に、頬が吊り上がるのを押さえられなかった。
「ッ……! ハイヤァーッ!」
一瞬にしてシャドウハンターは俺の懐に潜り込む。小刻み円弧移動で間合いを狂わされていたのだ。だが、この技は一度見ている。左足を引いて上体を後方に傾け、スレスレのところで刃を回避。更にこちらも剣を振るい、踏み込んで来ようとするシャドウハンターを牽制する。シャドウハンターも鼻先で剣を見切り、構わず進んで来る。
稲妻のような踏み込みと、風の如く軽やかな切り返しで放たれた一撃。波の戦士の首を一撃で両断するという一撃を、左の盾で受け止めた。雷の如く、という評判の通り打たれた腕が若干痺れる。その勢いゆえに。だがそれを無視して俺は反撃に転じる。
倒れ込むようにして体重を前方に掛け、盾を滑らせつつシャドウハンターに突進する。金属と金属とがぶつかり合う不快な音がして、シャドウハンターが衝撃でたたらを踏む。崩れたところに小刻みな連撃を打ち込み、シャドウハンターの反撃を盾で受け止める。決して止めず、決して後退しない。力任せにシャドウハンターを押した。
「技で敵わんと判断し、力押しか。相変わらずだな、ファンタズム!」
「合理的判断って言ってくれよ! これがあんたには一番効くんだ!」
シャドウハンターのパワーは僅かに俺に劣る。無理やり押し込まれるのがこいつにとっては最悪の展開だ。徐々にシャドウハンターの対応に余裕がなくなって行く。
これならば、と思った時。側面から強烈な殺気を感じた。攻撃を中断、バックステップを打つ。直後、俺の頭があった位置を黒い塊が通過した。直撃を受けていればただでは済まなかっただろう。更に、シャドウハンターが黒い影の向こうから剣を突き上げて来た。上体を後方に逸らし紙一重で回避、ハチガネの上で火花が舞った。
更なる追撃をバック転からのサマーソルトで牽制し、連続バック転で距離を取った。いったいどこのどいつだ、フレイムバイソン辺りか? そんなことを考えながら視線を上げて、そして驚いた。そいつは俺が知っている人間だったからだ。
「無事か、シャドウハンター。アンタが苦戦するほどの相手とはなァ」
「向こう側からの因縁だ。手を貸してくれ、そうせねば勝てない」
現れたのは、金色の髪をライオンのタテガミめいて掻き上げた男だった。三白眼に近い目線は鋭く、鍛え上げられた体躯と相まって威圧的な印象を見るものに与える。オールドスタイルの不良、彼の名を俺は知っている。
「……多良木鋼」
彼は、向こうの世界で俺のクラスメイトだった男なのだ。