13-変わりたいと願う少年たち、そして
王都の状態は俺たちが思っていたよりも少し、酷いものだった。いまのところ西方から直接攻撃を受けていないため、街そのものにダメージはない。しかし物資の流通はあからさまに滞っており、様々な物の価格が吊り上げられている。
道行く人々の顔にも気力が欠けているように思える。長きに渡る欠乏が彼らから力を奪っているのだ。あんまり見ても面白い物じゃなかったかもしれないな、と思ってレニアとファルナの顔を見てみると、ところがどうして退屈そうな顔はしていなかった。むしろ真剣な表情で彼らの一挙手一投足を観察している。
「うん。ずっと子供のままでいるわけにはいかないと思うから」
人気のない公園のベンチに腰掛け休憩を取った時、俺2人に聞いてみた。
「ワードナでの事、覚えてるでしょ?
どうしてあの人が母さんを殺したのか」
実のところ、さっぱり覚えていない。あの時誰を殺したのかさえも。それでも、俺の肯定は実際のところいらなかったのだろう。ファルナは語り始めた。
「どうして、ってずっと思った。そしたら僕たちは何も知らないって気付いた。
あの人のことも、みんなのことも。この世界で生きている人のことを全然、ね。
僕たちは箱庭の中でずっと生きて来たようなものだって思ったんだ」
「だから、知りたい。みんなが何を思っているのか、ということを……
どんなことに不満を持っているのか、知れば、みんなが幸せになる道を……
きっと、探せると思うから」
子供たちはシオンさんの死を受け止め、成長しようとしている。いままで隠されていた外界と関わり合いを持ち、そこに踏み出して行こうとしているのだ。それはきっと喜ぶべきことだろう、だがほんの一点、懸念すべきことがある。
それは対話を元から望んでいないような連中だって一定数いる、ということだ。あの戦いで言えば、エレオーラさんなんてその典型みたいなものだろう。元西方指揮官の爺さんが戦いを捨てているところから考えると、同じ経験をし、同じものを見て来ても人というのは決して分かり合うことが出来ないのだと分かる。
「……素晴らしい志ですね、レニア様。ファルナ様。応援いたします」
ハルにだってそれくらいは分かっているだろう。けれども、彼女は2人を肯定した。もしダメならば、その時の責任を彼女は負う気でいるのだろうか?
ハラハラと雪が舞った。まるで帰れとでも言っているようだ。
「とりあえず雪を避けられるところに行こう。ここにいたら凍え死んじまう」
「そうだな。こんな天気だ、温かいものでも食べて英気を養わないと……」
そう言ったところで、ハルは言葉を切った。そして顔を青くした。彼女の視線を追っていくと、その先……人気のない公園の入り口に1人の男が立っていた。
「久しぶりだなぁ、久留間くん。世木さん。それから……多良木」
陰気な笑みを浮かべてそいつはゆっくりと歩み寄って来た。警戒心を強めながら、俺はそいつを観察する。学ランを着た男。かぼちゃのような髪型で、そこから覗く目は淀んでいる。右腕は肩から先がなくなっている。こいつは……
「八木沢、六郎。お前が何で、王都に入ることが出来るんだ……!?」
「そんなことどうだっていいだろ? 再会出来たんだ、喜ぼうよ。ねえ?」
八木沢はそう言って手を振った。だが、ウソだ。こいつに和やかな再会を楽しむような、そんな気はまったくない。むしろピリピリとした殺気を感じる。
「なあ、八木沢。お前には俺が犯罪者を見逃すような奴に見えるのか?」
「いいや、見えないよ。だからどうやってキミを排除したらいいか考えたんだ」
排除する? 俺を? 面白い冗談だ。
見込み違いを教えてやろうじゃないか。
俺は背を低くしながら踏み込んだ。八木沢が降った腕の軌道がグニャリと歪む。歪みは徐々に黒い塊へと変わり、つい先ほどまで俺がいたところまで進んで行く。多良木やハルは2人を抱えて横に跳ぶ。ハラハラと落ちて来た雪の花が飲み込まれ、消えた。
(物体の消失、あるいは重力による高圧縮ってところかな?)
吸い込まれるような感触がないから、恐らくは前者なのだろう。触れたものを消し去る力など恐ろしいことこの上ないが、それでも攻略法がないわけじゃない。転移者の身体能力は、一部の強化系を除いて常人と大差はないのだから。確かに魔素によって身体能力は向上するが、反応速度に関してはそれほどではない。
歪みの攻撃を潜り抜け、八木沢の顔面に一撃くれるようなポーズを取る。八木沢は右手を防御のために掲げた。腕と指で視界が塞がれる、俺はその隙を突いて右側面に回り込んだ。攻撃が来ないと分かり、八木沢は防御を解く。遅い。
右側面に回り込み、腰の回転を乗せ脇腹を叩く。豊かな肉を叩く感触と、くぐもった悲鳴のようなものが八木沢から聞こえて来る。更に拳を押し込み八木沢を押し退け、彼が苦し紛れになぎ払った腕と指の範囲から逃れる。手先から生じた歪みに飲み込まれた物体が消え去るが、しかし俺は髪の毛一本すら傷付かない。
十分な距離が出来たところで、全力の前蹴りを八木沢の腹に叩き込んだ。彼の体がくの字に折れ、ほとんど水平に吹っ飛んで行き雪の絨毯に転がった。ファンタズムに変身している時ほど派手なことが出来るわけではないが、十分だ。
「当たらなければどうということはない、ってわけだ。どうだい八木沢?」
力自慢はこれだけやれば逆上して、より大雑把な攻撃を仕掛けてくるようになる。当然八木沢もそうしてくると思ったが、予想とは違う動きを彼はした。
「何だ、強いな……! 使わないで勝てると思ってたんだけどな」
彼の体から黒い靄が溢れ出て来た。
直観的に俺たちはそれを理解した。
「まさか、その力……戦闘態か!?」
「僕はそのガキを殺すために来た。僕に力を与えた奴がそう願っているんだ……
邪魔をするなら容赦はしないぞ、久留間くん!」
黒い力の奔流が立ち上る。
俺はファンタズムROMを取り出した。