13-辛い時だからこそ何かを楽しむ心を持ちたい
「はぁー、こっちに来いって言ったり向こうに戻れって言ったり。キツいね」
夕食の席で橡が口を開いた。シャドウハンターと一緒にバルオラに戻るはずだったが、仕事が終わっていないだのなんだのとゴネて今日の夜まで居座ったのだ。シャドウハンターは滅茶苦茶不機嫌そうな表情で飯の席についている。
「しょうがねえだろ、いまはバルオラの守りが一番手薄なんだから、さ。
連中を退けたとはいえ、油断出来ねえ。転移者の力が必要なんだ。
だいたいなぁ……」
「分かってる分かってる、でもちょっとくらい愚痴らせてくれてもいいだろ?
美人のお姉さんはいつも、キミのいるところに行っちゃうんだからさぁ」
橡はクツクツと笑った。女性陣はそんな戯言に反応することはない。
「アイバルゼンの方は大丈夫だと思う。むしろ心配なのはワードナの方だな」
「アイバルゼンの人たちが避難して来たんだっけ? 気を付けておく」
気をつけてどうなるものでもないがな。せいぜいが救援要請が来てから対応するくらい、あちらの主力は農家の皆様だ。アイバルゼンの人々は鉱山労働には慣れているが、畑仕事はまったくの、文字通り畑違いだ。だがすべての物資を備蓄物資で賄うことは出来ない。農耕、採集、やってもらわなければならないことは多い。
「さて、名残惜しいけどそろそろ帰らないと。相方に怒られちゃうよ」
「誰が相方だ。それでは、失礼する。無事を祈っているぞ」
橡とシャドウハンターは食い終わるなりさっさと出て行った。無事を祈る、か。王都のど真ん中で襲ってくるようなアホがいるとは思わないが、警戒は必要だ。それでこの間はファルナをさらわれかけたのだし……頑張らないと。
「そう言えば、ドラコさんには会えたのか? 2人とも?」
「ううん、あの人忙しいから。いまはまだ前線にいるんだってさ」
そうファルナが言った。バイソンたちは戻って来ているが、あの人はまだあそこにいるのか。あるいは、向こうに行ってしまった妹のことを考えてのことかもしれない。いずれにしろ、あの人にあいさつするには少し時間がいるようだ。
「一応聞いてみたが、今週中には少なくとも帰って来る気でいるようだ」
「おっ、だったら早いこと用事は済みそうだな。いつかは知らんけど」
「けど、それまでの間どうするんだ? ただここでボーっとしてるわけには」
そう多良木は言った。サボる快感を知らないらしい。他の人が働いている間グダグダ寝こけているのは他にはない快感だ。そう思って多良木の方を見たが、残念ながら理解してくれなかった。スゴイ目で俺のことを睨んで来ている。
「それなら……僕は王都を見てみたいな。いいかな?」
「それなら……いや、でもいいのかファルナ? あんな目に遭ったのに」
かつて王位継承選でこちらに来た時、ファルナはさらわれかけた。あの時は俺も気が立っていたから、結構強引に事態を解決してしまった。そのせいでしばらくぎくしゃくすることもあったが……気にしているのかしていないのか、ファルナはごく自然な笑みを作って俺の問いに答えてくれた。
「大丈夫だよ、僕は。もしみんなが反対するなら仕方ないけど……」
「レニア様やファルナ様に意見を言う気はない。ちゃんとフォローしろよ」
「当たり前だ。危険なんてねえよ、俺たちがいる限りこの王都にはな」
多良木は鼻を鳴らして答えた。
それなら俺の答えも決まっているようなものだ。
「じゃ、ドラコさんが帰って来るまで王都散策だ。
楽しみだな、2人とも」
翌日。
大欠伸をして目覚めた俺は、昨日あったことを思い出した。レニアとファルナはとてもはしゃいでおり、その日の深夜になるまで寝床に向かわなかった。出かけられるってのがそんなに嬉しいんだな。思えば、ここ最近は戦争だのなんだのであの子たちにも不自由な思いをさせた。せめていまくらいは、と俺も思う。
髪を整え、着替えをして鏡でスタイルを確認。思えばこの世界に来てから半年ほどの時間が経っているんだな、と思う。ハルの話によれば、向こうとこちらとでは時間の流れが違う。この数カ月もあちらで言えば数時間にしか過ぎないのだという。あまりにも濃すぎる数時間。一秒一秒を有意義に生きなければ。
欠伸をしながら部屋を出て、サロンに向かうと既にレニアとファルナは目を覚まし、きゃっきゃとじゃれ合っていた。一夜明けても楽しみなんだな、2人は。
「あっ……! おはようございます、久留間、さん」
「よく眠れた、武彦? 途中で眠っちゃったら酷いからね」
「どんな酷いことをされるのか、いまから怖くて仕方がないよ」
悪戯っぽく微笑むファルナ。どんなことをされるのだろうか。2人ははしゃいでいるが、いまはまだ時間が早過ぎる。朝飯を食ってからでも遅くはないだろう。そんなことを考えていると多良木が、続いてハルが起きて来た。それから更に十数分、朝食の準備が出来たと城付きのメイドさんが俺たちに声を掛けて来た。
「……それで、今日はどこに行きたいとかそういうのはあるのか?」
飯を食ってから俺は2人に聞いてみた。王位継承選の時は王都もお祭り騒ぎだったが、いまはそうではない。雪深く、しかも戦時。楽しみの類はそれほど多くはないだろう。あまり考えてはいなかったようで、2人は首を傾げあった。
「うーん、市場には行ってみたい。キラキラしてて、とっても綺麗だったし!」
「私、は……広場、とか。ゆっくり出来るところに、行ってみたいです」
それぞれ求めるところは違うが、行けないことはないだろう。
「よっしゃ、行こうぜレニア、ファルナ。ってことで案内頼むぜハル先生」
「前提か。行く前提になって行くのか、私は」
ハルは困ったような笑みを浮かべたが、別に本気で拒絶しているわけではないようだ。これまでたくさんの困難があった。ちょっとした骨休めの始まりだ。
「さあ、行こうぜ。今日は楽しんで、明日からも楽しく行こうぜ」
昨日のうちに雪は晴れ、太陽の光で街全体がキラキラと輝いていた。