13-幼女を殺すなんてとんでもない!
それは、みすぼらしい爺さんだった。落ち窪んだ眼窩、深い皺が刻まれ、日焼けた肌。健康状態の悪さを示すかのように、白の比率が高い髪はボサボサでくすんでいた。どこにもシオンさんの面影を見ることは出来なかった。
「あなたが……シオンさんのお父さん? それじゃあ……」
「レニア様、それからファルナ様の祖父にあたるな。
ただ、誰も認めていない」
認められていない祖父とはこれ如何に。祖父の方が認めていないなら何となく分かるが、祖父の方が認められないというのは聞いたことがないぞ。
「じゃかあしい! 誰がどう言おうと、あの子たちはワシの孫じゃッ!」
「あなたがどれだけ言おうとも、法がそれを認められないのだ。コルネオ老」
法という言葉を聞いて何となく合点がいった。シオンさんは平民だったがナサニエル公に見初められて貴族となった。しかし、その血族が貴族と認められるわけではない。そして平民が貴族の血族である、というのは都合が悪いのだろう。
「あの子たちは親を喪ったのであろう!?
ならば家族が近くにおらにゃならんだろうが、エエ!?
分からいでか! 神官様はその程度のことすら分からいでか!?」
「あなたが2人に寄り添って来たのならば、その言も説得力を持ちましょう。
ですがあなたが何をした? 何を思った? 笑わせないでいただきたいな!」
リニアさんが一喝すると、コルネオ老はしゅんとなった。あまり良い祖父ではなかったようだ。こんな男にあの2人を任せることなど、当然出来ない。
「……コルネオ老、あなたはシオンさんの父親だったんですよね?」
「あっ、へっ? あっ……へえ、そうです。その、短い間でしたけど」
これまでとは打って変わって、媚びるような態度だ。どうやら俺たちとリニアさんとの格好の差にも気付いていないらしい。結構な小心者なんだな、実は。
「あの人の血について、何か知っていることはありませんか?」
それを聞いた途端、コルネオ老の体がビクリと震えた。知っている。
「教えてください。どんな些細なものでも構いません。情報が欲しい」
「しっ……知りませんよ。あっしは、そんな、魔女のことなぞ知りません!」
それは白状しているようなものなのではないだろうか? もしかしたらわざとやっているのかもしれないが。とはいえ、言ってから自分の失言に気付いたとでも言う風に口元を押さえる彼の姿を見るととてもそうは思えないのだが。
「シオンさんは……きっとあなたの奥方は、宵闇の血族なのでしょう?」
「あっ、しっ……知りません。あっしは何も、何も知らねえんですよ……!」
「あなたを責める人はいない。教えてください。俺はただ知りたいだけだ」
2人を守るために走らなければいけない。彼らに隠された物語を。
「……サニア=ジーファーは、控えめに言ってちょっとおかしな女だったんだ」
そう言って、コルネオ老はポツリポツリと自分の過去を、そして妻サニア=ジーファーの事を語り出した。要領を得ない会話の中で、分かったことはある。
彼の妻、サニア=ジーファーは元々は貧民街の裏酒場で働く踊り子だった。かつてはそれなりに羽振りがよかったコルネオ老は――その稼ぎについては決して語ろうとしなかったが――すっかり彼女に夢中になり、身請けをした。
無論、愛がすべてではない、下心が多分に含まれた取引だ。だが、コルネオ老はすぐにその取引が誤りであったことに気付いた。サニアはただの踊り子ではなかった、恐るべき力を持つ、いわば『魔人』とでも言うべき者だったのだ。
「魔人……? そりゃあ、つまり、力が強いとかものすごく素早いとか」
「そんなもんじゃねえ。
あいつと目を合わせたら、俺は一歩も動けなくなっちまったんだよ。
俺は、こう見えても昔戦争に行っていた。だから腕っぷしに自信があったんだ。
けどそんなもん何の意味もなかった。あいつの、暗い瞳に見られたら……」
主と従は逆転した。コルネオ老が裏稼業で稼いだ金を、サニアはすべて搾り取った。無論表向きは幸福な夫婦、あるいは奴隷と主の関係であることを忘れなかった。ほとんど人間はそれに騙され、彼らの関連性に気付くこともなかった。
サニアは強く子供を求めた。そして、子供が安寧に暮らしていける環境を。だからこそカネモチである彼を選んだ。間もなくして彼女は女の子を出産した。後のシオンさんだ。不可思議な力までは、さすがに継承されなかったようだ。
「そう思っていた、最近まで。
でも、もしかしたら男をたぶらかす力は残っていたんじゃないかって。
時々、そんなことを考えちまうんだ。罪深いことかもしれねえが……」
「それで、サニアさんってのはいったい何者だったんだ?」
サニアは『結婚生活』の合間、戯れに語ったという。彼女の出自を。
「いまから200年ほど前、この世界を邪悪な神を讃える王国が支配していた。
しかし、光の神の姦計によって闇の王国は滅び、この世界から姿を消した。
王族も滅びたと思われていたが、しかしそうではない。あいつなんだ……!
あいつこそが、最後に残った」
「『宵闇』文明最後の生き残り、ってワケか。そして……」
女神の血を引く人間。その地はシオンさんに引き継がれ、そしてレニアとファルナが受け継いだ。レニアの持つ不思議な力も、もしかしたらそれに……
「アンタは2人を連れて行って、それでどうしようって言うんです?」
「あれは邪悪だ。悪魔の妨害がなくなったいま、この手で……!」
「リニアさん、帰すんじゃなくてこの人捕えてないと面倒そうですよ」
リニアさんは素早く背後に回り、老人の腕を捻り上げて手錠をかけた。
「グワーッ!? 何をする! わ、ワシにこんなことをしてタダで済むと!?」
「済まなければ怖いな。いったい何様のつもりだ、人の子を殺すなどと……!」
「あれは悪魔の子だ! この世界に存在していては……グワーッ!」
再度捻り上げられ、悲鳴を上げた。
「悪いな、爺さん。あの子たちの事は俺たちが守るって決めてるんだよ」
リニアさんは老人を引っ張り、どこかに連れて行った。俺たちが王都にいる間は捕まえていてくれるとありがたい。そんなことを考えていると扉が開いた。
「あっ、お帰りなさい、久留間さん……何かあったんです、か?」
レニアは小首をかしげ、控えめに聞いて来る。この子たちが悪魔の子?
「いや、何でもないよ。それより寒い、さっさと入れてくれよ」
例えなんであったとしても、俺がこの子たちの味方であることに変わりない。