13-予想外の珍客
ハルは迷いなく小道を進み、階段を昇って行った。
「なあ、待ってくれよハル! せめてどこに行くかくらい教えてくれよ!」
「何となくお前だって分かるだろ、武彦! 黙ってついて来るんだ!」
「だーかーらー、分からないから聞いてるんだろうが! ハル!」
ハルが舌打ちするのを聞いた。仕方ないだろ、俺は他人の思考を察するだとか人の気持ちになって考えるのが苦手なんだ。この世界に来てよく分かったよ。国語の成績が悪かった時点で察する必要があったのかもしれないが。
「墓地だ。リニアの両親がそこに埋葬されているんだよ」
そこまで言われて、ようやく得心した。彼女が自分の心を見つめ直すにはそこが一番いいのだろう。そこからは言葉を交わすことなく進んで行った。
最後の一団を登り切った時、視界が開けた。王国内でもかなり高い位置に置かれているのだろう、市街地を見下ろすことが出来る高台に俺たちは辿り着いた。そこには人家はなく、代わりに黒い鉄柵に覆われた墓地があった。七天教会のシンボルに、家々の装飾を加えたようなデザインの墓がいくつも立ち並んでいる。
リニアさんはどこに? 探すと彼女の姿をすぐに見つけることが出来た。声を掛けようとして、裾をハルに引っ張られた。邪魔すんなってことか、分かった。
「……母上。教会は、この世界は、間違った方向に進もうとしています」
リニアさんは墓を真っ直ぐ見つめた。その瞳に込められた意志はとても強いものだったが、しかしすぐに弱々しい、いつもの彼女らしくない瞳に変わった。
「それとも、間違っているのは私なのでしょうか? お父様……」
「アンタが間違っているのか、間違っていないのかは、アンタにしか分からん」
彼女の自問自答が自己嫌悪と否定に向かおうとしているのを見て、ハルは声を掛けた。リニアさんははっとして振り返り、俺とハルのことを見た。
「その、すいません。盗み聞きしました。それと、本当にすいませんでした」
「……いや、よいのだ。私も感情に任せて、変なことを言ってしまった」
俺とリニアさんは頭を下げあった。それでおしまい、だと思いたい。
「行く先を見失った時は、ここに来るようにしている。
2人に話を聞いてもらうのだ。私が間違っているのか、それとも違うのか。
少なくとも決断することは出来るからな」
「リニアさん……その、あんまり思いつめないようにした方がいいと思います」
俺が言うのもなんだが、リニアさんは無理をしているように見えた。教会で直談判をするのもそうだし、そこでの結果が芳しくなかったこともそうだ。それでもリニアさんは気丈に、俺たちの心配を跳ね除けるようにして微笑んだ。
「大丈夫だ、上手くいかないことには慣れているさ」
「リニア……お前、本当に……」
ハルが言葉を紡ごうとした時、けたたましいコール音が鳴り響いた。外で取り逃さないように設定しておいたのだ。ハルは出鼻を挫かれて俺を睨んだ。
「待てよ、これって大事なことがあった時のために渡しておいたものでな……
あー、もしもし? どうしたんだ、何かあったのか? オーイ?」
俺はハルの視線を受け流して通信に意識を集中させた。だが、それがいけなかった。いきなり耳に飛び込んできた叫び声を受け、吹っ飛びそうになった。
『久留間ァッ! おかしなやつが城に現れた、さっさと戻って来い!』
「おかしな奴ぅ? 何だそりゃ、転移者か? マーブルか?」
『人間だよ! 人間だけど話が通じねえんだよ! とっとと戻って来い!』
乱暴に言ってバイソンは通信を切ってくれた。チクショウ、何が起こったのかすらわからねえじゃねえか。ってことは俺はこいつらに説明も出来ない。
「おい、結構激しく言い争っていたみたいだが何があったんだ?」
「いや、要領を得ないんだけど……えーっと、多分城に何かが現れた」
「いや、何かってなんだよ。さっきの話で人なのは分かったけどさぁ……」
「しょうがねえだろ! 俺だって人だってこと以外何も分かってねえよ!」
俺は逆切れした。いや、順切れか?
しかしリニアさんは考え込んだ。
「もしや……その御仁に心当たりがある。その人は城にいるのだろう?」
「へっ? バイソンがいるってことは、多分城なんでしょうけど……」
それを聞くなりリニアさんは走り出した。ああ、まったく。俺の周りにいる連中はヒトの話を聞いてくれないし他人に話を教えてくれる気がない連中ばかりなのだろうか? 俺とハルは顔を見合わせて苦笑し、またリニアさんを追って走り出した。
城までの道のりはそれほど遠くなかったし、さっきと違って下り坂なのでそれほど大変ではなかった。ところどころ凍結しかかった床を踏んで転倒しかかったりもしたが、ほんの10分ほどで俺たちは城に辿り着いた。裏門の警備をする騎士たちに俺たちの身分を証明する方に時間がかかったくらいだ。リニアさんが押し通ったが。
「ああ、ちょっと待てって言ってんだよ爺さん! こっから先に行かせねえ!」
「やかましい、小娘! ワシを誰だと思っている!? さっさと通せィ!」
レニアたちがいる部屋の前で、バイソンと爺さんが押し問答をしている。さすがに暴力を振るう気にはならないようで、バイソンは対応に苦慮していた。
「……何者か分からない老人が現れたと聞いていましたが、やはり」
リニアさんは得心したようにため息をつき、足を踏み出し老人に話しかけた。老人の方もリニアさんの方を見て、何となくほっとしたような表情を浮かべた。
「お久しぶりですね、コルネオ老。シオン様の件は、お悔やみ申し上げます」
何だって? リニアさん、この人はもしかして……
「お前たちにも紹介しておこう。この方はコルネオ=グラナ。シオン様のお爺様だよ」