13-彼女は自分の意志で戦うことが出来ない
王都行きの許可はわりかしすぐに出た。
もっとも、条件があったが。
「ここんところ、レニアちゃんたちが外に出てないからね。
2人も連れてってくれ」
そうナーシェスさんから言われた。ストレス解消と、ドラコさんに2人の無事を知らせたい、というところもあるのだろう。頼りになる護衛が4人もつくので、取り敢えず問題はないだろうと俺は判断した。船はすし詰めになったが。
「……お前たち、いいか。過積載だぞ。あまり動くんじゃあない……」
シャドウハンターは怒りを押し殺した声で言った。実際船を興味深げに見渡すレニアとファルナの姉弟、キョロキョロと挙動不審になるリニアさんとハル、不愛想に座る多良木。辺りを見回すだけでも滅茶苦茶シュールな光景だ。
エラルドのほぼ全戦力がここに集結していることになる。だがアイバルゼンが落ち、侵攻を仕掛けてくる気配もないので取り敢えず数時間だけなら、ということだ。シャドウハンターは橡あたりを拾ってバルオラに戻る予定でいる。
「それにしても、教会って今回の戦いに干渉しない方針なんですね」
それを聞いた時、不思議に思ったものだ。
だがよく考えると納得出来る。
「教会は俗世の闘争に対して武装中立の方針を取っているからな。
しかも、王国と西方双方の存在を承認している。どちらにも肩入れ出来んのだ。
まあ、戦後どちらか生き残った方と手を組めるようにしているとも言えるが。
何にせよいけすかんやり口だよ」
組織を維持するためなら最善手のようにも思えるが、前線で働くリニアさんのような人にとっては不満の残る方針なのだろう。実際、彼女が動けないがために失われた命だって多くあるだろう。力を持っているだけに、やりきれない。
「しかし、どうやって説得するんですか? 何か手があるんですか?」
「直談判。それしかあるまい。何か変わるかは分からんが、やるだけやる」
何も考えていなかったらしい。
この愚直さ、らしいと言えばらしいのだが。
「実際のところどうなのよ? 説得出来る可能性ってあるのかな?」
「万に一つもないと言っていいだろう。正直、無駄に終わる可能性が高い」
ハルはため息をついて行った。
清々しいくらいはっきりとした否定だ。
「教会上層部は王国議会に負けず劣らず伏魔殿らしいからな。
自分たちの利益を最大化するためなら喜んで教徒だって切り捨てる。
いわんや、半敵対状態にある王国などな」
「ああ、ドラコさん就任の時に教会のメンツを大いに潰しちゃったから……」
あの時はこんなことになるとは思っていなかったのだろう。段階的に教会の干渉力を削いでいこう、と考えていたのだから。そしてそんなことは教会側もお見通し、となればわざわざ彼に手を貸すことはない。邪魔をしようとさえ考えるかもしれない。
「上が下らぬ政治にうつつを抜かしている間に失われる命がある」
ギュッ、とリニアさんは手を握って虚空を見た。その目に浮かんでいる感情はとても複雑だ。もしかしたら、と思う。彼女の親が死んだのは、もしかしたら王国と教会との間に横たわる不和によるのかもしれない。
飛びながら、そう言えばフライングソーサーをどこに留めればいいのだろうかと考えた。だが事前に連絡が行っていたらしく、イーグルが俺たちを出迎えてくれた。あれからしばらく経っているが、無事でやっているようだ。
「アンタも無事でよかったわ、久留間くん。向こうに変わりはないかしら?」
「ああ、何度か危ない時はあったけどなんとかなったよ。ありがと」
「もし何かあったらすっ飛んで行くから。それじゃあね」
哨戒任務があるとかで、イーグルはすぐに飛んで行った。あいつも忙しい、そしてこっちの生活に大分馴染んでいるやつだ。元々ディメンジア組の中では気さくで話が通じる方だ、持ち前のトークスキルを使って人々の中に溶け込んだのだろう。シャドウハンターも俺たち別れ、橡を連れて行く許可を貰いに行った。
「さて、と。それじゃあ俺たちは……天翅の塔に行くのかな?」
「そうだな。悪いがついて来てくれると助かる、1人ではちょっとな」
珍しくリニアさんは弱気なことを言った。リニアさんが先頭に立ちその次に多良木、真ん中にレニアとファルナ、最後尾に俺たちが続いた。
「リニアさん、緊張してんのかな? なんていうか、らしくないって感じだ」
「あいつが年がら年中ポヤポヤしてると考えてるんなら間違いだ」
長年の友人であるハルは、別に彼女の態度が驚くほどではないと言い切った。
「ただ言い切れることがあるとすれば、いまの状況を彼女は望んじゃいない」
自ら望んで七天神教に帰依したわけではない、ということか。それ以上ハルは言わず、無言で進んで行った。俺もリニアさん本人に問い詰めるのは躊躇われた。うっすらと雪の積もった石畳の上を、俺たちは声もなく歩いて行った。
やがて、俺たちは王国の中心にある天翅の塔へと到着した。前に来た時は活気があったが、いまはない。戦争が市井に住まう人の心に暗い影を落としていた。それでも天翅の塔エントランスには多くの人々が詰めている。
(……ああ、なるほど。そう言うこと、なのかもしれないな……)
かつてここに来た時は感じられなかったことが、分からなかったことが分かった。ここに来た時も、俺たちは視線を向けられた。転移者を物珍しく見ているのだと思っていた。けれども、その視線の種類は俺が考えていたものではなかった。
それは、リニアさんを見ていた。
侮蔑と嘲笑の入り混じった視線で。
「行くぞ、すでにアポは取ってある。こっちだ」
リニアさんは言い切り、先へ進んで行く。関係者以外立ち入り禁止の札が立った通路を抜けていくと、半透明のポットがあった。彼女はそれに乗り込み、コンソールを操作。扉が閉まり、ポットが上昇する。エレベーターだったのだ。
グングンと昇って行くエレベーター、それは高度500mくらいの地点で停止した。扉が開くと、すでに1人の男が待っていた。彼は時計を懐に戻す。
「私が割ける時間はそれほど多くない。分かってくれるね?」
そこに立っていた人物の名を、俺は知っている。
あの日見た顔がそこにいた。
「……教皇、セプタ……」
教会の最高権力者が、俺たちの目の前にいきなり現れたのだ。