13-安息の日々はもはやない
空飛ぶ円盤に乗ったことがある人はいるだろうか?
俺はいま初めて乗った。グルグルと回転しながら飛んでいるという話だが、不思議なことに遠心力などはほとんど感じない。むしろ地面に真っ直ぐ立っているのとほとんど変わらないように思えた。これがディメンジア脅威のメカニズム、ということなのか。
回転する円盤に乗って俺たちはバルオラ村に帰還した。初めて見る不可思議物体を前に人々は大いに混乱したが、俺たちが説明すると何とか収まった。
「はぁ、空飛ぶ円盤か。お前たちは面妖なものを所持しているんだなぁ」
教会兵士を率いて来たリニアさんは呆れたように言った。
そう言えば、この人と話をするのも久しぶりな気がするな。
「いやぁ、混乱させてしまったみたいで申し訳ない。極めて安全ですから」
「それに、アイバルゼンとディメンジアの民がこっちに来るとも聞いてない」
次元城を見たエラルド領の兵士は迎撃部隊を編成し、攻撃に移ろうとしていたらしい。あぶねー、下手をすりゃ身内で殺し合うことになってたわけか。軽率な行動をとるんじゃなかったな、と俺は内心で思う。
「ま、お前の機転でアイバルゼンの人々は救われたんだ。よかったな」
「それを言うならディメンジアの科学力で、だ。こいつはただのおまけだぞ」
シャドウハンターは露骨に不快そうな声を上げた。
ヒデエ扱いだな、オイ。
「よっ、久留間くん。いきなり戻って来たって聞いたから驚いたよー」
「久留間、さん。ご無事で何より、です」
リニアさんと話していると、ナーシェスさんとレニアが入って来た。最近酷い扱いばかりが続いていたので、この2人を見ていると心が癒される気がする。
「ともかく、状況を聞かせてくれ。アイバルゼンではどうだったんだい?」
俺はシャドウハンターと共に、アイバルゼンであったこと、やったことを話した。興味深そうに聞いていたナーシェスさんもだんだん微妙な表情になる。
「うーん、敵に利用させないためとはいえ物資を全部焼いて逃げ出すとは……
躊躇いがないって言うかなんて言うか。正しいとは思うんだけど、こう……
人々への慈悲を、ね?」
「人のこと気にして勝てる状況じゃなかったんで。悪いとは思いますけど」
「あの場では一番、あれが効率的に敵の戦力を削ることが出来た」
戦闘に関しては、俺よりもシャドウハンターの方が冷徹だ。ナーシェスさんは諦めたように頭を振った。少なくとも他に手がないことは理解しているらしい。
「まあいい。キミたちはよくやってくれた、それは認めなきゃいけないからね。
気にすべきはこれからのことだろう。敵の追撃があると思うかい?」
「どうでしょう。あの村にあるものはほとんど焼いちまいましたから……
食料、燃料、金属は燃えてるとは思いませんけど、砕けてるかもしれない。
あいつらがアイバルゼンを維持している理由は亡くなったと思うんですよ。
そうなると……」
「本隊と合流するためにアイバルゼンを放棄するかもしれない。
最低限の戦力は残すだろうがな。少なくとも重点戦略目標ではなくなるだろう。
こちらを攻める戦力は残らない」
もっとも、敵がヤケになって突っ込んでくる可能性がないとも言えない。部隊を再編し、こちらへの攻撃を優先して来るかもしれない。だがそこまで行くともはや難癖のレベルだ、現実的に考慮すべきではないだろう。当面の脅威を取り除くことは成功した。しばらくバルオラが、エラルドが襲われる心配はない。
「うん、やるべきことはやってくれたみたいだね。ありがとう、2人とも」
「シオン様に託されたこの地を守ること、それが俺の仕事だからな」
シャドウハンターは手をギュッと握り、その内に握ったものを見た。
「お疲れ様。キミたちはゆっくり休んでくれ、あとは我々が……」
「いや、ちょっと待ってくれ。久留間、お前に来てほしいところがある」
話は終わり、となったところでリニアさんがいきなり口を挟んで来た。
いったい何だ、めったに見ることが出来ないくらい真剣な表情をしている。
「あー……大事な話なんだ。他の人は、席を外していただけるか?」
そこで何かマズいと思ったのか、バツの悪そうな表情をしてリニアさんは言った。表情の意味は分からないが、ナーシェスさんはニヤニヤと笑いながら退席した。シャドウハンターもレニアを伴って外に出る。応接室にいるのは俺たちだけだ。
(他の人がいると都合が悪いこと? もしかして、その……)
いや、もちろん俺とリニアさんの間にあんまり関わりがないことは分かっている。強さが好意に完全変換される戦闘民族でない限りは有り得ないだろう。だがこんな美人に『二人っきりで話したいの』と言われて誤解しない奴がどこにいる?
「お前にどうしても、聞きたいことがある。答え辛いかもしれないが……」
「いやいや、そんなことありませんよ! むしろ大歓迎、っていうか!」
我ながらおかしなテンションになってしまった。
彼女の視線はどこか怪訝だ。
「……ハルは答えてくれなかった。だが、おかしな服を着た転移者について……
お前たちは何かを知っているのではないか? 何でもいいんだ……!」
ですよね。ちょっとだけ落胆しながら記憶を探る、彼女は親の仇を探している。そしてその仇とは、学ランを着た転移者だ。思い当たるところがある。
「『界渡りの連合』盟主、八木沢六郎。それが敵の正体です」
「やはり……! あの時、この村に現れたのだな!? その転移者は!」
どうしてそこまで分かるのか、と思ったがあれだけ派手にやり合ったのだ。リニアさんでなくとも、転移者がここに来たことくらいは気付くだろう。
「そいつはどこにいる!? どんな力を持っているんだ!」
「どこにいるかも力も、よう分かりません。あの後消えましたから」
王国側も『界渡りの連合』について把握していることは少ないように思えた。リニアさんは肩を落とすが、しかし予想くらいはしていたようだ。それほど強く落胆したようには見えない。少しの間目を閉じて、呼吸と心を静めていた。
「……いや、ありがとう。それが聞けただけで十分だ」
彼女の心には復讐心が煮え滾っている。だが、彼女に復讐を勧めることは出来ない。敵の能力はあまりに強大だとハルから聞いていたからだが。
「それはともかく、だ。着いて来てほしいところがあるんだがいいか?」
「え!? そりゃ、でも……いや、ちょっと心の準備が整ってなくて」
「ああ、ナーシェス殿から許可を貰わねばならんな。王都に向かわねばならん」
王都。リニアさんの故郷。ということは、ご両親にご挨拶を?
「戦列参戦の許可をいただかねばならん」
……ですよね。
って、あれ? 何かおかしなことを言われた気が……