12-光と闇の中で
シャドウハンターの腕が馴染むまで間、俺は作戦の説明と偵察に明け暮れた。アイバルゼンの人々は渋ったが、しかしそれでも何とか納得してくれた。失敗すればみんな死ぬ、だがこのまま進めば自由はない。伸るか反るかなら乗るしかない。
アイバルゼン到着から1週間。作戦を決行するその時が訪れた。
「よう、シャドウハンター。腕の調子はどうだい?」
ベッドの上で上体を起こし、左腕を見ていたシャドウハンターに俺は声を掛けた。型から先は無骨なサイバーアームであった。駆動音すらさせず、指は滑らかに動いた。何度か打撃を放つが、非常に柔軟だ。さすがはディメンジア脅威のテクノロジー、と言ったところか。前腕のハンドヘルドコンピューターみたいなものが少し気にはなるが。
「非常にいい。そちらはどうだ、久留間?」
「ばっちり。アイバルゼンのみんなも、俺たちに協力してくれるみたいだ」
「彼らを逃がす。だがそれには彼らの協力が必要不可欠だ。失敗は許されん」
その通り。今回の作戦にはいろいろなものが掛かっている。村人の命、エラルド領の安全、そしてディメンジアの民の命。彼が気にするのも分かる。
「まあ、肩の力抜けよ。あんまり気にし過ぎるとむしろ危なくなるぜ?」
「ふん。貴様は力を抜き過ぎだ。俺が気を張るくらいでちょうどいい」
ああ言えばこう言う奴め。まったく、相変わらずだなこいつは。
『サポートはこちらで行う。お前たちは暴れ回り、敵の目を引きつけるのだ』
「オッケー。もちろん、そう言うことしか出来ない連中だからな。俺たちは」
「お前と一緒にするな。ダークと戦える戦力が少ないだけのことだろう」
シャドウハンターは息を吐き、エントランスへと向かった。俺も変身しながらそれに続く。扉が閉じられ、減圧される中でシャドウハンターが口を開いた。
「敵の兵力は40程度。だがその少ない兵力をダークで補っている」
「転移者は2名。草薙良治と禰屋光弘だ」
草薙は剣道部所属のスポーツ少年、禰屋は文芸部所属の文系……だったと思う。タイプは違い過ぎるがそれなりに上手くやっているようで、不和などないようだ。残念ながら能力まで知ることは出来なかったが、察することは出来るかもしれない。いままでの転移者たちも、自分の性質に応じた能力を得ていた、気がするからだ。
「草薙の方は近接系だろうなぁ。となると、禰屋が遠距離攻撃型か……」
「俺は一度、バルオラでこいつと交戦している。禰屋の能力はキネシス系だな。
他の転移者とリンクを作ることで、力の一部を分け与えることも出来る」
注水が開始される。徐々に足下から水が満ちて行き、扉が開く。俺たちは浮上し、薄い氷を割って地上に立った。村はまだ静寂を保っている。
「つーわけで、やってやろうぜ相棒。一緒にここを解き放つんだ」
「誰が相棒だ、誰が。せいぜい利用してやる、使える道具でいろよ」
それだけ言ってシャドウハンターは歩き出した。ちぇ、面倒な奴。
俺たちは闇の中を駆けた。途中、鳥型ダークが俺たちを発見し叫び声を上げた。それを無視して俺たちは村の真ん中へと突っ込んで行った。襲撃を察知して迎撃に現れた獣型ダークを打ち据え、人型ダークを粉砕し、村の更に奥へと進む。
「よしよし、取り敢えず問題はないな。後は本部をぶっ潰してやれば――」
もっとも、そう簡単に事は進まない。頭部に飛来してくる矢を掴み、握り潰す。40mは離れたところから放たれた矢だ。弓は通常使われるものよりも遥かに大型で、そして頑丈そうだった。弦も鉄線を編んだ物を使っているようだ。更に本体部分はブレード状になっている。剣弓と言う奴だろうか、遠近両用らしい。
「とまあ、そう簡単に進ませちゃあくれないわけだ。気を付けろ――」
もう1人の兵士が剣を抜き、飛び掛かって来た。俺はガントレットでそれを受け止める。ダークのそれよりも鋭く、そして重い剣。高レベルっぽいな。
「シャドウハンター! 俺がこいつらを押さえる、お前は先に行きなッ!」
「大声で言われずとも分かっているわ、阿呆が!」
シャドウハンターは剣士の脇を抜けて行こうとした。手首を返し止めようとするが、その前に俺が立ちはだかり、剣を弾いた。門の脇に立っていた弓使いは次の矢を番え、放った。一直線に飛んで行った矢、それはサイバーアームによって弾かれた。射撃を諦め接近戦を挑もうとした弓手を無視し、シャドウハンターは駆ける。
「おっと、お前たちの相手は俺だぜ! よそ見してんじゃねえ!」
屈んで剣をかわし、足首を狙ってなぎ払われた剣を前転で避ける。飛び込みながら放たれた矢を弓手に投げ、地面を転がり剣士と距離を取る。投げた矢は避けられてしまったが、少なくとも足止めをすることくらいは出来たようだ。
「王国の騎士……いや、転移者か! 面妖な格好をしよってからに……!」
「正解だ。あんたたちが俺に勝てないってことも、分かってくれるよな?」
「ほざけ、小僧! 貴様らに勝つために我々は禁忌をも犯したのだッ!」
兵士2人は憎悪に満ちた視線を俺に向け叫んだ。彼らとて大跳躍で家族を亡くしているのだろう。いま彼らの味方に転移者を引き入れているのにも、愛憎半ばする感情があるのだろう。気持ちが分からなくはない。
「例え貴様がどれほど優れた力を持って行ようとも、この数を前にすれば!」
バタバタといくつもの足音と羽音が聞こえて来る。村中に散らばっていたダークたちがこちらに結集しているのだろう。いつもは人で賑わうのであろう目抜き通りは、いまは怪物によって満たされていた。四方八方、塞がれている。
「蛮勇には死を。お前を殺せば王国に幾分か打撃を与えられるだろう」
「とんでもねえ。俺如きが死んだところでどうなるもんでもねえよ」
それは本当だ。所詮俺はバルオラの食客に過ぎない。王国本体としても俺がいれば万々歳、なければないで別にいい、程度の戦力でしかないだろう。
「それに容易く殺されてやる気はねえよ。俺も、この村の人々もな」
家の窓と言う窓が開く。そして彼らは何かを投げた。
それは闇に溶けるほど黒い球体であり、地面に当たると眩い光と閃光を放った。
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