11-自由騎士の誕生
その時、不思議なことが起こった。
ファンタズムの装甲が眩く輝き始めたのだ。同時に世界のありとあらゆる動きがスローに見えて来る。飛びかかって来る女神がもどかしいほど遅い。空中で身を捻り刺突をかわし、横っ面に拳を叩き込む。空中でそれほど力を込めることは出来なかったが、女神は20m以上吹っ飛んだ。
「なっ……!? どうなって、いるのですか!
それは、いったい……!」
女神はバウンドしながら体勢を立て直し立ち上がる。俺は着地し、自分の体から発する光をまじまじと見た。違う、これは俺が発している光じゃない。
「これは、キミの力なのか? レニア……」
俺はレニアを見た。
当人も何が何だか分からない、という感じだった。
「この前、私もそれを体験した。ありとあらゆる感覚が研ぎ澄まされるのを」
感覚という感覚が無理矢理引きずり出されたような気がする。だが不思議と不快感はない。それはこの子の願いが引き出した力だからだろうか?
「その力は魔素……! でもなぜ?
ファズマと魔素は交わらないのに!」
霊力と魔素は交わらない。初めて聞いた。この世界にはないのだから当たり前か。あの時見た『レベルEX』、それはこういう意味だったのか。
「なるほどな、この子の魔素が、魔法が、俺に力を与えているってことか」
「そんなことは有り得ない! 私でさえ不可能だったことを、なぜ眷属が!」
これまで以上の露骨な狼狽を女神は見せた。
そんなの当り前だろうが。
「どうしてお前じゃ無理で、レニアが出来たかって? 理由は1つしかねえ」
「なんだと!?」
「俺のことを心配してくれる女の子の願いを、無碍には出来ねえからさ!」
力が俺に溶けていく。
願いが俺の体に染み渡る。
温かな感覚がある。
光が収まった時、ファンタズムの姿は一変していた。ノービス特有の動きやすさを重視した装束は相変わらずだが、装甲は継ぎ目に金をあしらった白色になっていたのだ。白金の如く高貴に輝く鎧。手甲と脚甲はキラキラとラメが入ったかのように光を反射した。瞳は更に青みを増し、晴天の如き光を発した。
「その力は……!?」
「ノービス……いいや。もうこいつは何も背負ってないワケじゃないな」
自由なるノービス。それは無責任の自由だった。
いまは違う、守るべきものがある。
だがそれは少しも動きを妨げない。
むしろ、更に力強く、更に素早く駆けるための力となる。
名を冠するのならば、この力はさしずめ……
「自由騎士、って言ったところかなァーッ!」
右膝を突き出し女神に向かって飛びかかる。女神は反応すら出来なかったのだろう、顔面でそれを受けた。女神は頭を振り、よろけながらも立ち続ける。
「有り得ない、魔素とファズマが重なり合うなんて……! そんなことが!」
女神は右手に黒い炎を宿らせ、なぎ払った。小さな炎の玉が撃ち出される。俺はその軌道を読み、すべてを打ち落とした。女神は目を見開く。
「この姿でどれだけのことが出来るか、アンタも見てくれよ……!」
構えを取り、踏み込む。一瞬にして距離を詰め、無防備な胴体に連撃を繰り出す。攻撃を受けながらも女神は黒い炎を纏った腕でパンチを放つが、遅すぎる。その外側を回り込み背後に立ち、脇腹にショートフックを叩き込んだ。
止まらない。誰にも止められない。傍目から見たならば、女神に纏わりつく光の軌跡が何度も彼女を打ちのめしたように見えただろう。
体をくの字に折り曲げながらも、女神は闘志を萎えさせず裏拳で俺を打とうとした。だがすべて見えている。前転で女神を乗り越え背後に回り、その背にサイドキックを打ち込んだ。女神は予想すらしていなかった一撃を受け10mほど吹っ飛び地面を転がった。
「あ、有り得ない……私は、私はこの世界の神なのですよ……!?」
よろよろと立ち上がる女神。
これでとどめ、俺はボタンを押し込んだ。
『クリティカル・ストライク!』という機械音声が流れる。いままでとは違ったものだ。そう言えば『エネルギーが一定量以上に達した時は超必殺技みたいに派手にしてみよう!』とか博士が言っていたっけ。結局向こうでは日の目を見ることはなかったが、こちらの世界でようやく使う機会を得た、ということか。
右足にエネルギーが収束する。青白いファズマと眩い魔素が混ざり合い、気高い黄金色のエネルギーへと変わった。俺は左足で天高く跳び上がり、右足を女神目掛けて突き出した。エネルギーの噴出によって俺の体は矢のように撃ち出される。女神は両手から黒い火柱を噴射し、俺を焼き尽くそうとした。しかし。
「ハァァァァァ……テヤァァァァァーッ!」
「そんな、バカな! 私が、私の策のために敗れるというの――!?」
金色の矢は黒い炎を切り裂き女神へと向かっていく。右足が女神の体を貫く瞬間を俺は見た。着地してもなお勢いを殺しきれず、轍を作り地面を滑る。女神は自分の体にぽっかりと空いた金色の穴を、ぼんやりと見ていた。
「所詮、私は、写し身。端末に、過ぎない。後悔しますよ、久留間、武彦」
「後悔なんてするか。しないためにこうやって戦ってるんだからな……」
女神の唇がニィ、と意地悪く歪んだような気が俺にはした。だがすぐ激痛に歪み、ごくごく人間らしい醜悪なそれへと変わった。死への恐れ、成し遂げられぬ無念、俺への憎悪。傷口がバチバチと火花を上げながら沸騰するのを見た。
女神は大の字で地面に倒れると、壮絶な爆発四散を遂げた。