00-クラス転移→女神部屋→馬車救出
2018年、夏。
世界は別次元からの侵略者とやらに襲われた。壊れる街、逃げ惑う人々。俺はそこで、科学者を名乗る男からある物を受け取った。それは、この世界を救う力だそうだ。
科学の力を使い、この世ならざる現象を引き起こす力。見ることも、触れることも、感じることさえも出来ないエネルギー。それだけが侵略者を退ける唯一の手段だと言っていた。
俺にしか使えないそれを受け取り、俺は戦った。戦って、戦って――
1カ月もする頃には、侵略者とやらは白旗を上げて逃げて行った。
最初の1週間はよかった。
2週間目の終わりに、4大幹部とやらが一斉に襲い掛かって来た。
それを撃退したら、今度は皇帝の懐刀とやらが攻めて来た。
そいつは最期の日、武器を抜くことさえもなく言った。
『見事だ。お前の力に免じ、俺たちはここから立ち去ることにしよう』
彼らは消えた。
残されたのは夏休みの宿題も、ひと夏の出会いも、何もしていない俺だけだった。奴らと戦っているだけで夏休みが終わってしまった。いや、世界が平和だったならそれでいいのかもしれないが……まさか1クールもたないとは思わなかった。徹底的な隠密行動をしてくれたおかげで、俺の存在はおろかディメンジアの存在すらも一般人は知らない。必然的に、俺がカメラに追い掛けられるようなこともなかったのだ。
「よっ、久しぶり。夏休み全然見なかったけど、どこか行ってたのか?」
「いや、どこにも行ってないし……何もしてないわ」
周りのクラスメイトが日焼けしたり、顔が近くなったり、後ろのあの子が垢ぬけたファッションになったり、反対にいなくなったりしている中、俺だけは夏休み前と何も変わらなかった。
おのれ、ディメンジア……! 高校生の貴重な青春を……!
何事もなく始業式が終わり、後期の説明が終わり、帰りのホームルーム。
とにかく早く帰りたかった。この後悔に満ちた時間から、早く……
「おッ、おい! な、なんだよあれは!」
前の席の織田くんが何か叫ぶ。うるせぇなあ。それに釣られて他の友達も騒ぎ始める。なんだなんだ、何があったっていうんだ? 俺は不貞腐れた視線を向けた。
マジでなんだ。
黒い、電光を放つ球体が教室に近付いてくる、そして……
俺は黒い球体に飲み込まれた。いったい何が起こったんだ?
少なくとも、これがすぐさま命に別状を及ぼす類のものでないということだけは分かる。だが、天地の感覚がなくなり、自分が立っているのかいないのかすら分からなくなる。尋常な事態ではない。
「――よ。久留間武彦よ。私の声が聞こえますか――?」
名前を呼ばれ、俺はそちらに振り向いた。黒い空間の中に、光を放つ女性の姿があった。ゆったりした全身を覆う麻のローブに身を包んだ女性。緩くウェーブのかかった長い金髪と愁いを帯びた表情が特徴的だ。闇の中において、彼女自身が光を発していた。
「俺……いや、僕が久留間武彦、ですけど。どうして俺の名前を?」
反応を見て、女性はパッと花が咲いたように笑った。
「呼びかけに応えてくれてありがとう、久留間武彦。
あなたを呼んだのは他でもありません、我々の世界を救ってほしいのです。
あなたがあなたの世界を救ったように……」
何ですと? 予想もしていなかった言葉に、俺は思わずフリーズした。
「あなたの世界と壁一枚を隔てた場所にある世界……
ラナ=グレンが滅びの危機に瀕しています。
もはや私の力では、世界を救うことが出来ません。身勝手な話ですが……」
どうして、とは聞かない。心当たりは十二分にあるからだ。しかし……
「おっ、僕を呼びたいなら僕だけを呼び出せばいいんじゃないですか?
クラス全員を巻き込むような乱暴な真似をする必要は……
あー、ってかあれはあなたがやったの?」
目の前の女性は首を横に振った。そこには深い悲しみが浮かんでいた。
「私の力ではもはや何も出来ない。あなたに力を与えることさえも。
敵の力を利用して、あなたを呼び止せるので精一杯でした。
ですがこのままでは、世界が……どうか……どうかお助けください」
床に身を投げ出さんばかりの勢いで彼女は頭を下げて来た。
「お願いします……どうか世界を救って……私の血族を……」
「どうしたんだ、何を言っている? 聞こえないぞ?」
彼女の輪郭が、声が段々と遠ざかって行った。同時に地響きめいた凄まじい音が聞こえて来た。空間が割れている、何となくだが俺はそう思った。俺は――
硬い木の感触。爽やかな風の臭い。草木の揺れる音。
感覚が戻って来る。
「……ここどこだ。確か教室にいたはずだよな、俺は」
上体を起こし、辺りを見回した。なだらかな平野に俺はいまいるようだ。欅の樹が群生しており、草木はあまり刈りこまれていない。平野の真ん中には石畳を敷き詰めた道らしきもの。ここはどこだ、少なくとも俺の街にこんな場所はなかった。
どうしたものか、と考えていると甲高い音が聞こえた。火薬の炸裂音に似ている。警戒し一瞬身を固めたが、しかし少なくとも人が発したものであることに間違いはない。もしかしたら誰かに会えるかも……そう思って俺は音のした方向に向けて歩き出した。
少し歩くと、なだらかな丘に出た。
その斜面の先に……それはいた。
「なんじゃ、ありゃ」
脱輪し足を止めた馬車。幌の中では小さな子供が肩を寄せ合い震えている。御者と執事めいた服を着た老人が馬車を守るために武器を持ち戦っていた。
襲い掛かっていたのは、黒い輪郭と墨のような色の体をした獣。狐、梟、そして人。黒い影は御者が振るった刃をあっさりと受け止め、弾き返し、そして御者を打った。御者の体が10mばかり吹き飛ばされ、彼はぴくぴくと倒れて震えた。
「化け物が人を襲ってる、って感じでいいんだよな?
あいつらいったいなんだ?」
次元帝国の兵士ではないだろう。あいつらはホッケーマスクのような物を被り、白いタイツに身を包んでいる。正反対だ。いずれにしろ、あいつは危険だ。
斜面を駆け降り、跳んだ。振り向いたヒトガタの顔面に足裏を叩き込み、そこを足場に跳躍。俺の足を目指して飛んで来た狐を避けつつ、更に着地と同時に転がり追撃を避けながら距離を取る。ヒトガタは不気味な動きで体勢を立て直した。
「次元兵の方がまだ愛嬌あるな、これは」
「オヌシは……!?」
老人が俺の出現に驚き、声を上げる。その隙を突き、熊めいた巨大な怪物が腕を振り下ろした。老人は紙一重のところでそれを避ける。俺は腰のポーチから四角いROMカセットめいたデバイスを取り出した。カセット横についているボタンを押すと、俺の腰のあたりが光り輝き、白とグレーのベルトが出現した。カセット挿入口の付いたベルトが。
「レッツ・プレイ。変身!」
カセットを挿入。ヒップホップ調の音楽が流れ、俺の体が0と1で構成されたグリーンの文字列が光とともに物質世界に湧き上がる。光の中で俺の身に纏っている物体が、大気成分が何かに置き換えられる。原理はよく分からない。魔法だそうだ。
両足に鋼鉄のレガースが、両腕に鋼鉄のガントレットがそれぞれ生まれる。続けて股間、腰、胸、肩を守るピンポイントアーマーとファウルカップ。左半身を覆うように白いマント。最後に俺の頭にヘルメットが被せられ、平たいマスクが顔を覆った。
「なんぞ、それは……魔法使いか、オヌシぁ……」
「ま、そういうのもあるにはあるけど違うよ。俺は……幻想」
軽くマントを持ち上げ、俺は動いた。主要5形態の中で最も機敏に動ける、束縛するものなき見習いのスピードは怪物のそれを凌駕していた。ヒトガタの怪物にコンクリートさえ粉々に粉砕するパンチが叩き込まれる。怪物は吹き飛びながら大気に溶け、消えた。
狐の姿をした怪物が横合いから跳びかかって来る。俺は身を捻り紙一重のところで噛みつきを避け、飛び越えて行こうとする怪物を掴んだ。そして思い切り地面に叩きつける。怪物はインクめいて地面に飛散し、そして消えて行った。
「波に乗って行っちゃいますか」
俺はベルトの表面に付いたスイッチを下げた。ベルトが電光を放ち、またあの軽快な音楽が流れ出す。同時に、俺の足にファンタズムを構成するエネルギーが収束していく。俺は地を蹴り、跳び上がった。跳びながら梟の怪物を打ち上げ、熊に狙いを定める。
必殺の一撃を繰り出そうとしていた爺さんは、ただならぬ雰囲気に一歩引いた。すまないね、爺さん。キルマーク1は俺がいただくことにする。
『フリダーム・ストライク!』
博士の趣味だと言っていた機械音声が、ハウリングを伴って辺りに響く。熊も振り向くが、遅い。右足から噴出するエネルギーによって俺は鋭角に落下。加速の乗った強化キックが熊の上半身を吹き飛ばした。俺が着地するのと同時に、熊は大気に溶けて消えた。梟の怪物も不利を悟り消えて行った。やれやれ、どうにかなったか。
「オヌシはいったい……そのような力、東西戦争でも見たことがないぞ」
俺は変身を解除し、元の姿に戻った。また爺さんは驚いた。
「少なくとも、俺は人間です。怪我はありませんでしたか?」
「私たちは大丈夫です。それよりも、アルフを見てあげてください」
場所の中から凛々しい声が聞こえて来た。幌をどけ、そこからヴェールを被った妙齢の女性、そして赤い髪と青い髪の子供が出て来た。同じような顔立ち、双子か?
「我々をお救いいただき、ありがとうございます……勇者様」
……夢だよね。夢って言ってくれ。何でこんな面倒そうなことに……
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
久留間武彦の冒険は始まったばかり、俺たちの戦いはこれからだ!
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