理想と、現実の王子様
学校だけでなく、私生活も共にすることになった絵里香と紫苑。
彼の皮肉たっぷりな言動・行動に、日々絵里香は振り回されっぱなしで・・・・
『おい、起きろ』
風でなびく美しい長い髪。
姫のようなドレスを身にまとった僕を、連れ去ってくれるような優しい笑み。
整った、きれいな顔立ち。
嗚呼、まさしくこの人が僕の理想の王子様……❤
『起きろっつってんのが聞こえねぇのか』
ふみゅう。なんだよぉ、王子様。
そんなに厳しくしなくてもいいじゃ~ん、今気持ちよく寝てるんだよぉ……
しっかしこの王子様……どこかで見たような気が……
「いい加減にしねぇとぶっ殺すぞ、アホチビ」
むむ? この失礼極まりない言葉を発するのは……
重いまぶたをゆっくりと開け、かぶっていた毛布から少し顔を出す。
そこにはすでに大学の制服を身にまとい、僕を睨みつけるように見下している人物が一人。
「どうだ? 夢の中の王子様が、俺だった衝撃は」
綺麗に整った顔、きらびやかな金色の長髪、僕を馬鹿にするような笑み……
間違いなく、呉羽紫苑だった。
彼のセリフから、なんて夢を見てたんだとだんだん恥ずかしくなって‥‥
「いやああああああああ! なんでいんの!? なんで夢の中のこと知ってるの!?」
「いつまでたっても起きないから、のぞかせてもらった。アホが見る夢はやっぱアホだな」
「プライバシーの侵害! 警察に通報してやるんだからね!」
「この人に夢を見られましたーって通報したところで、アホを証明するだけだ。あきらめな」
むっかあああああああ! 腹たつぅぅぅぅぅ!
「さっさと準備しな。遅刻すんぞ」
彼―呉羽紫苑と同居して、やっと初日が過ぎた今日。
こいつといるとどうも調子が狂うものだから、昨日は早めに部屋の方へ切り上げ宿題をしていた。
でも結局眠くなり、いつの間にかベッドに横立ったまま熟睡してたっぽい。
携帯のゲームをずるずるやっていたせいだろうか。夢ではあんなのを見てしまう始末……
そもそも、なんで夢の中に呉羽が出てくるの!?
まさか僕は、心の奥底のどこかで呉羽が王子様だと思ってるの!?
ないない! ぜぇぇぇぇったいない!
「じゅ、準備出来たよ」
「ん。朝飯」
「どうも……」
気まずい。気まずいったらありゃしない。
そもそも夢の中を見るって人としてどうなのよ!
会った時から思ってたけど、常識という名を知らないな。この人。
言う言葉全部が悪口だもんなあ。
ん? そういえば……
「あんた、僕を起こす時アホチビって言ったでしょ!?」
「今頃かよ。言ったけど、何か問題でも?」
「大あり! 僕はチビでもないし、アホでもないっつうの!」
「百四十八センチのどこがチビじゃないんだ? テストで平気で赤点を取る奴をアホと言って何が悪い。俺は正しいことを言っているだけだ」
むかっ……!
「悪口っつうのはただ言ってるものじゃない。その人のために言ってることでもあるんだ」
「は……? どういう意味?」
「つまり、自分の悪いところを他人に言ってもらうことで自分を向上できんだよ。どいつもこいつもそれを治そうって心がけるだろ?」
た、確かに……そう思えば悪口もそんなに悪くないってこと……?
「じゃあ君は、僕のしつけのために悪口ばかり言ってるってこと?」
「いや」
なぬ?
「俺がそこら辺にいる気色悪いへなへな野郎にでも見えんのか? お前のために何かするなんて気持ち悪くて吐き気がする。さっきも言ったろ、俺は正しいことを言ってるだけだって」
なぬなぬ?
「こんなこともわかんないお前は、アホよりバカがお似合いだな」
カッチーン!
「さっきから黙って聞いてれば、何なのその態度! 僕をバカにしてばっかり! アホもバカも変わんないっつうの!」
「お前まさかアホとバカの区別も知らないのか? やっぱバカだ」
「うっさい! ごちそうさま!」
強引に口に突っ込んだパンを加えながら、怒りに身を任せ僕は家から出たのだった。
「植物がない国がどこか、ですって?」
怪訝そうに顔をしかめながら疑り深い声で、ヒナはつぶやく。
僕は彼女の問いに、うんとうなずき返してみる。
午前の授業が終わり、現在ヒナとともに学食を食べている最中である。
昨日の呉羽の行動がすごく新鮮でなかなか頭から離れてくれないものだから、いてもたってもいられずヒナに「植物がない国」について聞いているところだ。
学食で人気の天ぷらうどんをすすりながら、もぐもぐ口を動かす。
逆にヒナはハンバーグを食べていた手を止め、
「どうしたの、絵里香。ご飯中に勉強のことを聞くなんて。熱でもあるの?」
僕のおでこに手を当てて……っておい!
「なんでそうなるの! まるで僕が普段は勉強してないバカみたいじゃん!」
「いや、みたいじゃなくてそうだから」
「ひっどい、ヒナまで! 僕は真剣に聞いてるのぉ!」
「分かったから、私が悪かったって」
彼女はそういいながら、お茶をゆっくりすする。
まったく、どうしてこう人を馬鹿扱いするのかなあ。
ヒナはまだ許せるよ、謝ってくれるもん。
ただあいつだけはぜぇぇぇったい許さない!
「えっと、植物がない国がどこかって話だったよね。メジャーなのは砂漠地域かな。例えばエジプトとか」
「ああ、サバンナとかいうあれ?」
「それは砂漠じゃなくて気候区分。でも一つもないってわけじゃなくて、サボテンとかも植物に入るからちょっと微妙かも」
へ~! サボテンって植物だったのか! 一つ学習!
「それとイギリスとかアメリカには、日本のような花市場がないって聞いたことある。花みたいな植物の文化がそんなに流通してないんじゃないかしら」
さすがヒナ! 言うことすべてが先生みたい!
「じゃあまったくもって花とかの植物がない国はないってこと?」
「多分……そんなに気になるなら先生とかに聞いてみれば?」
「いやあ、先生に聞くと余計に長くなりそうで……」
「じゃあなんでわざわざそんなことを私に?」
うぐっとつまってしまった。
遠回しで撫子国のことをちょっとでも知ろうとしてたとはいえ、さすがにそのことを聞いてましたとは言えない。
何か適当にごまかさなきゃと理由を探していた、その時だった。
「関澤さん」
優しくヒナを呼びかける声が聞こえる。
現れた人物に、思わずブッと食べ物を吹きだしてしまう。
そこにいたのはまさかの呉羽だった。
僕といる時にはまったく見せてくれなかった、やんわりとしたいかにもいい人そうな笑顔を浮かべヒナに話しかけた。
「食事中ごめんね。奥村さんを借りていきたいんだけど、いいかな?」
「ああ、どうぞ。こんなのでよければ、いくらでも貸すよ」
「ありがとう」
は? え? 何この状況!
「じゃあいこうか、奥村さん」
ちょ、ちょ、ちょっとまってぇぇぇぇぇ!!!!!!!
嫌だ! こいつがこんな優しくするなんて、絶対裏があるに決まってる!
大体借りてくって何!? 僕は物じゃないんだけど!
「ま、待ってよ! 僕まだ食事中なんだけど!」
「皿は空っぽみたいだけど?」
「僕っ、この後ヒナと予定あるし! ね?」
「え? そんなのないけど」
「裏切り者ぉぉぉぉぉぉぉ!」
半泣き状態の僕を見て苦笑いを浮かべるヒナに、いかにも何かたくらんでそうなにこにこ笑顔な呉羽。
嗚呼、なんで僕だけこんな目に合わなきゃならないのぉ……
僕は仕方なく立ち上がり、皿が乗ったお盆を皿置き場へと持っていく。
それを確認した呉羽は「行くぞ」と小声で言い、強引に僕の手を引っ張ったのだった。
(続く・・・)