呉羽紫苑の、隠された才能
学校まで一緒に通うことになった彼とは、そううまくはいかないようで・・・
「遅い。いつまでこの俺を待たせてんだ、このアホが」
眉間にしわを寄せ、いかにも機嫌が悪そうに腕を組んでいる。
そんな彼に少し怒りを抱きながらも、僕は何も言わず見ていただけだった。
大学の講義を受けるだけ受けた後、僕はいつものようにサークルの助っ人に駆り出された。
今日は何のスポーツをしようかウキウキしながら心を弾ませていた僕だったが、それは一通のメールでいとも簡単に打ち砕かれた。
そのメールの送り主は、言うまでもなく目の前にいる彼―呉羽紫苑からで……
「そっちこそなんのつもり!? せっかくサークル行けると思ってたのに、急にあんなメール送ってきて!」
「知ったことか。俺を侮辱した罰だ」
「誰がいつ侮辱したの!? ていうか、なんで僕のメアド知ってるわけ!?」
「お前の情報はすでに把握済みだ。身長や遺伝子の細胞レベルから胸のサイズなどの外見のデータはもちろん、個人情報も入手している」
「む、胸のサイズまで知ってるの!? 変態!」
「お前みたいなガキ体型のサイズ知ったところでどうもならないっつうの」
かぁぁぁぁぁぁぁ! む・か・つ・くぅぅぅぅぅぅぅ!
メールに騙されてやってきた僕がバカみたいだ。
メアドを知っているのには確かに驚いたよ。
でもそれ以上に「話したいことがある。鞄もって校門に来い」とか言われたら、誰だって気になるでしょうが!
大体男子からのメールなんて初めてな僕にとって、この仕打ちはないでしょ!
「んで、何? 僕サークル行かなきゃなんないんだけど」
「サークル? 俺のデータには、何のサークルにも所属してないことになっているんだが」
「まあ確かに所属はしてないけど、大会の助っ人やらなんやらで呼び出されるの!」
「それなら問題ねぇな」
え?
言うが否や彼は僕の手首を強引につかみ、乱暴に歩き出した。
「ちょっ! どこ行くの!?」
「お前んち」
「なんで家!? サークルあるって言ってんじゃん!」
「サークルなんてただの遊びのようなもんだ。今は撫子国のことだけ考えてればいいんだよ」
なんて傲慢な……!
こいつの言うことなんて聞きたくなかった。
そのはずなのに、呉羽が掴む手を振り払えない。
強引に引っ張られているだけなのに、どうしてこんな気持ちになるんだろう。
こんなに性格が悪い奴だって知ってて振り払えないのは、屋上でのあの件があったからだろうか。
呉羽紫苑がどんな奴なのか、まだ僕は何も知らないんだよなあ……
「確認だけど、お前他の奴に話したりしてねぇよな?」
唐突に話を振られ、えっと戸惑う。
彼は相変わらず前だけを見て、こっちに顔を向けさえしない。
それが人の話を聞く態度かと気に食わなかったが、仕方なく口を開いた。
「国のことは話してないよ。あ、でもヒナに怪しまれちゃったからごまかしといた。僕と君は親戚ってことになってるから、その時は話し合わせてよね」
「ヒナ?」
「僕の隣にいた人だよ。クラス委員の子」
「ああ、そんなのいたな」
「いたなって……よくもそんなこと言えるね」
「女子が山のように押しかけてくるもんだから、識別するの大変なんだよ」
なんだよ、それ。ただの自慢じゃん。
他の子達も呉羽のこんな面を見たら、幻滅するんだろうなあ。
でもそこがいいの! 的な女子もいるだろうけどさ。
僕にはまったく理解できない感性だね。
「そういえば、呉羽ってどこに住むの? 家とか用意してある感じ?」
「ここまで来てわからないとは、お前はよっぽどのアホだな」
なっ!!!
「問題。俺とお前がいるここはどこでしょう?」
「ぼ、僕の家の近く?」
「その家の近くまでお前と一緒にいるってことは?」
彼の質問に、うっすらと浮かび上がってくる答え。
まさかと思えば思うほど、次第に怒りがこみあげてくる。
僕の顔で心情を読み取っているのか、呉羽は余裕の笑みを浮かべている。
「そういうわけだから、よろしく頼むわ」
「ちょっ、待ってよ! 勝手に決めないで! なんで僕があんたと一緒に生活しなきゃなんないわけ!?」
「ほう。ならお前はこの俺に野宿してのたれ死ねっていうのか。薄情な奴」
「べ、別にそういうわけじゃ……」
「じゃあ泊めてくれるよな?」
勝ち誇ったような、まんざらでもない微笑み。
まんまとはまってしまった。こいつの罠に。
くっそぅ、今日はこればっかりだ。
何なのこの人! ものすっごく腹が立つ!
「だーもー分かったよ! ただし! 狭いだの汚いだの部屋の文句言ったら、すぐ追い出すからね!」
「お前の部屋が汚いのも狭いのも承知の上だから、問題ねぇよ」
「むかっ!」
「大体大学生にもなって部屋の掃除も……」
呉羽の言葉が突然と消える。
どうしたのと問いかける僕にかかわらず、彼はその場にしゃがみ込んだ。
気分でも悪くなったのかとさすがに心配してしまった。
「このマンション、なんか飼ってたりするのか? なんだこれ」
いつもと変わらぬ口調に、僕も同じようにしゃがんでみる。
彼の目線はマンションの玄関口に置いてある、花壇に向けられていた。
何の変哲もない誰も疑問にさえ感じない、自然の光景。
花壇には今の季節に咲くような花が植えてあり、管理人さんが水をあげた形跡がある。
そんな花壇を呉羽はじいっと凝視するように見つめている。
「なんだこれって、花壇だけど」
「カダン? 歌を歌うステージか?」
「それって歌壇のこといってる? そっちじゃなくて、花の壇って書いて花壇。花を植えるスペースのことだよ」
「ハナ………? この色とりどりに地面から生えている奴が?」
花なんてどこにでも咲いている、当たり前のものだ。
なのに彼はそれを興味津々のように見つめている。
初めて見た、こいつのこんなところ。
こんな顔もするんだな、意外。
でも花を見たことないなんて変わった人。やっぱり異国から来たからかな?
「そろそろ暗くなるし、中入ろ?」
「……ああ」
僕が言うと呉羽は一気に真顔に変わり、すたすたと先にマンションの階段へ上っていった。
「ふうん、ここがお前の暮らしている部屋か……」
マンションの部屋に入るなり、呉羽は部屋を一望しながらつぶやいた。
鞄とかを置きながら、自然と彼に目線がいく。
呉羽は窓から見える外の景色を一点に見つめながら、なぜか指をぱちんと鳴らす。
すると次の瞬間、彼の体が光に包まれた。
その光は呉羽の体を隠すようにギュッと収縮され、まばゆい輝きを放つ。
光が止んだ時には、彼の服が動きやすそうな私服に変わっていた。
「え!? 今の何!? マジック!?」
「俺の魔力みたいなもんだ。ハンガー勝手に借りるけど、いいよな」
「魔力って……本当に使えるんだ、魔法。なんか、すごい」
「お前もさっさと着替えて来いよ。制服のままうろうろされると、アイロンとかクリーニングに困るだろ」
「君はどこぞの主婦!?」
僕がそうつっこんでも、彼はまったく気にしていないようで色々なところを拝見している。
しぶしぶ自分の勉強部屋に入り、制服を脱ぎ始めた。
しっかし……これからどうしよう。
いくら一人暮らしとはいえ、男子との同棲なんてたまったもんじゃない。
女性ならまだしも、男性だもんなあ。
さすがに気が引けるというか、なんというか……
「おいチビ! なんだあの台所は!?」
色々考えていた思考が、ドアを勢いよく開く音によって遮断される。
そこには言わずと知れた呉羽が立っていた。
僕の手には今さっき脱いだ、学校の制服……
つまり……
「いやあああああああああ! エッチ! 変態! 痴漢!」
「うっせぇ! いかにも純情な乙女みたいな声出すんじゃねぇよ! お前のガキ体型に興味ねぇっつうの!」
「人の着替えるとこ見てそれ!? 少しは謝ってよ! ていうか、部屋に入る時くらいノックしてよ!」
「知るか! こっちはそれどころじゃねぇんだよ!」
なぜか彼は、すごく怒っているようで僕をすごくにらみつけている。
呉羽はなおも怒りが収まることはなく、肌着姿のままの僕にも構わず叫びだした。
「一人暮らしだっていうからちょっとはまともな食料があると思えば、冷凍食品やレトルトばっかじゃねぇか! おまけになんだ、あのインスタント食品の山は! 野菜も肉もありゃしねぇ!」
怒る矛先がまさかの冷蔵庫の話でびっくりする。
さっきも思ったけど、やっぱりどこぞの主婦みたいだ。
冷蔵庫の中身だけでこんなに怒るかなあ、普通。理不尽すぎるよ~。
「そ、そんなに怒ること? あってもおかしくないと思うけど」
「……お前まさか、今までインスタントやら冷凍食品やらを食べつくして生活してたのか……?」
「そうだけど?」
「……………」
呉羽はしばらく黙ったか思うと、落ちていたブラウスを僕に投げ飛ばす。
慌ててキャッチする僕に、彼はふっか~いため息をつく。
「黙ってそのまま着替えとけ。飯は俺が何とかする」
「え、ちょ……」
「お前のアンバランスな食生活を、俺が正してやる。感謝しな」
言うが否や、呉羽は乱暴にドアを閉め足音を立てながらどこかへ行ってしまう。
とりあえず私服に着替え終わった僕は、制服をハンガーにかけリビングへと向かう。
そこには、まあ何とも言えないような光景が広がっていた。
リビングにあるテーブルの上には豪華極まりないほどのおかず、おかず、おかず!!!!
僕から言わしてみれば、こんなにあるおかずは誕生日とか特別な日しか見られない。
ハンバーグに唐揚げ、それにエビフライをはじめとした天ぷら……
何事かと事態が把握できず立ち尽くしていると、台所の方からエプロンをさげた呉羽が出てきた。
「ざっとこんなとこだな」
「く、呉羽! まさかこれ、全部君が!?」
「他に誰がいる」
「いやだって、うちにはこんなにおかず買ってなかったし……」
「今買ってきたんだよ、近くにスーパーあったし」
なんという素早さ、というべきか。
僕の着替えるスピードはそんなに遅いってもんじゃないのに。
しかしまあ……
「本当に主婦みたいだ……」
「なんか言ったか?」
「べ、別に……」
「今日は特別だ。住ませてもらう以上、これくらいはしてやんよ」
ぶっきらぼうに言い放った呉羽はエプロンを投げ捨て、静かに食事を始める。
慌てて僕もテレビをつけ、おかずに手を付ける。
初めて食べた呉羽の食事は、すごく暖かくておいしくて不思議な感覚になった。
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暗く染まる空に、ぽつぽつと輝きだす星々の数。
電気が消えた部屋の中、一人たたずんでいる紫苑の姿があった。
水道のシンクには、今日食事用に使った皿が置いてある。
すでに絵里香は宿題やんなきゃとか言って、自分の部屋へ閉じこもったきり出てこない。
おそらく睡魔にでも負けているのだろう。部屋の向こうからは物音一つしない。
彼は一人気を集めるかのように目を閉じ、さらに手をかざす。
静かな静寂に包まれる中、光が一転に集まり消える。
「アイリス」
聞き慣れた声に、彼はゆっくりと振り向く。
今まで誰もいなかったはずのリビングに、ふっと人が現れる。
その男性は、言わずと知れた桔梗であった。
「意外と早かったな、桔梗。つうかその名前で呼ぶな」
「これは失礼。撫子国の生活が、どうもしみついておりまして」
「現状はどうだ?」
「まだ尻尾はつかめていませんが、犯人を何名かに絞り出すところまでは行けました」
桔梗の言葉に、紫苑は「あっそ」とだけ返す。
ぶっきらぼうに言い放つ彼の姿を見ながら、桔梗はふと笑みをこぼした。
「それにしても……意外ですね。紫苑があの方と、うまくやれているとは」
「どこをどう見ればそうなる」
「私にはとても楽しそうに会話をする新婚のようにしか見えませんでしたが?」
「ごちゃごちゃうるせぇ奴」
毒気づく紫苑の悪態に、桔梗は微笑む。
蛇口からぽたりと漏れた水が、シンク台で弾き音を立てる。
「桔梗、聞きたいことがある」
「なんですか、改まって」
「この国にはハナというものが咲いてるらしい。撫子国には、あんなに美しいものはあったのか?」
唐突な質問に、桔梗は少し首をかしげる。
紫苑の目は何かを感じているように、まっすぐ彼をとらえている。
そんな紫苑の表情を見ながら、桔梗はくすりと笑った。
「それは、あなた自身で調べるべきでは?」
「俺を馬鹿にしているような口ぶりだな」
「これは失礼。あなたにしては乙女チックなことを聞くなと思いまして」
「ふん、勝手に言ってろ」
紫苑は怒ったように、台所を後にする。
シンクの中にあった皿は、いつの間にかきれいに磨かれていた。
(続く)