王女育成計画、始動?
現れた謎の青年・呉羽紫苑と吉岡桔梗から言われたのは、撫子国王女になれってことで・・・?
一体、何がどうなっているのだろう。
僕自身、まったくもって理解不能だった。
目の前にいるのはあの憎ったらしい呉羽とかいう青年だけだ。
何とも涼しげな顔で、長い髪の毛をくるくる回している。
「何か言いたそうな顔だな」
「あ、当たり前じゃん! いきなり他の国を救う鍵とか信じられる!?」
「頭悪い癖に一度言ったことは忘れないんだな。さすがに意味までは理解できてないみたいだが」
「うっ、うるさい! 大体、撫子国ってなんなの!? どこにあるの!? そんな惑星聞いたことないけど?」
僕が言うと、彼はめんどくさそうな顔を浮かべどこから持ってきたのか小さな本を手にしていった。
「撫子国は本来、普通の人間には知られてない珍しい国だそうだ。だからもし頭が悪いお前が他の友人に聞いても、答えは出ないってことだ」
「頭が悪いっていうの関係なくない!?」
「仮にいたとしても、お前の脳じゃ理解できないだろうけどな」
「いちいち一言多いっつうの!」
ダメだ、絵里香。こいつのペースに巻き込まれちゃ。
このままじゃこいつの思うつぼじゃん!
なんとかして、情報を探らないと!
「ていうか、その本何? 撫子国の情報が書かれてるの?」
「俺専用の勉強ノートだ。昔読んだ歴史本を要約した」
「へ、へぇ~まじめだね~」
「テストでいっつも赤点とるやつに褒められても全然嬉しくない」
「なっ……! いつもじゃないし! ていうか、なんでそんなことまで知ってるの!?」
「そんなこと、そこらへんのガキでもわかるだろ」
ダメだ、どうしてもイライラする。
こいつのペースに乗っちゃだめだと思いながらも、怒りが収まらない。
長髪男子ですっごいかっこいいのに、何なのこのギャップは!
「もう! 君とじゃ話にならない! 桔梗さん連れ戻してきて!」
「桔梗は忙しいんだよ。撫子国を滅ぼした犯人を絞り出してんだから」
「それでもちょっとくらいいいでしょ?! こっちは急に言われて怒ってるんだからね!?」
「うるせぇやつだな」
僕が怒っているのとは逆に、彼は妙に落ち着いた雰囲気で怪訝そうに顔をしかめた。
「お前は自分の故郷がなくなった時、じっとしていられるのか? 俺にとって知ってる顔は、桔梗しかいない。桔梗に任務があるように、俺は与えられた任務をこなすだけだ。自分だけが理不尽だと思うな」
自分が言ったことが、すごく恥ずかしくなった。
故郷がなくなったってことは、人もみんな死んじゃうってことなんだ。
親も、友達も。
彼には今、桔梗さんしかいない。それはきっと決して平気なことではないはず。
なのにこうして任務と称して僕と一緒にいる。
失礼なこと……言っちゃったなあ。
「じゃあさ、ちゃんと質問に答えてよ」
「さっきから答えてやってんだろ。お前の理解能力が不足してるんだ」
「もう! いちいちそんなこと言わなくていいでしょうが! 君は撫子国出身なんでしょ?」
「今更な質問してんじゃねぇよ。やっぱアホだな」
「ただの確認だよ、か・く・に・ん! 撫子国ってどんな国なの? ここと似てる?」
ふいに、彼の顔が陰った気がした。
僕から目線をはずし、遠くを見るような目で空を眺めている。
風で長い髪がなびくその横顔は、さっきとはうって変わって見えた。
「どうしたの? 国がどんなとこかくらい教えてくれてもいいじゃん!」
「……そういういかにもくだらない質問は桔梗専門だ。答える気にもならねぇ」
「え、ひど!」
「そろそろホームルームの時間だ。遅れるぞ」
「遅れるぞって、呉羽はどうするの?」
「言ってなかったけ? ここに転入する。お前のお守り役だからな」
「はああ!?」
本日何回目かの叫び声を上げる。
ふんと鼻で笑いながら、呉羽は屋上を後にする。
ちょうどいいタイミングというように、チャイムが鳴る。
慌てて後を追っている間も、さっきの彼の顔が頭から離れなかった。
それからのことは、あまり思い出したくもない。
呉羽の言う通り、彼はうちの大学に編入生という形でやってきた。
この時期に編入生なんて不自然極まりないというのに、誰も違和感を抱かない。
それどころか彼の見た目に女子の誰もがうっとりするほどだ。
休み時間になるたびに女子や男子に囲まれていたあいつは、僕といる時と全然雰囲気が違うように見えた。
それがもうむかつくのなんの……
「今日は機嫌悪いわね。何かあった?」
そんな僕の様子に気付いたのか、ヒナが優しく寄り添ってくれた。
僕はいてもたってもいられず、彼女に愚痴をこぼした。
「おかしいと思わない? この時期に編入生なんてさあ」
「まあ確かに不自然だとは思うけど……あの人のことそんなに気になる?」
「べっつに~」
「そりゃそうよね~。あんたの大好きな長髪男子だもんね~」
ヒナのバカ。何にもわかってない。
確かに、長髪男子は好きだし反論はしない。
しかし! それとこれとは話が違うのだよ!
大体、何なのあいつのあの態度の違いは! 僕の時と全然違うじゃん!
これが俗にいう猫かぶりってやつですか!? くぅぅぅぅぅぅ!
「長髪の上になかなかの美形よね、呉羽君って。みんなが夢中になるのが分かる気がする」
「はあ!? まさか、ヒナまであいつがかっこいいと思うわけぇ!?」
「ど、どうしたの絵里香。やけにむきになるわね。もしかして呉羽君と何か関係でもあるの?」
図星を刺されて、えっと詰まってしまう。
いつもの僕ならそれがさーと撫子国のことを話そうと口を滑らせているだろう。
だがそれは、呉羽によって禁じられた。
なんで話したらダメなのかは、僕にはわからない。
ただ、
『さっきはああいったけど、いくら理解能力が低いからって他の人間に聞いたりするなよ。撫子国のことも、お前が女王の血を継ぐものだってこともだ。もし破ったら、そん時は……想像できるよな?』
とものすっごく怖い顔で脅しをかけられた。
撫子国が他の人間に知られてないなら別にいいじゃんとか思ったんだけど、あまりにもそいつの顔が怖かったものだから何も言えなかった。
そもそも、どうして何も教えてくれないんだろう。
全然知らない国を救うなんて、僕がやるき出すわけないじゃん。
大体僕がお父さん達と血がつながっていないことも信じられないし。
「まあ、ちょっとした親戚……みたいな? ああ見えてあの人、すっごく性格悪いんだよ!」
「へえ~……そういう風には見えないけど」
ヒナは僕の言うことなんか聞こえていないように、彼の方に目線を向けたのだった。
(続く・・・)