運命は、時に残酷で
マジックをやると言って透がして見せた、花を消すこと。
彼の手には、薔薇とダイヤの紋様が描かれていた・・・
ごろごろと雷の音が聞こえる。
一つ、また一つと雨のしずくが落ちてゆく。
ただいまと小さい声で言いながら、ゆっくり家の中へ入ってゆく。
「おかえ……おまっ、びしょぬれじゃねぇか! 傘買うなり対策しろ! 洗濯する身になれ!」
玄関に入るなり、紫苑が大声で叫びながらタオルを持ってくる。
僕がいつまでもタオルを取らないでいると、彼は怪訝そうに顔をしかめた。
「……何か、あったのか」
「…………紫苑」
「俺には何があったか知る権利がある」
紫苑の真剣な表情に、何も言えなくなる。
伝えなきゃと思うがうまく言葉に表せられない。
今でも思い出すと、すごく怖い。
でも、伝えないと。もしも紫苑に何かあってしまってからじゃ……
「……桔梗さんからのメール、あったよね?」
「ああ」
「あれ、透君からだった。全部仕組まれてたんだよ」
「何?」
話は、帰ってくる数時間前にさかのぼるー。
忽然と消えてしまった花壇の花、手の甲に浮かんでいるばらとダイヤのマーク……
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
自分が見ているものが本当なのかどうか、判断さえつかなくなる。
「どうしたの、絵里香ちゃん。僕に何かついてる?」
僕の目の前には相変わらずの笑みを浮かべた、翔琉君がいる。
いつもと同じーなのに何かが違う。
体の奥から、恐怖心が黙々とわいてくるー
「と、透君? 今の、マジックなんだよね?」
「うん、そうだね」
「じゃあ早く戻さないと。花壇の花がなくなっちゃったら、みんな困るよ?」
「え? なんで忌まわしき花をわざわざ戻さなきゃならないの? もともと花を消すことが、今回の僕の仕事だったのに」
「透君? さっきから何言ってるの? 早く戻さないと……」
「あ~~~見つけたぁぁぁ! こんなとこで何しとんねん、ジェード! うちの仕事を邪魔してんやないやろな!?」
とそこに、聞きなれた声が聞こえる。
まさかと思えば思うほど、体の震えが止まらない。
太陽を横切った人の影がゆっくりと降りてきて、透君の隣に降りる。
「なんや、顔を見るのは列車以来やな~。奥村絵里香はん」
真っ赤に染まった髪の毛、にっこり笑うその笑顔―。
間違いなく、ガーネットだった。
彼女の体には、あの大きな鎌まで背負われている。
どうして彼女がここに? 透君とどんな関係なの?
聞きたいことはありすぎるのに、言葉が全く出てこない。
「こんなとこで再会するとは思わんかったわ。な~んでジェードと一緒おるん?」
「ああ、僕が呼んだんだ。君の言ったとおり、桔梗さんを装ってメールしてみたら一人で来てくれて。ほんと、単純だよね。絵里香ちゃんって」
「透君? 何、言ってるの? ジェードって?」
「翡翠透はここでの偽名のようなもの。僕の名は薔薇帝国の騎士団団長、ジェード」
薔薇帝国と聞いて浮かんだのは、楓兄さんから教えてもらったあのマーク。
ということは、透君はガーネットの仲間で僕達の敵ってこと?
そんな馬鹿な……
「ふふっ、そんなに驚くことでもないよ。僕の目的は最初からこれだったんだから」
「目的……?」
「そう。この星―地球から忌まわしき存在である花の完全消去。そして、撫子国最後の砦である君の殺害」
今、僕が見ているのは夢なのか?
だってあんなに仲が良かった透君が、最初から僕をだますために話しかけていたなんて。
透君が敵なんて、信じたくないよ……
「ちゅうわけで! この前の戦闘の続き、ここでやってやろうやないの!」
今までおとなしくしていたガーネットさんが、鎌に手をかける。
逃げなきゃ。
思うように頭の整理がつかないまま、僕が全速力で逃げた。
「逃がさへんで~~! どこだろうとこのガーネットにかかれば!」
「やめといた方がいいよ。絵里香ちゃんって、運動神経いいから。君なんかじゃ追いつかないよ」
「なんやと、ジェード! うちがあいつより劣ってるいうんか!」
「それと。パール様から伝達、入ってるよ」
逃げていく僕を、ずっと透君が見ていたような気がしてー
一通り話していくにつれ、紫苑の顔は険しいものへと変わっていた。
思うように彼の顔が見れない僕は、ただうつむく。
しばらくすると、彼はぽつりと僕に言った。
「翡翠透、か……。やはり、俺の読みは当たっていたということか」
「読み?」
「お前があいつと接触した時から、奴のことは怪しんでいたんだ。どうも胡散臭いにおいがしてな」
さすが紫苑、というべきか。
僕なんて全然気が付かなかったのに。
透君と紫苑が直接あったのは、学外研修で言った薔薇園だけだったはず。
あれだけで判断するとは、本当冷静だな……
「それで、お前はどうするんだよ」
「え?」
「翡翠透が敵とわかったところで、お前はあいつと戦えるのか?」
まっすぐな紫苑の瞳が、僕をとらえる。
彼の目に映る、自分の姿が目に入る。
透君が敵。
ということはいずれ、彼とは一戦交えることになる。
透君は紫苑の故郷を滅ぼした、薔薇帝国の人だ。
でも、僕にとって翔琉君が本当の敵には見えない。
あの時の告白も、思いも全部嘘だったってこと?
そんなこと……
「失礼します。絵里香様、紫苑」
そこにシュッと一人の男性が現れる。
無論、桔梗さんだ。
彼は僕と紫苑の顔を交互に見ると、何かを感じ取ったのか心配そうな顔を浮かべた。
「何かあったのですか? 絵里香様のそのご様子は……」
「話はあとだ。何か分かったのか?」
「ええ。残りの花の居場所が、つかめました」
その言葉に、僕と紫苑の顔が一気に引き締まる。
残りの花……つまり、最後の一つ。
それを手にいれることができたら、撫子国は……
「ですが、問題が少々ありまして……」
「問題、ですか?」
「残りの花―最後の一つは、私達の母国……撫子国にあるのです」
思わぬ真実に、僕は言葉を失う。
不安もあるけれど、それ以上に撫子国を取り戻したい気持ちは同じ。
戦わなきゃ。
前に進むためにも。
「分かりました。カトレアを呼んできますので、準備していてくださいね」
そういう桔梗さんの笑みは、いつものように優しく暖かいものだった……
(続く・・・)
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