不穏な影、二人を紡ぐ糸
双子の兄弟のしらせから、敵の詳細がわかった絵里香たち。
そんな中、絵里香にある人から連絡が・・・?
『うわぁ、楓お兄ちゃんすごぉい!』
まだ小さかった頃の僕の声が部屋内に響き渡る。
当時高校生くらいだった楓兄さんが、困ったように笑う。
『別にすごくなんかないよ。僕のとこじゃ、これが当たり前なんだ』
『ええ~? そうなのぉ~?』
『でも楓のサックスはすごいよぉ! なんつうの、きらきら輝きが増してるっつうか!』
『それは見た目の話でしょ?』
同じ高校に通っていた桐乃が、今と変わらない笑顔を振りまく。
その頃から持っていたサックスは、あの頃の僕には無駄に大きく見えた。
『にしても絵里香、聞いたぜぇ。漢字のテスト、赤点だったんだって?』
『うえ!? なんで桐兄しってるの!?』
『お兄ちゃんはなんっでも知ってるんだぞ~♪ かわいい絵里香のためならなっ♪ ていうか~オレもお兄ちゃんって呼んでよ~ねぇねぇ~』
『い、嫌だよぉぉぉぉ!』
『ほら二人とも、ケンカしないの。ね?』
桐乃に抱き付かれ、それを嫌がって、僕達のやり合いを楓兄さんが優しく仲裁してくれる。
それが、僕のかけがえのない家族の想い出なのに。
「絵里香。起きろ」
ゆさゆさと体を揺らされた気がする。
ゆっくり目を開けると、すぐそこには紫苑がいた。
彼はご飯の支度をしていたのか、服の上にエプロンを下げている。
「こんなとこで寝てたのか。風邪ひくぞ」
「ご、ごめん……アルバム見てたら懐かしくて……」
「アルバム?」
「紫苑も見る? 写真とか見たことないでしょ」
昨日、台風の目のごとく去って行った兄二人。
なんだか急に懐かしくなって、アルバムを眺めていたらいつのまにか寝ちゃってたらしい。
机の上で寝たせいか、首やら腕やらが痛いけど。
紫苑は僕の持っていたアルバムをさっととると、へえと興味深そうに眺めだした。
「これが写真……そしてこれがアルバムか……」
「僕のちっちゃい頃の写真なんか、見たくもないだろうけど」
僕が苦笑いを浮かべる間も、彼はアルバムをぱらぱらめくっている。
それを横から一緒に眺めていると、なんだか懐かしくも思えてきた。
あのころが一番楽しかったな。
仕事の都合で離ればなれになっちゃったけど。
昔から仲が良かった双子の兄たちは、僕のことをかわいがってくれた。
それが偽りの家族だと分かっていても。
分かってる、あの二人はそんなの関係ない人だって。
でも、なんか複雑だな……
「お前は、家族の奴に甘やかされて育ったんだな」
ん?
「食事のマナーもわからなければ、花の知識もまるでない。あんな兄が二人もいるんじゃ、そうなるのは当たり前か」
「ちょっとそれどういう意味!?」
「家族ってもんは想い出でつながってるんだよ。切りたくても切れない縁がある俺とは違って、お前とあの兄貴たちは特別な糸でつながってるのかもな」
そういわれて、はっと気づいた。
そうだ。紫苑は確か、親の顔も……
紫苑はどんな思いで、あの部屋で過ごしていたのだろう。
やっぱりお父さんに会いたい、とか?
うーん、やっぱり分かんないなあ。
「さみしく、なかったの?」
「何がだ」
「一人で、ずっと真っ暗な部屋にいたんでしょ? さみしくないのかなあって」
「別に。十八年間もいたら、さすがに慣れてくるもんなんだよ」
慣れてくる、か。
その時に浮かべていた紫苑の表情は、いつになく悲しそうで胸が痛くなった。
僕にでもわかる。これが嘘だってこと。
平気なはずがない。あんなに真っ暗だった部屋で、一人きりなんて。
桔梗さんがいたとしても、その孤独感はきっと……
とかなんとか思っている矢先、携帯の音が鳴った。
誰からかなあとみてみると、宛て先のところに桔梗さんという文字があった。
「あれ? 桔梗さんからだ」
「メールか?」
「うん。えっと、話したいことがあるからお一人で住所にある場所まで来てくださいって」
なんか、珍しいな。桔梗さんからメールなんて。
しかも紫苑じゃなく、直接僕に来ることはあまりないのに。
「胡散臭いな」
そのメールを眺め見た紫苑は、バッサリと結論を下した。
「桔梗がお前本人にメールするのはわかる。だが、住所を示し一人で来いっていうのはおかしいだろ。まるで、俺が行くことが分かってるかのように」
「確かに……でも、桔梗さんだよ?」
「そのメールが敵からのものだってこともあるだろう? お前の顔は、もうすでに知られてる」
そういえば、ガーネットとかいう人だけならあったことが……
敵って、あの人だけなのかなあ。
紫苑は疑いを隠せないように、携帯のメールを睨みつけている。
でももし、本当に桔梗さんからのだったらどうだろう。
もしかしたらあっちで、何かが起こっているのかもしれない……
そう思うとじっとしていられない、焦燥感だけが僕を渦巻く。
「僕、行くよ」
「まさか本当に一人で行くつもりか」
「だってもし本当に桔梗さんからだったらどうするの? とりあえず行ってみるよ。危険かもしれないけど、僕が行きたいんだ。ダメかな?」
わがままなお願いだなあと我ながら情けなく思う。
紫苑ははあっとため息をつくと、重たげに立ち上がり自分の荷物からあるものを取り出した。
「指をかせ」
指?
言われるがまま、とりあえず手を差し出す。
紫苑が僕の薬指につけてくれたのは、きれいな宝石がちりばめられた指輪だった。
「キレイ……」
「古来から王族に受け継がれてきた守りの指輪だ。いざというときは、こいつがお前を守ってくれる」
「でも、これ紫苑のものでしょ?」
「もともとは桔梗からもらった奴だったが、俺には能力があるし必要ない。一人で行くとなったら、そいつに頼るしかないだろ」
この指輪に、そんな力が……
なんだか結婚指輪みたいで、ちょっとうれしいな。
……って違う! 結婚ってなんだよ!
こんな時まで僕は何を考えてるの!?
「いいか。危険だと思ったらすぐに俺に連絡しろ。飛んでいく」
「そ、そこまでしなくても……」
「約束しただろ。お前は俺が守る」
いつになく真剣な顔、頼もしい言葉。
ああ、もう。かないっこないなあ。
いつから、紫苑はこんな顔をするようになったんだろう。
すごくかっこいい、姫を守る騎士みたいに……
「無事で帰ってくることを、祈ってる」
そう言った紫苑は優しく、指輪の宝石に口づけしてくれたー。
(続く・・・)
いよいよ、本格的に敵が動き出します!
次回の更新は三日後になります♪