純情、乙女の恋心
三つ目の花まで手に入れ、すれ違っていた紫苑との距離も元通りに。
犬猿の仲だった二人の関係は、だんだんと特別なものへと変わっていき・・・
なんか、いい匂いがする。
目が覚めたのは、向こうから香るおいしそうな香りがしたからだ。
時刻はすっかり八時をまわっている。
今回の宇宙旅行の次の日が、夏休みで助かった。
昨日のことが、ずっと僕の頭の中でぐるぐる回りだす。
『お前は俺が守る。黙って俺と一緒にいればいいんだよ』
紫苑のキス、すごく優しかったな。
今まで見たことないくらい、すごくかっこよく見えたし……
ていうか僕、結局紫苑好きになっちゃってるし!?
誰だよ、あんな奴なんか好きになるかとか言ってた奴!
信じられない。恋愛なんてする資格ない僕が、よりにもよって紫苑を好きになるなんて。
ああ、おぞましい。
このことは誰にも秘密にしよう。かえってネタになるだけだ。
昨日のがまぐれだってこともあるしね! そうだ、そうに違いない!
よし! とりあえずは何事もなかったかのようにあいさつをして……
「おはよ~紫苑」
「ん? なんだお前か。早かったな」
「なんかいい匂いするなあって思って」
「この前の詫びついでだ。残さず食えよ」
うわあああああああ! 紫苑が眼鏡かけてるぅぅぅ!
初めて見た! かっこいい!
やばい! 顔が熱い!
しっかりしろ、絵里香。おかしいじゃないか。
よくよくみてみろ、眼鏡をかけているだけでいつもの紫苑だぞ。
騙されるな、僕がこんな奴に恋してるわけがない!
「しっかし珍しいこともあるんだなあ。お前が早起きとは。しかも夏休みに」
「ぼ、僕だって早起きくらいできるよっ」
「お前なりにやればできることもあるんだな、見直した」
ふぇぇぇぇぇ……
今褒められた!? 褒められなかった!?
じゃなくて! ふぇってなんだよ! 気持ち悪いよ、僕!
ああ、もう! 恥ずか死ぬ!
「どどどどうしたの、紫苑。なんか今日は、いつもと違くない?」
「俺は思ったことを素直に言ってるだけだが?」
「そ、そうかもしれないけどぉ……」
「お前が早起きするなんて天変地異が起こるほど珍しいからな。槍が降ってきたらどうしてくれるんだよ」
「そこまでなの?!」
「どうせなら、夏休みみたいな休日より学校の日に起きろよ。ほんっと馬鹿だよな」
むっかああああああああああああ。
前言撤回。やっぱり僕、こいつのこと嫌い!
いうことすべてが嫌味、嫌味、嫌味!
なんでこんなのを好きだって思ったんだろう。一瞬でもそう勘違いした僕がおかしい。
でも嫌味言われるの、久しぶりだな。
最近はけんかばっかりだったし、花を採るのにも忙しかったし。
あ、そういえば……
「桔梗さんは? 今日はどこにいるの?」
「カトレアと最後の花さがし」
「最後の花ってどこにあるの?」
「知ってれば苦労はしない。ただ、これまで以上厳しい戦いにはなるだろう。桔梗が言ってた」
これまで以上に、かあ。
砂漠や海もそこそこ危険だったけどねぇ。
断崖絶壁の上にあったのだって、死にかけたほどだよ。
でも結局は、紫苑や桔梗さんに助けられている気がする。
僕一人じゃ絶対できなかったこと。
いつまでも頼ってばかりじゃ気が引けるなあ。
「そういえば郵便受けに、これ入ってたぞ」
「え。僕宛?」
「おまえんちなんだから当たり前だろ。ほれ」
そういって強引に渡された封筒を見て、げっと声が漏れる。
この丸っこい、汚い字は……
僕はそのまま手紙を見なかったことにし、ごみ箱にいようとした。
しかしそれを紫苑が見ていたようで、すかさず横から口をはさむ。
「せっかくの手紙を捨てるとは、人としてどうかしてるぞ」
「こ、これは、そのっ……広告だよ! ほら、よくはがきで来るでしょ!」
「ふうん。お前にはそれがハガキに見えるのか。どっからどう見ても手紙に見えるんだが」
うぐっ……
「俺にはただ、お前が読みたくないだけのように見える」
さすが紫苑。無駄に鋭い。
くぅぅ、これだから嫌なんだよ、この人は。
「そんなに読むのが嫌なら、俺が代わりに読んでやろうか」
「そ、それだけはやめてっ!」
「じゃあ自分で読め」
「わ、分かったよぉ~」
捨てようとした手を止め、重々しく開いた。
やはりそこには予想通りの丸っこい字で書かれた、彼からのものだった。
『拝啓、わが妹よ。
一人暮らしはどうですか? もう慣れちゃったかな?
お兄ちゃんがいないと、寂しくて泣いちゃってるんじゃないかと思うと心配です。
今、お兄ちゃんは絵里香の顔が見たくて仕方がないよ。
愛しの絵里香に会いたくて会いたくて震えが止まらないよっ!
そこで絵里香のもとに帰ることにしました☆
I LOVE ERIKA♡
お兄ちゃんと呼んでくれる日を楽しみに待ってるよ♪
FROM 桐乃』
相変わらずの手紙の内容に、僕は苦笑いを浮かべるしかない。
仕方なく読んでみたらこれだ。
ったく、なんなんだこの手紙の内容は! 気持ち悪いったらありゃしない!
寂しくて泣いたりとか、僕は子供か! もう大学生だぞ!
よし、やっぱり捨てる! 返事なんか書くもんか!
「その反応から推測する限り、送り主はお前の兄といったところか」
うえ!? なんでわかるの!?
僕の反応が予想通りだったのか、彼は顔色変えずにふんと鼻で笑った。
「いったろ、お前の情報はすべて把握しているって。奥村桐乃、二十六歳。通訳士として働き、現在アメリカで活動中。自他ともに認めるかなりのシスコンと書いてあるが?」
「うう……おっしゃるとおりです……」
何も言い返すことができず、僕はしゅんと体を縮める。
忘れた方もいるだろうが僕には五つ離れた兄がいる。それが、桐乃だ。
容姿端麗、成績優秀、そしてまさかの運動音痴という。
僕とは全く正反対な兄である。
この手紙の内容からわかるに、かなりのシスコンなのだ。
「しっかし、汚い字だな。小学生並だ」
「か、勝手に見ないでよ!」
「見えたんだから仕方ないだろ」
ぐぬぬ……!
あれ? そういえば……
「紫苑、この手紙いつ来てたの?」
「さぁ。最近は宇宙ばっかでろくに見てなかったし」
「夏休みになって、どれくらい経つんだっけ……?」
「今は七月末だが。それがどうかしたのか?」
何だろう、このいやぁな予感は。
心なしか寒気もするし。
今日、絶対何かが起こる!!!!
「ただいま~~~愛しのお兄ちゃんが帰還だよ~~~~~! って誰だお前はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「こら桐乃、入る時くらいチャイムを鳴らさないと。あれ? お友達?」
い、嫌な予感が的中したぁぁぁぁぁ!
(続く・・・)
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次回の更新は、四日後になります!