互いに信じ、守ることで
紫苑に隠された秘密‥‥それは想像を絶するものだった。
そんな最中敵の襲撃をくらってしまい、列車から落ちてしまった絵里香は‥‥?
風の音が聞こえる―
僕はゆっくりと目を開けた。
体中が痛い。どうやら、地面にそのまま叩きつけられたみたいだ。
それで生きていられる僕自身が謎でしょうがない。
確かに打たれ強いのもあるんだろうけど、これで生きてるなんて奇跡にも近いよ。
それにしても、ここはどこだろう。
重たい体を引きずりながら、ゆっくりと歩き出す。
歩いても歩いても、だだっ広い荒野が続いているだけだった。
汽車の残骸のかけらもない。
多分、僕だけがここに落ちちゃったんだろうな。
誰もいない。
そのことが異様に僕の心を圧迫する。
一人暮らしで少しは一人に慣れていたのに。
何もかも紫苑が来たせいだ。
彼が来たせいで、僕の生活はすべて一変した。
毎日規則正しい生活や、ご飯を作ってくれる暖かさ。
まるで失われた家族とのひと時を過ごしているみたいで、すごく楽しかった。
たった何か月間のことなのに、今ではすごく懐かしい気がする。
一人って、こんなにつらいことだったっけ。
『王と王女の目も触れず、ただ暗いだけの部屋に閉じ込められたのです』
あの時、桔梗さんが言っていたことはいまだに整理がつかない。
紫苑はずっと、あの暗闇の中を一人で生きてきたのだろうか。
桔梗さんがいたとしても、同年代の友達もいなければ家族もいない。
人とのふれあいだって、一切なかったはず。
今だからこそ、彼の行動や言動に納得がいく。
紫苑はずっと、一人で何かと戦っていたんだ。
そして思ったに違いない。撫子国を生き返らせたいって。
だから僕の前に現れた。
そんな彼に、僕ができることと言えば……
「あれ? あそこに何かある……」
小走りで、その場所に向かう。
そこにはたったひとつ、ぽつんと咲いた花があった。
荒野の中、一輪だけ。
何の花かまでは知らないけど、前図鑑で見たことがある。
それに紫苑が四つの花はすべてナデシコ科の花って言ってたし……
間違いない、あの花は四つのうちの一つだ。
この星が、次の目的地だったんだ。
ゆっくり足を踏み入れ、花を採ろうと進んでいく。
一歩間違えれば、その先は断崖絶壁だった。
危険と隣り合わせな、危険な場所。
怖くて足が震えるのを、抑えきれない。
こんな時、紫苑なら何て言うだろうか。
あいつのことだから僕には無理だとか言って、馬鹿にするんだろうな。
あ、そういえば今けんかしてるんだっけ。
紫苑にとって僕なんて、どうでもいい存在なんだよね。
でも、僕は違うよ。
君の役に立ちたい。ただ、それだけ。
僕、紫苑のこと何もわかってなかった。
あれだけつらい思いをしていたのに、何も気遣えなかった。
だから僕は、僕にしかできないことをする。
紫苑のためにできることって言ったら、これくらいしかないしね。
ゆっくりと鼻に手を伸ばしながら、おちないように体を支える。
あと、もう少し……!
うめきながら、ゆっくりゆっくり手を伸ばしー
「採った!」
思わず声をあげた、その時だった。
地面が、みしみしと音を立てて崩れてゆく。
はっとした時には、もう遅かった。
僕がいたところもろとも、下へとまっさかさまに落ちてー
「絵里香ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
下へまっさかさまに落ちる直前、誰かに腕をつかまれた。
この声―もしかしてー
「………紫、苑?」
「はぁ……今回は……間に合ったみたいだな」
紫苑は強引に僕を引き上げると、崖から少し遠い所へおろしてくれる。
彼の頬や手はすり傷だらけで、息も切らしていた。
「紫苑っ、ひどい傷じゃん! 早く手当しないと!」
「そんなことはどうでもいいだろ!」
「え?」
「なぜあんな真似をした!? なぜ一人で花を採ろうとした!? なぜ危険だと分かっててやったんだ!? バカか!」
あまりの剣幕に、何も言えなくなる。
いつにも増す怒りの様子に、おびえることしかできない。
怒られるとは分かっていても、僕は必死に彼に真意を告げようとした。
「危険なことをしたのは謝る……でも! 僕にはこれしかできないから!」
「花を採ることは確かにお前にしかできねぇ! だが俺が来るのを待つなり、方法はいくらでもあったはずだろ!?」
「自分で採りたかったの! 君の力になりたかったから!」
僕が言うと、紫苑は怒っていた口を止める。
怪訝そうに顔をしかめ、僕を凝視する。
「……何が言いたい」
「僕、聞いたんだ。桔梗さんから、紫苑が昔どんな暮らしをしていたか」
紫苑の表情が、少し崩れる。
彼の目を見ることができず、僕はうつむきながら話した。
「ごめんね。今まで何も知らなくて、傷つけて。迷惑ばっかりかけて」
「……同情すんな、お前に何が分かる」
「分からないよ。でも、僕紫苑の力になりたいの。僕ができることはこの花を集めて、撫子国を蘇らすこと。それ以外に見つかんなくて」
「………」
「僕は紫苑と一緒に、本物の撫子国を見たい」
目から山のように涙があふれ出る。
泣くつもりなんて、全然なかったのに。
僕はただ、寂しかっただけなんだ。
紫苑に拒まれ、話しかけてもくれなかったあの日からずっと。
もっと一緒にいたい。そう思ってるのは、僕だけなのかなあ。
「……ったく。泣いたり怒ったり忙しいやつだな、お前は」
ため息交じりでつぶやいた紫苑が、そっと僕を自分の方へ引き寄せる。
気が付くと、僕は彼の胸の中にいた。
男らしい力強さで、僕の体をぎゅっと抱きしめる。
「…………無事でよかった」
耳元でささやかれた、紫苑の一言。
すごく小さくて、聞くのがやっとだったけど。
抱きしめていた力がわずかにこもる。
はっと我に返り、僕はようやく口を開いた。
「ちょっ、紫苑!? 何してんの!?」
「うるせぇ。黙ってじっとしてろ」
「そそそそんなこと言われても!」
「頼むから、もう少しだけこうさせてくれ」
体の芯から心が熱くなるような感じがした。
うるさいくらい、胸の鼓動が鳴っている。
何!? 何なのこの状況!?
「悪かった」
「し、おん?」
「ったく、勝手にどこそこ行きやがって。俺がいないと、ほんとただの馬鹿だよな。いや違った、いても馬鹿か」
「なっ! ちょっと! 馬鹿馬鹿言わないでよ!」
「俺はもう、お前のそばを離れない。もちろん、文句はねぇよな?」
僕の体を離し、すっと立ち上がった紫苑が笑みを浮かべていた。
いつものように、馬鹿にしきったような笑み。
でもなんだか、いつもとは違う気がした。
紫苑のきれいな笑みに、なんだか見とれて……
ってちょっとまって? お前のそばを離れないってどういうこと!?
それはそれで問題があると思うんだけど!?
「なんだその顔は。文句が言いたくてたまらなそうだな」
「だ、だって……紫苑、この前僕にいったよね。俺には近づくなとか、一切かかわりたくないとか」
「その件についても謝ったつもりなんだが、そう聞こえなかったのか? 馬鹿だなあ、お前は」
「そんだけショックだったんだよ!? 紫苑にとっては僕なんて、撫子国を復活させる道具みたいなもんなんでしょ? それでも少しずつ仲良くなった気がしてたのに、あんなこと言われたらもう何が何だか分かんなくなっちゃって……」
ああ、だめだ。不安が隠せない。
言わなくていいことまで、ぼろぼろ話してしまう。
『好きだよ、絵里香ちゃん』
以前、透君が僕に言ってくれた告白。初めての嬉しい出来事だったのに、受け入れる気はなかった。
あの時はわからなかったけど、今ならはっきりとわかる。
僕は、紫苑のことが好きになっちゃってるんだ。
だから、こんなに……
「お前……本物の馬鹿だな」
かちんっ
「ちょっと! 人がマジで泣いてるのに、なんでそんなっ……!」
その時、だった。
彼の唇が、僕の額に触れたのは。
びっくりして声も出てこない。
分かるのは紫苑の顔が、息のかかるほど近くにあることくらい……
「言ったろ? お前のそばを離れないって」
「紫……苑……」
「お前は俺が守る。黙って俺と一緒にいればいいんだよ」
優しい言葉と、優しい口づけ。
一緒にいてくれると言ってくれた、紫苑。
すべてのことが解決し、疲れと安心のせいか僕はいつの間にか深い眠りについていたー。
£
「紫苑! 絵里香様も! ご無事でしたか!?」
桔梗が、血相を変えて駆けつける。
紫苑は彼の様子を一瞥した後、まあなと短く返答した。
眠ってしまった絵里香を姫様抱っこで抱えたまま、その場を見渡す。
敵の襲撃で壊れたと思われていた汽車は復興しており、運転席からカトレアが会釈しているのが見える。
「お二人とも、すごいけがではありませんか。早く手当てを!」
「俺はいい。こいつから先にしろ」
「ですが紫苑……」
「桔梗。絵里香を頼んだぞ」
そういって紫苑は桔梗に、絵里香を渡す。
すたすたと汽車の中に戻ろうとする紫苑の後ろ姿を見ながら、桔梗はクスッと笑みをこぼした。
「相変わらずですね、あなた様は」
「何がおかしい」
「いえ。絵里香様とけんかしていた時と表情がまるで違うようなので。何かいいことでもありましたか?」
「……っ! そんなわけ!」
「おや、どうやら図星だったようですね」
「桔梗……いい加減にしねぇとぶち殺すぞ……」
紫苑に怒られてもなお、桔梗はくすくす笑みを浮かべている。
彼はそれを気に食わないように見ていた。
舌打ちしながら、自分の部屋へと戻っていく。
すべてまでとは言わないが、部屋の姿は変わりなかった。
一人部屋の中、彼の脳裏に浮かぶのは絵里香の泣き顔だった。
あんなに泣く姿を、初めて見た。
人が自分のために、一緒にいたいだけで。
「……くそがっ……たかがバカ女ごときに……目の前をちらついてんじゃねぇよ……」
そうつぶやいた紫苑は、八つ当たりするようにベッドに身を投げたのだった。
(続く・・・)
ここからといっていいものかわかりませんが、恋愛真っ盛り展開になります(笑)
どうか最後まで、二人を見守ってあげてくださいませ。