呉羽紫苑、闇に隠された真実
紫苑との仲たがい、透の告白・・・
戸惑う絵里香だったが、紫苑とちゃんと向き合いたい思いから、ついに彼のことを知ることになるー
呉羽紫苑、彼に隠された衝撃の真実とは?
「珍しいですね。絵里香様から、私に連絡してくるとは」
そういいながらも、彼は優しく笑顔を僕に向けている。
桔梗さんは入れたてのお茶を、僕の前に置いた。
学外研修の夜。僕はあの後、すぐにメールを打った。
もちろん、桔梗さんあてにだ。
紫苑のことは一番詳しそうな人に聞くしかない。
次の星が分かったついでに汽車に乗ってる間、話を聞こう思ってたけど……
かなり、ひじょ~~~に話しにくい!
どうやって話題を切り出していけばいいんだ!? 話題のふり方ってどうだっけ!?
ああもう、分かんないよぉ!!!
「紫苑と何かありました?」
「はへ?」
「先ほど見るからに機嫌悪そうに部屋へと戻っていったので。紫苑、怒ってるときはすごくわかりやすいですから」
うわ、かなりご立腹……
でもこのままじゃいけないもんね!
紫苑のこと知るくらい、別に減るもんじゃないと思うし!
「あの、実はその、紫苑のことで少し聞きたいことがあって」
「私でよければ、何でもお答えしますよ」
「桔梗さんは海の星の時、撫子国は花で囲まれた国だって言ってましたよね?」
「ええ」
「じゃあ、なんで紫苑は花を知らないんですか?」
紅茶を飲んでいた桔梗さんの手が、ぴたりと止まる。
優しい笑顔を浮かべていた表情が、わずかに曇ったように見えた。
「と、申しますと?」
「紫苑は花のことを知りませんでした。会って間もない頃に、図書館で一緒に勉強したほどです。桔梗さんが嘘をついてるってわけじゃないし、なんか考えてたら頭ごちゃごちゃになっちゃって……紫苑も最近不機嫌だし……」
言う必要もない言葉が、ぼろぼろと出てしまう。
半分、ぐちのようなものだった。
本音を包み隠さず言えたのは、相手が桔梗さんだからだろうか。
僕が一通り話し終わると、桔梗さんはティーカップをテーブルに置き困ったように微笑んだ。
「まさか、そこまで紫苑のことを考えてくれているとは思いませんでした。本当に仲がいいんですね、お二人は」
「そ、そんなことは……」
「絵里香様がそう思われるのもわかります。私もいずれ、話さなければならないと思っていましたから」
桔梗さんはそういうと、僕のほうに近づいてくる。
何を思ったのか、僕のおでこに自分のおでこをコツンとぶつけた。
「すべて、お話ししましょう。撫子国のこと、そして紫苑のことも」
その瞬間、視界がばあっと開けた。
今まで汽車の一室にいたはずなのに、ワープしたような不思議な感覚に包まれる。
気が付くと、そこは見知らぬ世界だった。
小鳥たちが空高く舞い、子供達がワイワイ駆け回っている。
それを見つめる、大人たちの姿も見られた。
「これは……?」
「私が見せている幻覚のようなものです。百聞は一見に如かず、なので。ここは今から十八年前、滅ぼされる前の撫子国なのです」
こ、これが撫子国!?
僕の見たところ、地球にほぼ似ている。
ただ違うのは、海らしきものが見当たらないことだろうか。
周りはすべて緑豊かな自然に囲まれ、きれいな花畑も野原一面に広がっている。
とても、きれいなものだった。
「撫子国は本来、三つの種族で分かれております。一つは平民、地球にいる人間のような普通の人のことです」
ってことは、あの駆けまわっている子供達とか親のことを指すのかな。
なんて幸せそうに笑っているんだろうなあ。
見てるこっちまで笑顔になれそうだよ。
「二つ目は魔族。撫子国唯一きっての魔力の持ち主で、主に国を守る役目があります。私もその一人です」
へぇ、桔梗さんも魔族なんだ。
城の周辺には魔族らしき人達が、魔法の練習などをして鍛錬しているようにも見える。
「そして三つ目が、王族」
ぱっと景色が、城の中に切り替わる。
そこには高そうなケープを羽織ったひげ面の男の人と、きれいなティアラをしている優しそうな女の人がいた。
僕は一目でそれが、王様と王女様なんだろうなと感じた。
この人たちが、僕の本当のお母さんたちなのだろうか。
なんかいまいち実感がわかないというか……
「王族は本来結婚し、新たな命をはぐくみ次の子孫へと王位を継承する。それが今までの形でした。ですがこの年、国を騒がせるかつてないものが生まれてしまいました」
え? 何? 何が起こったの?
僕がきょろきょろしていると、深刻さを伝えるかのように景色までもが大変なことだと示しているように見える。
「王族の血から、魔族の子供が生まれたのです」
「え、どういうことですか?」
「妃様は魔族とのハーフでして、王族であるのにもかかわらず魔力を持って第一王子が誕生してしまったのです」
二人の子供らしき小さな赤ん坊が誕生した様子が、僕の目に飛び込んでくる。
生まれてきた瞬間、魔族の人達が一斉にその赤ん坊を囲む。
まるで、王たちからその子供を近づけなくするように。
何? この状況。
どうして、こんなことが……
「王族から魔族が生まれることは異例。しかもその子供は、かつてないほどの魔力を持って生まれてしまいました。大人達はその魔力におそれ、驚愕しその赤ん坊を幽閉することを決めました」
「ゆ、幽閉!?」
「はい。決して外の景色も見えず、王と王女の目も触れず、ただ暗いだけの部屋に閉じ込められたのです」
魔力を持った、王族……
まさかと思えば思うほど、どきどきと心臓が高鳴る。
信じがたい、けどそれしか考えられない……
「桔梗、さん。もしかして、その赤ん坊が……」
「お察しの通り。撫子国第一王子、アイリス。またの名を、呉羽紫苑です」
あれが、昔の紫苑……?
あんなに幼い小さな子が……
確かに紫苑の魔力はすごい。
桔梗さんも使えるから、てっきりみんな使えるのかと思ってたけど。
まさか王様で、しかも魔力を持ったが故に閉じ込められていたなんて……
「アイリス……紫苑の魔力は尋常じゃありませんでした。幽閉してもなお、城の中への惨事が多発し、多くの被害がでました。そこで魔族でもかなりの魔力を持っていた一族である私が、彼の執事としてつくことになったのです」
それが、桔梗さんと紫苑の関係……
執事と王様。
だから仲がいいように見えたんだ。執事って常に王子と一緒なイメージあるし。
それにしても……
「この部屋、妙に暗すぎません? 生活できたんですか?」
「そうですね……頼れたのは、灯篭の光くらいでしょうか」
「たったそれだけ!?」
「私の教育で能力をコントロールできるようになったはものの、彼が部屋から出ることは許されません。すべては国王と妃を思っての行動だったのです」
かわいそう。
能力を持って生まれてしまっただけで、こんなことをされちゃうの?
こんな真っ暗の中、ずっと一人で?
たとえ桔梗さんがいたとしても、僕だったら耐えられない。
誰もいない、真っ暗闇の中なんて……
「そして紫苑が十八歳になった今年、やっと彼が外に出ることを許されます」
「え!? 外に出れたんですか!?」
「王族は十八歳になると王位を継承する儀式があるのです。危険を伴っての決断でした。しかし残酷にも、その時に何者かの襲撃に襲われてしまったのです」
辺りが真っ赤に染まり、あっという間に赤い炎に包まれる。
平民の人達がわめき苦しみ、魔族たちもまた一人、また一人と消えていく。
撫子国の花や自然を、あっという間に滅ぼしてしまい―
「撫子国は一瞬にして滅び、王や王妃はもちろんすべての住民が死に追いやられました。私が助かったのも奇跡と言えるようなもの。紫苑も自分の能力のおかげで生き延びられました」
「国は? 撫子国はどうなっちゃったんですか?」
「花もない、人もいない、辺り一面の砂漠と化したのです」
一瞬にして背景ががらりと変わる。
そこはこの前行ったばかりの砂漠の星と似ていた。
辺り一面に広がる砂漠、吹き荒れる砂嵐。
その中に一人、立ち尽くしている青年がいた。
あのきれいな金髪、見たことがあるような後ろ姿―
間違いない。紫苑だ。
今と変わりない、長い髪をなびかせて砂漠に一人立ち尽くしている。
人間が死んだ形跡のようにみえるやけた服の一部を、紫苑がゆっくりと手に取る。
彼の浮かべたその表情はいつになく切なそうで、痛々しいものにも見えた。
その顔が、僕の胸に締め付けられる―
「以上が紫苑の秘密になりますが……」
桔梗さんが何か僕に話しかけようとした、その時。
汽車が大きく揺れた。
テーブルに置いてあったお茶が、床に落ちてこぼれてしまう。
「大丈夫ですか、絵里香様!」
「は、はい……それより今何が……」
汽車の中、警報がけたたましく鳴り響く。
「カトレア、聞こえますか。何かあったのですか、応答してください」
『桔梗さんっ、絵里香様っ! お逃げください! 敵からの襲撃が!』
襲撃!?
いてもたってもいられず僕は汽車の窓を見てみる。
うっすらと見えた外には、誰かいるような気がした。
華美なドレス、深紅に燃える髪型―
宇宙空間だというのに、宇宙服も何も着ていない。
ただ、僕達が乗っている汽車を見つめ笑っている。
「身長小さめの女……やぁっと拝めたでぇ。あんたが奥村絵里香やろ?」
はっと気が付くと、すぐそばから声が聞こえた。
さっきまで外にいた少女が、まさかの僕の後ろにいた。
「お初にお目にかかりますぅ、薔薇帝国出身、ガーネットいいますねん。はるばる宇宙までご苦労はん」
薔薇帝国?? なんだっけ、それ。
ガーネットとかいう女の子は何かたくらんでいるかのような、強気な笑みを浮かべる。
その少女の姿はまるで、僕と同じくらいの年のよう。
首や耳にはたくさんの装飾品が付いている。
「絵里香様、下がってください。危険です」
「き、桔梗さん?」
「カトレアから詳しい情報をもらいました。彼女は私たちの敵です」
こんな子が、僕達の敵……?
どこからどう見ても同じくらいの女の子なのに……
「この汽車、アマギっちゅうんやっけ? 部屋も広いし、移動も楽ちんでさぞええ気分なんやない?」
「は、はあ……」
「ってことで、うちのものに……決定や」
桔梗さんと僕の体に、ものすごい風が走る。
恐る恐る見ようとすると、それは一本の鎌だった。
よく芝刈りをするような、あの鋭い刃。
一歩間違えば、あっという間に真っ二つにされてしまう……
「あー、すまんすまん。コントロールミスったわ。これめっさ思いねん」
今の、この子がやったの?
本気なら確実に死んじゃってた、こんな恐ろしいものを……
「次はちゃんと……八つ裂きしたる!!!!」
「絵里香様、伏せて!」
桔梗さんが僕の腕をつかみ、強引に体へ引き寄せられる。
さっきまで僕がいたところに、見事鎌がヒットする。
ガーネットとかいう少女がぎろりと僕を見つめると、次々に鎌を色々なところへ振り回し続けた。
まるで、汽車を壊すかのように。すごく楽しそうに。
「何事だ! 桔梗!」
音に気付いたのか、ようやく部屋から紫苑が出てきた。
長い髪をゴムで一つに結んでいる。
「紫苑! 今すぐに、絵里香様を連れてお逃げください!」
「はあ? なんで俺が!」
「この状況で何を言っているのですか! 絵里香様にもしものことがあったら!」
「知ったことか! 俺には関係ねぇ!」
鈍い痛みが、胸に走る。
やっぱり紫苑にとって僕は、どうでもいい存在なのかな。
ただの、撫子国を取り戻すための道具でしか……
「三人そろって作戦会議でもしとるん?」
その声の恐ろしさに、ビクッと体が反応する。
そこにはガーネットちゃんがいた。
狂気じみたその笑みは、ものすごく怖かった。
「のんきに待っていられるほど、うちは甘くないでっ!!!」
「お前、何を……っ!」
「ローズ・サイスハリケ―――――――――ン!」
その場でぐるぐる回るように、鎌を振り回してゆく。
何度も何度も鎌で打ち付けられていたせいだろう、汽車の一部が壊れた。
足場を失った僕は、何もできずただただ落ちていきー
「絵里香っ!」
紫苑の叫び声が聞こえる―僕に判断できたのは、それだけだった。
(続く・・・)