美しいバラ、不安な心
桔梗の協力を得て、二つ目の花までゲットした絵里香。
しかし紫苑との溝が深まる一方で・・・
雛菊のほかに謎の少年も加わって、舞台は学外研修 inバラ園に突入!
「いない人はいませんねぇ? では、出発しまぁす」
先生の掛け声が、聞こえてくる。
額から湧き出る汗がかなりうっとおしい。
息を整え、最初からいたかのように自然に座る。
よし、ばれてない。ぎりぎりセーフ。
「学外研修にまで遅刻なんて、あきないわねえ。絵里香は」
ぎゃ!
「おはよ」
な、なんだヒナか。びっくりしたぁ。
「まったく、遅刻するのもいい加減にしたら? 目覚ましちゃんとかけてる?」
「そんなことより聞いてよ!」
「そんなことよりって……」
「あのバカがね、また僕を置いて行ったの! 目覚まし止められるし、ご飯は食パンの耳だけだったし! なんなの!」
事の発端は数十分前。
海の星から帰って来たのは、昨日の深夜だった。
なかなか寝付けなくてごろごろしていたはずなのに、いつのまにか寝ていたらしく気が付いたら遅刻寸前の時刻だった。
起きた時には既に紫苑はいなくて、さらにはこれを食べろとばかりに食パンの耳だけが置いてあって……
昨日の態度といい、今日のこれといい何なの!?
「ねぇ、一つ聞いていい?」
「ん?」
「あいつって、誰? 絵里香って一人暮らしよね?」
はっ! しまったぁぁぁぁぁぁぁぁ!
紫苑のこと、ヒナには内緒にしてるんだったぁぁぁぁぁぁぁ!
どうしよ! なんかごまかす方法を探さなきゃ!
「え~っと、う~んと、そう! 猫! 家に猫が住み着いちゃって! 最近困ってるんだよねえ」
「なんか明らかに今作った話っぽいわね」
「ま、まあまあ細かいことは気にしないの!」
僕がそういっても、ヒナは怪しむような眼でこちらを見ている。
そりゃそうだよなあ。
猫が目覚まし止める、のはわかるけどパンの耳だけ残すなんて、自分で作っといておかしい話だ。
さすがに無理があったかなあ。いつまで隠し通せるのやら。
「はぁい、つきましたよぉ。これから自由観覧の時間なので、三時にはここに集合してくださいね」
そして言い忘れていたが、今日は学外研修の日。
なぜか行き先はバラ園という、何ともまあ微妙な場所だ。
ことあるごとに紫苑から花のことを聞かれたり一緒に勉強しているせいか、あまり新鮮味がない。
大体バラしかないところに行ったって、何が楽しいかも分かんないしぃ。
「どうする? ヒナ」
「とりあえず一通り見に行ってみない? ここ、結構いいところあるのよ?」
「え~だってどこ行ってもバラしかないんでしょ~?」
「あなた、バラっていえば全部一緒だって思ってるでしょ? バラにも色々種類があるのよ? ここでしかみれないのもあるし」
ふうん、そういうもんかねぇ。
まあそこまでヒナが言うなら、行ってあげなくもないけど。
「あ、やっぱりいた。また会ったね、奥村絵里香さん」
ん? なんかこの声聞いたことあるようなあ……
振り返ろうとすると同時に、背中をぽんと叩かれる。
香水のような何かが、ほんのり鼻をかすむ。
その人はなんともきれいな笑みを浮かべた、昨日の少年だった。
「あ、君昨日の! 同じ学年だったの?」
「隣のクラスに転入してきたんだ。僕、翡翠透。改めてよろしく」
翔琉と名乗った少年は、くすりと優しげな笑みを浮かべる。
最初見た時から思ったけど、この人きれいな顔してるなぁ。
こりゃ紫苑とおなじくらいモテそう。
「絵里香の知り合い?」
「う、うん。昨日遅刻しそうになったときに、偶然知り合ったんだ」
「遅刻仲間っていうわけね。初めまして、関澤雛菊です」
「関澤さん、だね。ここは君たちのような、かわいい子が多いんだね」
かわいい子が多いのは認めるとして、君達の中に僕が含まれてるのはおかしくないかな……
「透君、一人?」
「うん、まあね」
「じゃあ一緒に回らない? 人数多い方が、楽しいと思うし。絵里香もその方がいいでしょ?」
「え? う、うん。まあそうだね」
「ありがとう。二人がいいなら、そうさせてもらう」
せっかくヒナと二人だと思ったけど、しょうがないか。
翔琉君なら親しみやすいし、紫苑と違ってまだいい方なのかな。
そう思って僕達は三人で歩き出す。
見るところすべてバラばっかりだったけど、ヒナの解説のおかげでちょっとは楽しいかなって思えてきた。
「うわぁ、きれいなピンク色のバラ!」
「あれはワイルドローズ。品種改良によって作り出された種類ではないバラで、日本にも十数種の原種があるみたい」
「へぇ、ヒナ詳しいね」
「詳しいも何もパンフレットに載ってるじゃない。もしかして絵里香、読んでないの?」
「僕がパンフレットなんか見るわけないでしょ~?」
というのも、すべて紫苑が原因だ。
このバラ園に来る前まで、ちゃんと事前調べみたいなものはやっていたし僕だって知ってることはある。
なのに資料という資料を全部紫苑がかっぱらっていき、僕の手元にはパンフレットさえない状況……
もう! なんなの、あいつは!!!
「奥村さん。このバラの花言葉、知ってる?」
「え? えっと……なんだっけ」
「ピンクのバラはしとやか、上品って意味があるんだ。君にぴったりだね」
いやいやそんな、滅相もない……
翔琉君には僕がどう映っているんだろう。
なんか、ことごとく何か言われてる気がするんだけど……
慣れないなあ。こう、似合うねとか言われると。
まるで紫苑と正反対だし……
あいつなら多分、「お前とは縁もない花だろ」とかいって馬鹿にするのかな。
ちょっとくらい……ほめてくれないかな……
って、何考えてるんだ僕はぁぁぁぁぁぁぁぁ!
「奥村さん、ちょっといい?」
はっと我に返り、勢いよく後ろを振り返る。
そこには学校での猫かぶり紫苑がいた。
いつもの猫かぶりなはずなのに、なんだか怒っているような笑顔にも見えて逆に怖く見えた。
「し……紫苑……」
「話したいことがあるんだ。せっかくの友達とのところ、邪魔してごめんね?」
「ああ、いいのよ。絵里香がよければ」
「紫苑……ってことは、もしかして君が呉羽紫苑君?」
今までバラを眺めていたはずの翔琉君が、ひょっこり顔を出す。
すると何を思ったのか、翔琉君は紫苑の方に近づいた。
「はじめまして、僕は翡翠透。君のことは、噂で聞いてたよ」
「どうも」
「僕、一度でいいからゆっくり話してみたいと思ってたんだよね」
「そう。でもごめん、俺は奥村さんと話がしたいから」
そういうと紫苑は、僕の腕を強引につかみ
「行こう、奥村さん」
つれられるがまま、僕は彼のあとをついていくしかなかったのだった……
(続く・・・)