動き出す運命、王女になるために
一つ目の花を無事にゲットできた絵里香と紫苑。
気が付くころにはすっかりゴールデンウィークも終わりをつげ・・・
『そんな顔をしないでください。あなたは一人ぼっちなどではありません』
どこからか、何かの声が聞こえる。
あたりは暗くて、見ようとしても何も見えない。
『あなたには私が付いていますよ、アイリス様』
優しい声色、暖かいぬくもりが僕にまでも伝わってくる。
この人の声……どこかで聞いたような……
はっと目が覚め、視界が一気に開ける。
目を開けるとそこは、いつもの僕の部屋の光景が広がっている。
「……夢……?」
あまりにもリアルすぎて、夢なのかどうかの判断がつかない。
僕の頭の中には、夢の中であった真っ暗なあの場所が思い浮かんでいる。
一体、あの夢は何だったんだろう。
どこを見ても真っ暗、聞こえてくる優しげな声……
あの男性の声……どこかで聞いたような……
「おい、絵里香。朝だぞ、いつまで寝てんだ」
そこにやってきたのは言うまでもなく紫苑だ。
相変わらずエプロンをぶら下げ、どこからどう見ても主婦にしか見えない。
「寝てないよ! ちゃんと起きてたもん!」
「どうだかな。そろそろいかねぇとまずいんじゃねぇの?」
え?
紫苑が言ったことに、僕は首をかしげる。
彼は呆れたように、僕に時計を見せ……って……
「もうこんな時間!? 遅刻すんじゃん!」
「起きなかったお前が悪いんだろ。先行っとくぞ」
「え、ちょ! 置いてかないでよ!」
「俺まで遅刻したら元も子もねぇからな。せいぜいがんばるんだな」
くぅぅぅぅ! いらつくなぁ!
とはいえ遅刻ギリギリの大ピンチなのは事実。
超速球で着替えパンをくわえながら、猛ダッシュで学校へと向かう。
ちくしょう! それもこれも紫苑たちのせいじゃん!
あの花をとって地球に戻ってきたとき、ちょうどゴールデンウィークの最終日だった。
僕にとってはたった一日しかたっていなかったのに、時間というものは恐ろしいものである。
結果、あんなことがあったのにもかかわらず僕は学校……
しかも遅刻ギリギリなんて、最悪すぎだよぉぉぉぉぉ!
こうなったら、やることはひとつ!
絵里香必殺! 超高速ダ~~~~~~ッシュ!
無我夢中に走り続け、ゆっくりと校門が閉まっていくのがここからでもわかる。
僕の華麗な足の速さにより、何とかぎりぎり間に合った。
あっぶね。あと少しで、マジで遅刻だったよ。ふう。
「あ、門しまってる……まあ、いっか」
聞きなれない声が、どこからか聞こえてくる。
ぱっと振り向くと校門が閉まったと同時に、それを飛び越えた青年がいた。
見事に着地を決めたかと思うと、いたことが分かっていたかのように僕を見る。
「……ふう。ぎりぎりセーフってところかな」
「い、いやセーフじゃないと思うんだけど‥‥?」
「同じような人に言われても、説得力ないよ」
大人びたその青年が着ていたのは、まぎれもなくうちの大学のものだ。
こんな人、僕の学年にいたっけ。上級生かな。
「じゃあ僕急いでるから。また後で、奥村絵里香さん」
「え? なんで僕の名前を?」
「さあ? それは自分で考えなよ」
何なんだ、あの人、意味わからない。
ってそんなことをしてる場合じゃない! 遅刻しちゃう!
僕、今月で遅刻するの5回目なんだよぉぉぉぉぉ!
そう思いながら、僕は教室のほうへと走り出した。
「奥村さん、ちょっといいかな?」
授業がすべて終わり、ようやく帰宅時間。
例のごとく、猫を被っている紫苑がやってきた。
相変わらず嘘っぽい笑顔を浮かべている。
「な、なに? 僕、今からサークルに顔だそうと思ってたんだけど」
「少し話したいことがあるんだ」
もう、なんだよぉ。忙しいのにぃ。
仕方なく彼がいる方へと体を動かす。
すると紫苑は何を思ったのか、僕の方へずいっと顔を近づける。
気が付くと、紫苑の顔が僕の口の近くまで来ていた。
「っ!?」
「桔梗から連絡が入った。次の星に向かう」
いつもの口調に、いつもの声。
まさかこれだけのためにこんなことしてるの!?
さ、さすがにここまで近いとなんかこう……
「なんだ?」
「へ!? い、いやっ、別に?」
「屋上に汽車を待たせてある。早くいくぞ」
「う、うん!」
そういって鞄を取りながら、彼のあとをついていく。
先生にばれないように、すたすたと屋上へと足を運ぶ。
っていうか、なんで屋上なんだろう。
行ってるのばれたらどう責任取るんだよぉ……
「お帰りなさいませ、絵里香様」
屋上に行くと、桔梗さんが僕を待ち構えていたかのように会釈する。
彼の後ろには、止めてあるのか汽車がある。
皆に見えないとはいえ、こんなに堂々と置いてあるのはどうかと思うけどなぁ。
「急に呼び出してしまってすみません。次の星が分かりましたので」
「今度はどこなんですか?」
「向かいながらお話しします。その前に、やらなければならないことがありますので」
なんだろう、やらないといけないことって。
桔梗さんのあとをついていくと、ある一つの部屋みたいなところに通される。
そこにはなぜか本がたくさん並んでいる本棚や、真ん中にどんとテーブルが置かれていた。
「えっと、ここは?」
「カトレアに頼んで作っておいた、絵里香様専用部屋になっております」
「僕専用の部屋?」
「絵里香様、あなたは撫子国の最後の砦です。つまりは、それにふさわしい人材になっていただく必要があります」
ああ~なんかそういうことを前にも聞いたような気がするなぁ。
ん? 待てよ。ってことはもしかして……
「次の星に行くまで、ふつつかながら私が指導させていただきます」
う、うっそ~~~~~~~~~~!?
なんで!? なんでそうなるの!?
撫子国の砦なのはわかるよ。だからって勉強するのは嫌だなあ。
どうして僕だけ、いつもこんな目に合わなきゃいけないの!?
「やるからにはそれ相応の知識を身につけろよ。桔梗の教育に耐えられるかどうかが、問題だがな」
「え、桔梗さんってそんな厳しいの!?」
「それくらい自分で考えろ」
そういうと紫苑は、そそくさと行ってしまう。
ああ、もうめんどくさいなあ。
紫苑はいつもいつも僕のこと馬鹿にするんだから!
「それではまず、基本的なテーブルマナーからやりましょうか。絵里香様、こちらにお座り下さい」
桔梗さんに言われるがまま、僕はゆっくりと椅子に掛ける。
彼が指をぱちんと鳴らすと、今まで何もなかった机の上に料理とフォーク、ナイフが三つずつ現れた。
「絵里香様は、どこまでテーブルマナーをご存知ですか?」
「て、テーブルマナーですか? いやあ、知ってはいますけどぉ……」
「なるほど。それではいつも使っているように、ナイフとフォークをお持ちください」
えーっと、お持ちくださいと言われましてもねぇ……
まずなんでこんなにフォークあるの!? 三つもいらないよね!?
と、とりあえず適当に……フォークでいいかな……
「どうやら、何もご存じないようですね」
「え?」
「食器が三つ並んでいるときは外側から順に使うんです。まず右端のスプーンでスープをすくって……」
説明しながら、桔梗さんが僕の手と自分の手を重ねる。
あまりのことに、ドキッとしてしまった。
桔梗さんの横顔はすごく大人な感じがして、きれいだった。
大人の男性ってこんな感じなのかな。
すごく、シュッとした凛々しい顔……
「桔梗、絵里香」
はっと我に返り後ろを振り向くと、そこには紫苑がいた。
いつもよりなんだか険しい顔で、こちらを見据えている。
「どうしました? 紫苑」
「星についた。外を見てみろ」
紫苑に言われ、なんとなあく外を見てみる。
そこに広がっていたのは、真っ青な海だった。
汽車が飛んでいるところを除いて、全面的に海が広がっている。
「も、もしかしてこの海の中にあるの?」
「そういうことだ。さっさと汽車から飛び降りろ」
「いやいやいや、そんなことしたら死んじゃうって! 確かに泳げるけど、さすがに飛び降りたらー」
「では、私と一緒に行きますか?」
思わず、えっと声をあげる。
紫苑の顔が、また険しくなったように見えた。
相変わらずの微笑みを、桔梗さんは浮かべる。
「私には水の中でもお守りできる特殊能力がありますので。そのようなご心配はないかと」
「俺にもその能力はある。お前は黙ってここにいればいいだろ」
「紫苑に何回も任せるわけにはいきません、それに、砂漠の時のような緊急事態があったら大変です」
そういうとなぜか紫苑は僕を睨みつけて、舌打ちしながら去っていく。
ええっと、つまりこれは……桔梗さんと二人きりで行くってこと!?
「行きましょうか、絵里香様」
僕は言われるがまま彼の後を追った。
(続く・・・)