砂漠の星、一つ目の花
宇宙汽車・アマギに乗せられ、カトレア・桔梗・紫苑とともにやってきたのは、
まさかの砂漠で・・・・?
「な……なんじゃ……こりゃ」
目の前に広がる光景が信じられなくて、思わずそうつぶやかずにはいられない。
地球を離れ、はるか宇宙までやってきた矢先が……これだ。
見渡す限り、砂漠が広がるこの世界。
見るからにわかるどこまで行っても砂だらけ、暑い熱気のせいで拭いても拭いても襲ってくる汗、先が見えない土地―
……はっきり言って、ありえない。
わざわざ宇宙まで来たのに、これじゃエジプトかどこかに来てるようなもんじゃん。
ていうか、こんな星にそもそも花なんてあるの!?
「……思ったより気候が乱れていますね……」
「カトレア、ここが本当にその場所なんですか? 私が聞いていたのとはかなり違いますが」
桔梗さんが言うと、カトレアさんが言いにくそうに言った。
「撫子国からあの花々が散らばった影響か、おちた星にも影響が出てしまっているようですわ。ここにはもう、人さえもいません。この環境の中、花を探すことができるのでしょうか……」
確かに、見た感じ人が住める環境ではない。
さっきから砂が目に入ったりするのが怖くてまともに見えないし、口の中がじゃりじゃりいってる。
こんなの、どうやって行くんだよぉ。
やっぱり僕には無理だ、あきらめて帰った方がいいんじゃ……
「絵里香」
とかなんとか思っていると、隣から紫苑が呼ぶ声がした。
目をこしらえて彼の姿を見ようとすると、僕の目の前に手が差し伸べられていることが分かった。
「行くぞ」
今、こいつ、なんて言った? 行くぞって言った? この中を?
いやいやいや、普通に考えてそれは無理でしょ!
だってこのあっつ~い砂漠に、見えない中でどうやっていけっていうんですか!
「桔梗、ゴーグルもってねぇか」
「大丈夫なのですか、紫苑」
「平気だ、慣れてる。こいつ用に一個用意してくれないか」
「……わかりました。では絵里香様、これを」
桔梗さんに言われるがまま、僕は彼の方を向く。
気が付くと、僕の顔にはゴーグルが設置されていた。
「見えますか?」
「あ、はい、なんとか」
「エスコートは任せましたよ、紫苑」
「無論だ」
紫苑はそう言うと、僕の手を強引につかみ足早に歩いていく。
僕はつられるがまま、砂漠の中を歩いた。
ゴーグルをしてるとはいえ、砂ぼこりのせいでろくに前は見えない。
それでも紫苑は、平然と歩いている。
……なんで、平気なんだろう。
普通は僕みたいに、ゴーグルをつけないと前さえ見ないのに。
「ねぇ! 紫苑!」
「なに」
「なんで平気なの!? 砂、目に入ったりしない!?」
大きな声になってしまうのは、この砂嵐のせいで声がかき消されてしまうからだ。
僕の問いに答えたくないようにも見えた紫苑は、めんどくさそうに僕に言った。
「さっきも言ったろ、慣れてるから平気だって」
「慣れてるってどういうこと!? 砂漠に来たことあるってこと!?」
「まあ、簡単に言うとそうだな」
紫苑はそれ以上、僕には何も言ってくれなかった。
どうして、いつも何も言ってくれないんだろう。
いつもそうだ。紫苑は僕のことは全部知ってるとか言うくせに、自分のことはまるで話そうとしない。
別に紫苑のことなんかどうでもいいはずなのに。
たまに浮かべる彼の顔をみると、どうしようもなく胸が押し付けられてー
「あったぞ、花」
はっと我に返ると、目の前には信じられない光景が広がっていた。
紫苑が言ったとおり、砂漠の中一輪だけ咲いている花があった。
そこまではいい。
なんとその花を囲むようにして、竜巻が起こっているではありませんか!
もう! 何がどうなっているんだよぉぉぉぉぉぉ!
「あの花はハマナデシコ。節間の短い剛直な茎に厚い照葉を着け、真夏に紅紫色の花を集散状につける独特の姿をしたやつだな」
「へぇ……って花の種類は今関係ないでしょ! あの中どうやって行くの!?」
「俺の魔力をもってすれば簡単だ」
そういやそんな持ってたな、この人。
魔力とか言ってるけど、撫子国の人達は全員使えるのかな。
恐るべし、異星人……
そんなことを考えていた僕に対し、紫苑は無言で何かを唱え始めた。
外国語か何かよくわからない言語を言い終わると、僕と彼を包むようにしてバリアがはられた。
その途端、暑かったものがぱあっと冷めいつもとかわらなくなった。
「すごい……」
「早くしろ。あの花はお前しかとれねぇんだから」
「わ、分かってるよ!」
紫苑の手をつかんだまま、空いた片手で花を取ろうと手を伸ばす。
バリアにも限界があるみたいで、限られたところまでしか行けないようになっている。
あと、もう少しーもう少しで届くー
一生懸命手を伸ばし、やっと花の茎のほうに届いた。
「とった!」
「そのままひっぱれ」
「りょ~かい!」
すべての力をこめ、思い切って花をひっこぬくように引っ張ってみる。
案外簡単にとれ、思わず尻もちをついてしまった。
「やった! とれたよ、紫苑!」
僕が紫苑にそう言った、その瞬間の出来事だった。
花を囲んでいた竜巻の勢いが、一気に力を増す。
その瞬間、弱まった魔力とともに僕はふわりと宙に浮いていた。
何も考えることができないまま、ただ風に身を任せて。
「絵里香!」
どんどん遠ざかっていく砂漠の地と、紫苑の声―
ああ、もうだめだ。僕、死んじゃうのかな。
そんなのないよ、だって、こんなわけのわからない異星にまで連れてこられて死ぬなんて。
まだやりたいこと、たっくさんあったのに……
「そう簡単に死なれてたまるかっ!!」
紫苑の怒ったような声が、僕の耳に届く。
気が付くと、彼は僕の腕をつかんでいるのが分かった。
そのまま、彼の体のほうへと引き寄せられる。
……ん? 引き寄せられる? ……ってまさか……
「ぎゃあああああああ! ちょっ、紫苑! 何やってんの!?」
「うるせぇ! わけ分かんねぇ場所に飛ばされてぇのか!?」
「そうじゃないけど! なんで……っ!」
「ここでお前が死んだら、元も子もねぇだろーが。黙って俺につかまってろ」
そういって紫苑は、強く僕を抱き寄せるようにして体のほうへ寄せる。
彼の横顔が、いつにもましてかっこよく見えた気がした。
なんだか、こっちが緊張して……
って、何を考えてるんだ僕はぁぁぁぁぁぁ!
そうこうしている間に、紫苑のおかげで竜巻からは逃れた。
紫苑は空も飛べたらしい。空中をふよふよ浮いている。
「た、助かった……」
「まったく、人騒がせな奴だな」
「しょ、しょうがないじゃん! とったらひどくなるとか聞いてないし!」
「ごちゃごちゃうるせぇな。俺のおかげでけがひとつなしで帰れたんだ、感謝してほしいくらいだな」
確かにこうやって死なずにいられるのは、紫苑が助けてくれたおかげだ。
感謝したいのはやまやまだけど、こう上から目線で言われるとむかついてしょうがない。
まったく、なんで僕がこんな目に……
僕はひそかにため息をついたのだったー
「絵里香様! ご無事でしたか!?」
汽車の中に入ると、すぐに桔梗さんが駆け寄ってくる。
僕の体を見たりしながら、彼はほっと肩をなでおろした。
「よかった、けがはないようですね」
「なんか、その……心配かけちゃって、ごめんなさい」
「絵里香様が無事でいてくれるだけで、私は十分ですよ」
なんだかくすぐったいな、こんな風に心配されるの。
お母さんたちがいなくなってから、もう心配してくれるような人はいなかったのに。
「お帰りなさいですわ、絵里香様。あら、それが例の花ですの?」
「あ、はい。紫苑によると、ハマナナデシコっていうそうです」
「とてもきれいなお花ですわね。そういえば紫苑様の姿が見えませんが……」
説明しようとして、やめた。
彼は僕を下ろしてすぐにどこかに行ってしまった。
絵里香菌がうつるから体流したい、とか言いながら。
なぁにが絵里香菌だよ。僕は人間だっつうの!
まったく。本当にむかつく奴なんだから!
「この花は私の方で保管しておきますわ。次の花をサーチするのに時間がかかりますので、一回地球のほうに戻りますね」
「あ、はい。お願いします」
長い一日だったなと、我ながら思う。
宇宙じゃ地球と過ごす時間帯が違うって、確か桔梗さんが言ってたっけ。
今頃ゴールデンウィークを楽しんでるんだろうなぁ、みんな。
早く帰ってねよ~っと。
そんなことを考えながら、歩いていた時だった。
何かの音が、聞こえた。
すごくきれいで、透き通るような音が。
「……笛の音色?」
「おや、珍しいですね。最近は耳にすることもなかったのに」
「この音、知ってるんですか?」
「撫子国に古くから伝わる楽器の音です。地球でいう、オカリナに似てますかね。相変わらず、紫苑が奏でる音は一味違いますね」
へぇ、これ紫苑がひいてるんだ。
何とも美しい音色と、響き渡る切ない旋律―
まだまだ知らないことが多いなあ。紫苑のことも、桔梗さんのことも。
そう思いながら、僕は眠るように目を閉じたのだった―。
(続く・・・)