まだ夢見心地
書斎の中は、古書独特のカビ臭さがした。天井一帯の、アゲハ蝶の羽のように鮮やかなステンドガラスから差し込む光で、宙を舞う砂のような埃がキラキラとしていた。幻想的だった。ステンドガラスの模様の写った、埃かぶっている古いフローリングに踏み入れてみる。ミシリと音がした。それが、床に使われている木の年代を感じさせた。足が止まらなくなった俺は、歩き広い部屋の中心に立つ。扉を開きながら、動かない萌海に俺は言う。
「萌海、お前も来てみろよ!綺麗だぞ」
萌海は呆れたようにしながらゆっくりとこちらに来た。
高い天井に、なぜか手が届きそうな気がした。
「・・・ここはアストラルの一部分をピースで具現化させて、私流に改造した場所。」
「具現化?できるのか、そんなこと」
ここは萌流に改造してあるらしいが、アストラルの一部の具現化。と、いうことはアストラルのようなものと思っていいのだろう。『ここが、アストラル』と思いつつ、書斎を見渡す。部屋は一辺が大体110mぐらいの正四角形で、壁全体が本棚になっていた。本はかなりいろんな色あったが、古いからか黒ずんでいた。そして部屋の中心から半径50mほどの部分は円上になっていて、一段ほど低くなっている。その段の上の周りには、本を読むたのかのソファーや椅子があった。萌海がその数ある椅子のうち最も高級感のある赤いソファーに座っていった。
「・・・・・協力者になると得られる能力は、ピースの住民としての有利な人体能力・アストラルモード・アストラルプロシージャがあるの。」
「プロ、シージャ?プロ用のジャージのかっこいい言い方版みたいな?」
「・・・頭弱い?アストラルの用語は基本英語だよ。アストラルプロシージャは協力者の間ではアストラルの術式って意味。」
術式って・・・数学的な?
「紫恩にもわかるようにいうと・・・アストラルの魔法、と考えていい。」
「魔法?」
「そう、アストラルの力を引き出して行う術のことを指すの。・・・例えば、」
萌海が急に立ち上がった。そして言った。
「右目・・・いや、どっちの目でもいいけど、手で覆って。」
「?なんだ?」
疑問を口にしつつ、右目を右手で覆う。それを見た萌海は左目を左手の細い指先でしなやかに覆った。
「神の隻眼」
聞きなれたソプラノの中でも高いであろう透明感のある声が少し反響する。
「うおっ!?」
いきなり右目の視界が完全に真っ黒になり、左目の視界が全体に均等に緑がかっている。『これはなんだ』と聞こうとして、萌海に視線を向けると
「わあ・・・・っ!」
萌海に視線を向けた瞬間、萌海だけが緑がからないようになり、背後に人魚の絵が広がる。そして、手前に『氷野 Hyono 萌海 Mea/Mermaid 1997.5.13 ♉-Taurus-』という文字が表示される。Hyono Mea→ひょの めあ→ひょうの めあ→氷野 萌海という思考を頭の隅で展開させながら解析する。俺は頭が弱い方だが、なんとなくこのアストラルプロシージャというものの効果がわかった。タウロス、というのは牡牛のことだ。♉という記号から見て、星座のことだろう。1997.5.13は萌海の生年月日、マーメイドは人魚で力をくれた伝説上の生物。向こう側にも俺の個人情報が見えているんだろうけど・・・まあ、家族だし。
「今のは相手の個人情報を見る技ってか?」
「・・そんな技、いつ使うの。しかも自分のもバレるっていうのに、存在するわけないでしょ。」
ため息混じりに言われた。
「今の技は神の隻眼という、視界に意図的に捉えた人の情報を見る技。相手の強さで見える情報量は変わり、まぁ既に知っている情報は絶対表示。・・・・ここでの強い、はプロシージャの性能のことね。」
「ジャッジメント オフ ゴット・・・つか、情報と個人情報ってどう違うんだよ」
俺は無意識に復唱する。
「・・・今の説明だけだと、隻眼のことになってしまうけど、そのあとに『オフ ゴット』をつけると術者の許可した相手一人も隻眼状態になる。つまり、二人用の隻眼・・・・・。」
へぇー、そうなんだ。全くわからないな。俺、やっぱり協力者にならないほうが良かったかも。
「・・・・・・・今の説明じゃわからなかったら、あの部屋へ行くことを推奨する。」
萌海が手をおろしたので、俺もおろす。萌海はそのまま部屋を出ていってしまった。俺は萌海がいなくなったあと、適当に本を手にとってパラパラと見てみたり、ふっかふかの柔らかいソファーに座ってみたりして暇を潰してから部屋を出た。
「全二段階、だっけな?」
ふと、萌海が扉を開いた時に言った言葉を思い出した。
「おんなじようにやんのかな?いや、でも・・・ノックの回数とか?」
萌海がやっていたように、そっと右手をドアノブにかけ、左手で戸を一回叩いた。そして開いてみる。しかし、そこには先ほどの書斎しかなかった。
「あーあれだ、アニメとかでよくあるノックの回数で~ってやつだ」
呟きつつ、ドアノブに手をかけ直して戸を二回叩いた。そして、静かに開く。無音なのに、重い。俺ん家の扉はこんな重くない。普段なら、どこかで感じたことのある感覚で終わるだろうが、今回は恐ろしいほどに速い思考回路で答えにたどり着いた。
「南和夢図書!」
「・・・南和夢町立図書館、ね。」
いきなり声がして驚く。
「うぉう!?」
萌海が不満げに頬を膨らまして眉間に皺を寄せる。
「じゃあ、私は一階にいるから。」
萌海は俺にそう言うと、階段を下り始めた。俺は再び頭を回す。萌海が言っていた『あの部屋』とは、アストラルについて何かがある場所だと思う。でも、俺が知ってるのはさっき萌海がその言葉を言い放った部屋と図書館の謎の美術室(仮)だけだ。と、なるとあの美術室。俺はドアの取っ手に両手をかけて押す。
「おっめぇ・・・。これどうにかなんないのかよ・・・・」
「すまんねぇ、頑丈にするにはそれほどの重さになってしまうんじゃよ」
「おぉう!?」
俺は本日何回目かわからない驚きの声を漏らす。顔を上げるとそこには黒髪に白髪混じりな、いやもう薄めの灰色に見える髪と髭の、赤い毛布に体を包んだ背の低いおじいさんがいた。もう少し毛が白かったらサンタクロース・・・。
「あ、すいませ~ん」
部屋に一歩も踏み入れずバタン、と扉を閉めて一階に降りる。萌海に聞こう!と思ったけど、リビングにいるようだったのでやめた。いやだって親がこの話聞いたら絶対『しっおきゅんっ!どうしたのーーー?ハッ!たけちゃん、しおきゅんがーーっ!』とか、『紫恩・・・頭打ったか?』とか言われる。というか萌海が味方してくれなそうな気がする。『・・・ママ、健さん。紫恩を精神科に・・・・。』とか言いそう、いや言うだろうな。俺は玄関に行き、自分の学校でいつも着用しているスポーツシューズを持って上がる。
「失礼しま~す・・・」
俺は、職員室か保健室かに入るときのような感じで美術室に入った。
「ほう!さっきの少年か、どうぞどうぞ遠慮せんで」
おじいさんが俺が前に座っていたのと同じテレビ側の一番右のパイプ椅子を引いて、自分はマッサージチェアの方へ向かった。
「えいしょ」
おじいさんがマッサージチェアに両手をかけた。運ぶつもりか!?
「あ、俺やります!」
お年寄りに偶然はち合わせて自分は客様扱いを受ける、というのは流石にダメだろ、と思って手伝いに行く。
「いやいや、いいんじゃよ。これぐらい・・・」
「おっしょ!」
俺はおじいさんのいたところに立ってマッサージチェアに両手をかけ持ち上げる。重ぇ!
「うぐ、ははっこれぐらい・・男子中学生の手にかかれば・・・・あははっ・・」
手にも額にも汗を浮かべながら必死で運ぶが、遠く感じる。
「・・・・付喪神、手伝いなさい」
おじいさんがそう行った瞬間に、マッサージチェアが勝手に動き出す。俺の腕から離れ、床からほんの少し浮いた状態で机の元へ向かう。ゴトンッという音と共にマッサージチェアはこの前勇乃が座っていたのと逆の方のお誕生日席に。
「え?あ、その~・・・え。」
俺は自分でもよくわからないことを言い出す。
「九十九?え、それってあの映画会社の新作のですか、え?は??」
「付喪じゃよ。『付喪神』、じゃ。物は大切に長年扱っとると付喪神、という神様が宿るのじゃ。・・・まぁこれも、アストラルの者じゃがな」
おじいさんはそう言ってマッサージチェアに座る。アストラルの者、ねぇ。
「へぇ・・・はあ!?」
マッサージチェアの角度を調整しながら、おじいさんは驚いて目一杯に開いた目をこちらに向ける。
「ってことは伝説上の生物で、びっ、協力者あぁ!?」
おじいさんはちょうどいい角度になったのか、ゆったりと席に寄りかかり、一息ついた。
「そうじゃ。しかし聖なる森な故、気にせんで良い。まあ、とりあえずは席に座るとするかのう?」
そしておじいさんは一つの椅子に視線を向けた。座れ、ということか。
「あ、はい。お言葉に甘えて・・・・」
パイプ椅子に座るとギギィという音が鳴る。長年、ねぇ。確かにパイプ椅子は背もたれなどところどころから中のスポンジが出てるし、パイプ部分は錆とも思える黒ずみがある。
「まぁお主から協力者の名が出た、の前にこの部屋を知っている時点で同志なんじゃろうな」
そうだ、なんでこの人俺にさっき『聖なる森故、気にせんで良い。』って言ったんだ。・・・もしや読心術が?いやいやいや、その前になんで俺が聖なる森って・・・。
「ジャッジメントとかいう技使いました?」
「いやぁ、使うまでもないじゃろ」
あ、は~い。俺が弱いってことですよね~、は~いわかりました~。・・・結構傷つくな。
「和夢町は聖なる森派のピース本部じゃからな」
「ピース本部?」
え、なにそれ。おいしいの?
「・・・?ピースでの拠点じゃが?あぁ、そういえば名を聞いとらんかったな」
「氷野 紫恩です」
俺がそう言った瞬間沈黙が流れる。
「「・・・・・・・・・・・・・。」」
沈黙を破ったのはおじいさんの声だった。
「なるほど!萌海さんとこのか!ほう、・・紫恩さんお主は心得も分からぬ初心な少年じゃな。きっとまだ協力者になったばっかりのくちじゃろう」
なんでみんな俺の名前聞くと『萌海の~』ってなるんだよ・・・。俺は俺、萌海は萌海。
「こ、心得、ですか」
とりあえずわからないことは聞いてみないと。そのためにこの部屋に来たんだ。
「そうじゃ。まぁとりあえずはアストラルを知りし者に名を聞かれたら己の名と教えてもろぅたその名を述べるのじゃよ」
教えてもらったその名、それってあれ?伝説上の生物さんの名前?
「え、あ・・・ん~。クエレブエ、ですかね?」
あっているかわからないから疑問形。伝わるか不安だ。萌海たちのはマーメイドとかペガサスとかの有名な名前だ。
「わかった、クエレブエじゃの!」
おじいさんは前俺が取ろうとして萌海に注意されたのと同じ本を取り出し、ペラペラとめくっている。確か・・・あれは辞書だった。古びた白い背表紙には薄めの金色でアストラルの生物名、と書かれていたかな。おじいさんは開いてるページの位置的に多分カ行を引いているんだろう。
「あったぞい!」
おじいさんは本を机に置く。俺はそれを見る。そしてそれを読み上げる。
「Cuelebre。読み、クエレブエ。・・・ドラゴン、竜」
以下の文章を要約すると『クエレブエは主に森や地下洞窟や源泉に住んでいたが、成長し地上で生活することが困難になると閉ざされた遥か海の彼方(分別以降聖なる森領域となっている地)に移り住んだ。若い頃はピースで家畜や人間を襲い血を吸うこともありアストラルで問題になっていた。倒そうというのならな唯一の弱点ともいえる喉を突き破るしかない、というほどの強さを持ち合わせているのでほとんどの者が本気で止めようとはしなかった。しかし、ピースである若い女性に会ってから強暴さはなくなり、かなりのことをして怒らせなければ問題は起こさなくなった。ある女性とは、金髪の少女シャナ。ピース世界では病で死んでしまったが、クエレブエがアストラルで蘇生し現在は金髪の水の妖精シャナとなっている。あくまでもクエレブエが造り出した生命となっているので、伝説上の生物とはなっていない。常にクエレブエの周りを飛んでいる。クエレブエの体は、弾丸すらはじき飛ばすほど堅い鱗に覆われていて竜らしく飛行可能の羽がある。吐息には毒性を持ち、叫び声は遥か遠くまでこだまする。』・・・らしい。要約したのに長い!
「・・・ところで協力者の力のことについては知っておるかの?」
ちょうど読み終わったところで、おじいさんが言う。
「え?ああ、プロシージャとアストラルモードのことですか?」
「まあ、そうじゃの。そこそこには知ってるかのぅ?」
いやいやいや、知るために来たんですけどねー。
「なんとなくなので教えてください」
萌海は基本っぽいことだけは教えてくれた。でもどうせ協力者になったんだから色色知りたい。
「萌海さんは基本以外言わなそうじゃからのう」
「萌海と親しいんですか?」
おじいさんは困ったようにしてから右手の親指と人差し指で少しの空間を作り、『少しのう』と言って説明に入った。
「まず、アストラルモードじゃが・・・伝説の生物それぞれ力の形が違うんじゃ。それは、生物自身の願いや力が違うからじゃ。例えば、萌海さんはマーメイドじゃろう?マーメイドは若く美しい下半身が魚のようになっとる女性じゃ。マーメイドは、昔ピースに来た時に一人の少年に一目惚れし、人間として美しくなりたいと願ったのじゃ。だから、萌海さんのアストラルモード一段階目はあのような衣装なのじゃ」
ふむふむ、あいつの趣味じゃないのか~って・・・ちょっと待て。
「一段階目?」
アストラルモードって一段階とかあんのかよ!?
「ああ、説明されとらんかったかのう。結構重要なことだと思うのじゃが・・・・」
萌海ぃ!教えろよ・・・。おじいさん『こんなことも・・・』って顔してるし。
「うっ・・・説明お願いします」
「アストラルモードには完全開放と言われる一段階目の他に、身体能力が無意識に上がっている初期段階、それから伝説上の生物と一時的に一部融合する二段階目があるのじゃ。まあ、初期段階については言わんでもわかるじゃろう。身体能力が上がっておるからの」
身体能力が上がる、確か俺が例の書斎で適当に見ていた本にも書いてあった。確か、『協力者になると常に力が解放される。その解放は初期段階、つまりピースの住民のまま少しだけ強くなるということだ。人によって頭脳が上がる、走りが早くなると色々ある。』って書いてあったかな。確かに萌海と帰るとき、いつもなら家へ向かう道にある急な坂道で疲れるのに、後ろに萌海を乗せたままでも息が上がらなかった。
「一段階目については説明せんでも大丈夫じゃろう。二段階目の説明をするかの」
俺はこくり、と一回頷く。
「一段階目と二段階目は、さっき言ったとおり与えられた力の完全開放と融合で、力量が全く違うんじゃ。二段階目の方が強い、しかし発動には条件があるのじゃ。ここでもまた萌海さんを例にさせていただくが、萌海さんの発動条件は体を水が覆っている、というものじゃ。これは発動条件の中ではかなり簡単なものじゃが、それ故他の生物の発動ほどの力はなく、皮膚が潤ってなければ死んでしまうという危険があるのじゃ。まあ、その代わりしつこく何度も使って相手を追い詰めることにはたけとるがのう。まあ、萌海さんは危険を避けたがる慎重さ故あんまり使わんがのう。姿形、能力については本人に聞いたほうが早いかのう」
やっぱり、俺にもあるのだろうか。
「ちなみに、発動の仕方は?」
「『我れと共に戦え』じゃ。お主なら『クエレブエ、我れと共に戦え』、じゃのう」
へぇ、と思いつつ次の説明を催促する。
「プロシージャについては?」
「お主は頭が弱そうじゃから覚えんでいいじゃろう!プロシージャについては得意不得意きっぱりしとるからのう。萌海さんが大の得意故、お主は大丈夫じゃろ」
おじいさんは笑顔で言う。きっと普通のことなんだろう。面と向かって頭が弱そうって言われると傷つくもんだな。
「は~あ・・・」
俺は大きいため息をつく。
「それより、帰らなくていいのかのう?」
パッと腕時計を見ると既に四時。この部屋に来たのが多分二時半ぐらいだから、かなりの時間居座ってることになる。
「あ、すいません!もう帰ります、ありがとうございました」
俺は教えてくれたことに礼をいい、部屋を出る。
「しおきゅ~ん、お・い・で~ぇ」
一階から母さんの声がする。あ~、どうせまた進路かなんかのことだろ。俺はさっきの話を脳内で整理したかったがしぶしぶ一階に降りた。一階では机に伏せる萌海と険しい顔の父さんが机越しに向き合って席に座っていて、母さんが笑顔で俺に抱きついている。俺は母さんを引き剥がして萌海の横の席に座りつつ、聞く。
「で?どうしたんだよ?」
母さんも席に着いたタイミングで、父さんに聞く。
「口わりぃーな・・・」
「父さんに似たまで。心配しなくても俺よりそっちのほうが悪いから。」
「んだとォ!?」
なんてわかりやすい父さんなんだろう。
「・・・うるさい、紫恩。釣られやすすぎです、健さん。」
常に静か・・いや言葉をあまり発さない萌海に言われると、説得力がある。俺と父さんは、黙る。
「でねーっ、しおきゅん、萌海きゅんとお~んなじ高校に入ることになりましたあーっ!」
「はあああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
更新遅れました;;;;
ちなみに!ネタバレになっちゃうかもなんで少ししか書きませんが・・・
※以下少しだけネタバレっぽいです。
サブタイトルは次話と比べて「まだ夢見心地」という意味です!
次回はバトルシーンを出す予定です^^
萌海さんの二段階目を・・・・・・するはず。
あとリア友に言われたのでおさらい。
萌海ちゃんの読み方は(めあ)です。