親友が「攻略キャラを攻略して、逆ハーレムを作る!」と言ったので私は「主人公を攻略する!」と宣言した
突然ですが、どうやら異世界にトリップしたみたいです。
トリップした現在地は家の中。物がない家でただ一つだけあるテーブルの上に、メモが書かれた紙と簡単な地図と可愛らしい制服が置かれていた。
「ここの学校に行きなさい」
紙に書かれたメモを読み上げたのは、ふんわりした金色の長い髪のいかにも綺麗系な少女だ。名前は、篠原 亜沙美。年は今年で十六歳だ。
彼女は私の幼なじみで親友である。因みに、彼女はゲームが大好きで格好いい男子が好きだ。夢は逆ハーレムを作ること。その野望を隠すことをしない彼女に好意を覚えるよ。
彼女もまた、私と一緒にトリップしたみたいだ。二人一緒にトリップ。
言い忘れていたが、私は入江 伊樹という。可愛い女子が大好きだ。
「取りあえず、着よっか」
制服を指差しながら、亜沙美はそう言った。
身長も170センチに届きそうなスタイル抜群の亜沙美なら似合うと思うが、158センチの普通顔の私は果たして可愛らしい制服を着れるのだろうか?
そう思っている間にも、亜沙美は制服の片方を私に押し付け着替えている。恥ずかしさの欠片も見せないほどの脱ぎっぷりだ。私も仕方ないと思い、その場で着替えた。
制服に着替えた亜沙美はやっぱり似合っている。私は微妙だ。
首を傾げている間に、亜沙美は地図を手に取り、私の手を握って家を出た。
たどり着いた学校は広くて綺麗だ。
亜沙美が持ち前の情報収集で、今日が入学式ということが分かり、私達も新入生らしい。
学校は全寮制で、二人部屋か一人部屋。私達はもちろん二人部屋だ。
そして、情報収集を終えた亜沙美はテンションが凄く高い。それは何故かというと、なんとトリップした先はゲームの世界だったのだ。しかも、亜沙美が大好きなゲームの世界だったらしい。
「ふっふふ、わたしは逆ハーレムを作る!攻略キャラ達よ、待っとけ!」
よっしゃー!とガッツポーズをしている亜沙美さん。えっと、取りあえず欲望をそんなに大きな声で叫ばない方がいいんじゃないですか?
「亜沙美っていったら、乙女ゲーム?」
「ふっふふふ、楽しみだなぁ!」
私の問い掛けに答えない。もはや、私の声なんて聞こえてない。
どうせ乙女ゲームの世界だろうと決め込む。なにせ、亜沙美が「イベントを起こすタイミングを…逆ハーにしたいからなぁ」などとぶつぶつ呟いていたから、絶対乙女ゲームの世界だろ。
「私はギャルゲーの方が好きなんだけど…可愛い女の子」
「可愛い子なら、ゲームの主人公が居るよ!」
妄想に浸っていた亜沙美が、私の言葉に反応してクルッとこちらを向いた。
私は亜沙美が言った言葉に食い付いて「どこ!どこに居るのヒロイン!」と叫んでいた。キョロキョロと辺りを見渡して、亜沙美は指を指した。
「あの子だよ」
「マジか!?可愛いっ!」
同じ女子の制服を着て、周りをうろうろとしている可愛い女の子!明るい茶髪に、身長は私より高いがほわっとした印象を与える子だった。
トンッと亜沙美は私の肩を叩き、にっこりと笑う。
「あの子を入学式が行われる講堂まで送ってやってきなさい。伊樹があの子を送っていく間に、わたしはイベントをしてくるわ!」
「あんた、最後のが目当てだろ!」
「あっ、分かった?」
「分かるわ!まっ、いいけどね」
了承をすると「あの子を宜しく!」と言われ、ダッシュで亜沙美はどこかに消えていった。
私はこのゲームのヒロインである子に近付いた。近付いて分かったことが、いい匂いがすることと、やっぱり可愛いということだ。
「あの…新入生だよね?」
「あ、はい、そうです」
目を見開いて、その茶色の瞳に私を映し出した。
可愛くて、抱き締めたい気持ちになるがその気持ちを隠し、にっこりと笑った。
「私も新入生なの。一緒に講堂まで行かない?」
ぱぁと花が付く笑みを浮かべ「うんっ!」と頷いた。
あまりの可愛さに鼻を押さえる。そんな私を見て、きょとんと首を傾げた。
「大丈夫?」
「ううん、大丈夫じゃないよ!その可愛さ異常!」
「えっ?」
「あ、間違えた。大丈夫だよ!」
大丈夫、大丈夫、と首を振れば「良かった」と笑った。
私はその笑みの破壊力に抑えきれず、ガバッと抱き付いた。
「えっ、えぇ、ちょっ…」
「可愛いよぉー!もう、可愛すぎっ」
抱き締められ、戸惑ってあわあわしている姿が可愛い。さっきからずっと可愛いしか言ってないと自覚しているが、本当に可愛い。
そんなことを繰り返して、講堂まで付いた。クラス別に座るため、自分のクラスへと行こうとする。そしたら、燈樺ちゃんーー名前を聞きましたーーが私と一緒のところに行こうとした。
「まさか、同じクラス!?」
「え、同じクラスなの?」
「私、一組だよ」
「僕も一組。同じだね、嬉しいな」
うぉおお、燈樺ちゃんって僕っ子だったのか!ヤバい、鼻から血が!
てか、同じクラス!同じクラスばんざーい!!
「やった!これで、燈樺ちゃんとイチャラブ学園生活!」
「そんなにはしゃぐことじゃないよ。クラスが別でも、僕は伊樹ちゃんのところに行くよ」
はみかみ笑顔の燈樺ちゃん。やっぱり可愛いので抱き付いたら、周りの視線が痛かった。特に先生達が「さっさと座れ」と目で訴えてきた。
私はしぶしぶと自分の席に向かった。
入学式も無事に終わり、今は寮の部屋だ。
入学式を少し遅れて来た亜沙美と同室なので二人で今日あったことを話していた。
「それで、迷子イベントをしてきたのか」
「そうそうそう!もうっ、格好良かったなぁ!」
にやにやしながら亜沙美はイケメンさんのことをずっと語っていた。私は聞き役に徹しながら、時々相槌をうっていた。
「そうだ、伊樹はどうだったの?」
「可愛い過ぎて抱き付いてしまいました!」
「そっかー、可愛かったもんね!」
「うんうん」
可愛い女子は大好きなのだよ。男なんかより、もう女子大好き!
亜沙美が攻略キャラを落として逆ハーを作るというのなら、私は主人公を落とす!
「わたしは攻略キャラを落として逆ハー作るから、主人公が攻略キャラ達に近付かないように側に居てね!」
「おっけー!燈樺ちゃんは私が貰っちゃいます!攻略しちゃいます!」
「頑張ってね」
頑張るのは私よりも逆ハー狙いの亜沙美だというのに、まるで私の方が大変そうな言い方だ。同性を落とそうとするからか?
首を傾げる私に亜沙美は意味深な笑みを浮かべた。
それから、燈樺ちゃんといつも一緒に居て凄く仲が深まった。
燈樺ちゃんに抱き付く。胸は小さいが抱き心地がいい燈樺ちゃんが大好きだ。
「燈樺ちゃん、すきー!もう、大好きだよ!」
「僕も好きだよ」
はみかんだ笑みでよしよしと頭を撫でてくれた。
にたにたしてたら、クラスメイトが若干引き気味に私を見ていた。
「燈樺ちゃんすき。キスしたーい!」
ギョッと私達を見るクラスメイトに、さっきまで私達を孫を見るような目で見つめていた亜沙美さえも目を見開いて見てきた。燈樺ちゃんは驚いた表情を見せたが、すぐに笑みに変わった。
「いいよ。僕から伊樹ちゃんにキスしてあげる」
わーい!と喜んでいたら、クラスメイトがサッと一斉に目を反らす。亜沙美だけが、にやにやとしていた。
不思議に思い、首を傾げれば「伊樹ちゃん、可愛い」と燈樺ちゃんに言われ、チュッと頬にキスされた。普段は可愛い燈樺ちゃんの横顔が格好良く見えて、胸がドキドキした。
私は可愛い方が好きなのに、一体どうしたんだろうか?
「どうしたの、伊樹ちゃん?」
「燈樺ちゃんは可愛いんだよね?」
「伊樹ちゃんの方が可愛いよ」
「えっ、うーん?」
私の方が可愛い?それはない。
だが、燈樺ちゃんの方が可愛いと思うのに、最近は何故か燈樺ちゃんが格好良く見えてしまう。私より燈樺ちゃんの方が背が高いからなのか、それとも私は攻めよりも受けの方だったのか。
「うーん?」
自分でも思考がズレてるとは思っているのだけど、一度考え出したら止まらない。
うーん?と考えている時間が静かだった。その静寂の時を壊したのは「篠原さん」と甘い声で、教室の入り口から亜沙美を呼んだ優等生みたいな男子生徒だ。
にやっと一瞬だけして、すぐに不思議そうに首を傾げて男子生徒に近付く亜沙美。見事な演技力だ。
男子生徒はゲームの攻略キャラだと亜沙美に聞いたが、名前は覚えてない。男の名前なんか覚えきれない。
亜沙美も頑張るなー、と教室の入り口で話し込む二人を見ていたら、二人に近付くクラスメイトが居た。そのクラスメイトは不良系の男子生徒だ。
不良くんは亜沙美の腕を引っ張って、自分の方に引き寄せた。驚いた表情を見せる亜沙美は上目で不良くんを見つめる。それが気に食わなかったのか、優等生くんは不良くんを思いっきり睨んだ。
教室の入り口で奪い合いしてるよ、と興味津々に前のめりで亜沙美達を見ていたら、燈樺ちゃんがむすぅとして私の目を覆った。
「…燈樺ちゃん?」
「だめ、男なんか見ちゃだめだよ」
耳たぶに触れるか触れないかで囁く燈樺ちゃんの声が、いつもよりも低くてゾクッと体が反応した。
目を隠されているためか、他の感覚が敏感になっているみたいだ。目を覆っている手が熱くて、ドキドキする。
「て…手を……」
「だーめ。伊樹ちゃんはすぐに男を見るから」
「見てないよ!私、男なんか好きじゃないもん!」
「嘘吐き。そう言って、本当は男が好きなんでしょ?」
本当に私は男より女子の方が好きなんだ。女子である燈樺ちゃんにドキドキしている時点でそうなっているのに、燈樺ちゃんは分かってくれない。
可愛い燈樺ちゃんは、最近格好いい。格好いい燈樺ちゃんにドキドキされられる私は、本当は可愛いより格好いい方が好きなのだろうか。それとも、燈樺ちゃんだからドキドキするのだろうか。どっちにしても、私は燈樺ちゃんが好きということだ。
「私は、燈樺ちゃんが好きだよ?」
だから許して?と震えた声で呟けば、目から手が離された。
許してくれた、と上目で燈樺ちゃんを見れば、燈樺ちゃんは真剣な表情をしていた。私の腕を掴んで、女子とは思えない力強さで椅子から立たした。
「僕もう…我慢出来ないよ」
何かを堪えた顔で、燈樺ちゃんはそのまま私を引っ張って教室を出て行く。
入り口の方で未だに奪い合いをしている隣を通り過ぎる。亜沙美と目が合った時に「あ~」と申し訳無さそうに呟かれた。
燈樺ちゃんに連れて行かれたところは、屋上へと続く階段だった。
「伊樹ちゃんは僕のこと好き?」
「うん!」
「じゃあ、僕が男でも好き?」
「えっ‥?」
燈樺ちゃんが男?そんなことはないはずだ。燈樺ちゃんは乙女ゲームの主人公で、制服もちゃんと女子のだ。
きっと例えなのだろう。相手の愛を確かめる時は「俺が何者でも好き?」と聞くように、燈樺ちゃんも私の愛を確かめているんだ。
「うん!燈樺ちゃんが男でも好きだよ!きっと燈樺ちゃんが男だったら、私は女子よりも男が好きになってたと思うぐらい好きだよ!」
この返答に間違いはないだろう。これで、燈樺ちゃんと私はラブラブカップルになる。
燈樺ちゃんは本当に嬉しそうに破顔して私を強く抱き締めた。
「嬉しい、凄く嬉しいよ!」
「うっ…」
ギュッギュッと抱き締められて苦しい。
燈樺ちゃんの背を叩き、苦しいことをアピールすると慌てて離してくれた。
「ごめん、大丈夫?」
「う、うん」
「嬉しかったんだ。伊樹ちゃんが僕を受け入れてくれて」
「…ん?」
「僕が男だから、嫌われると思ってたんだ」
はにかんだ笑みで燈樺ちゃんはそんなことを言った。私は何を言っているか理解出来ない。
燈樺ちゃんが男?こんなに可愛い燈樺ちゃんが男?乙女ゲームの主人公が男?女子の制服を着ている子が男?
「えぇぇ、燈樺ちゃんが男!?」
「え、もしかして今分かったの?さっきから男だよって言ってるじゃん」
「うそ…おとこ?ヒロインなのに男?」
うそうそ、と首を振る私に燈樺ちゃんはため息を零した。
私の手を掴んで、自分の胸に手を当てさせる。どんなに小さくても、女子だったら必ずある膨らみがない。いつも抱き付いている時には分からなかったが、今は分かる。ないんだ、膨らみが。
「うそ…胸がない」
ペタペタと何度も確かめるように触る。だけど、そこには私が望んでいるものはない。
何度も触っていたら腕を取られ、胸から離された。
「そんなに触んないで…抑えきれなくなるから」
恥ずかしがりながら、燈樺ちゃんは私を抱き締めた。
ドクドクと胸が激しく鼓動する。まだ信じられないが燈樺ちゃんが男だというのに、私は燈樺ちゃんを意識している。男なんて興味なかったというのに。
「うそ…ありえない!」
「伊樹ちゃん!?」
私は勢いよく燈樺ちゃんを突き飛ばして、階段を全速力で下って教室に戻った。
未だに奪い合いをしていた男子生徒達ーーいつの間にか、男子生徒が六人に増えていたーーをかき分けて、亜沙美に抱き付く。ふくよかな胸、これぞ女子だ。
亜沙美は私が来ることが分かっていたように、私の頭を撫でてくれた。
「うっうっ…亜沙美は知ってたんでしょー!」
「うん、ごめんね。でも、わたしだけじゃなくて全員知ってたよ」
「うそっ!?」
「気付いてないのは伊樹だけだよ」
まじかよ!と教室の入り口でクラスメイトを見れば、さっきまで興味津々に見ていたというにサッと目を反らされた。
私が燈樺ちゃんが女子だと信じていたのは、亜沙美が「ゲームの主人公」と言ったからだ。それなのに、燈樺ちゃんは男だった。ならば、何のゲームだ?
「ちょっと、来て!」
亜沙美を引っ張って、ひそひそ話が出来るところに行く。
「ここって、乙女ゲームの世界じゃないの?」
「わたしはゲームの世界だとしか言ってない」
「じゃあ、ここって…」
「BLゲー…」
最後まで言わない内に亜沙美の頭を叩いた。
騙された。亜沙美がゲームの世界だというから、ここが乙女ゲームの世界だと信じて疑わなかった。
「じゃあ、なんで燈樺ちゃんは女子の制服着てるのよー!」
「それは篠原さんじゃなくて、本人に聞いて」
聞き覚えのある声が後ろから聞こえ、振り返る前に後ろから抱き締められた。
亜沙美が燈樺ちゃんを見ているので、チラッと燈樺ちゃんを見れば険しい顔をしていた。初めて見る燈樺ちゃんの男の顔に、熱が上がるのを感じた。
熱くなった頬を冷やすために手でパタパタすれば、亜沙美がにっこりと笑った。
「邪魔者は退散しまーす」
「えっ、ちょっ…亜沙美!」
「伊樹ちゃんは僕より篠原さんがいいの?やっぱり、僕が男だから?伊樹ちゃんは女だったら誰でもいいの?」
燈樺ちゃんから離れると、しゅんとされた。どうしよう、と慌ててる内に亜沙美は帰って行った。後で問い詰めてやると心の中で誓う。
「伊樹ちゃんは僕が男でもいいって言ったのに、嘘だったの?」
「うっ」
うるうるとした瞳で私を見つめてきた。燈樺ちゃんは可愛い。女子の制服を着ているので、男とは思えない。
「伊樹ちゃん…」
「う、燈樺ちゃん……」
一度、離れた距離を恐る恐る詰めれば、パッと腕を引っ張られて引き寄せられた。
潤んだ瞳は消え失せ、獲物を捉えた肉食獣の瞳の色で私を見つめる。
「捕まえた。もう、逃げちゃだめだよ?」
「さっきのうるうるは演技か!」
「だって、伊樹ちゃんが僕のこと女だと思っているの知ってたし。僕もバレないように頑張ってたし」
開き直ったかのように、にっこりとした笑顔で言い切る。
「でも、他の人にはバレてるんだよね…?」
「うん、そうだよ。伊樹ちゃんが居ない時に男子トイレに入ってたし、寮だって男子寮だよ」
だから知らなかったのは伊樹ちゃんだけだよ、とまたもやいい笑顔でそう言い切った。
「…なんで、女子の制服を」
「それは家の方針。僕の家は16歳まで女子の格好をさせれば、丈夫になるっていう言い伝えがあったんだ」
「へぇー、ソウナンダ」
「片言になってるよ」
ふふっと笑いながら、燈樺ちゃんは私を抱き締め、チュッと頬にキスをする。
男にキスをされた!とあわあわしていると「前からしてたのに今更?」と耳元で囁かれる。
「もぉ、やめて…」
「伊樹ちゃんが僕のこと男として好きって言ってくれれば、やめてあげようかな?」
「好き、好きだから!」
「うん、僕も好き」
チュッと頬ではなく、唇に触れるだけのキスをされた。
止めると言ったくせに、止めてくれなかった。
「これで、僕達は恋人同士になったね」
にっこりと、それはもう今まで見た中で一番の笑顔でそう言い放った。
軽く意識がどこかにいきそうなほど可愛い笑顔で、燈樺ちゃんは言葉を紡ぐ。
「伊樹ちゃんがまだ男に慣れてないなら、僕は女装しててもいいよ?だけど、ちゃんと慣れさせるから安心してね」
可愛い女子だと思っていた燈樺ちゃんは男で、私のことが好きだと言う。
私は宣言通りにゲームの主人公である燈樺ちゃんを攻略したみたいだ。
そして、今度は私が攻略される番だと言うように、燈樺ちゃんはにっこりと笑った。
お読み下さって、ありがとうございます。