雪の降る夜
それは、とても綺麗な雪の降る夜でした。
まだ雪の積もっていないアスファルトの上に、ひとだかりができていました。
三人の男と、四人の女が、地面にある何かを見下ろしながら何かをしゃべっています。
歳は全員30代半ば位でしょうか? もしかしたら40代かもしれません。
彼らは皆、怒っているような、それでいて悩んでいるような。
場合によっては悲しんでいるような……そんな顔をしていました。
共通していることといえば、全員かなりの疲労が溜まっているということです。
そんな彼らのそばに、二人の旅人が現れました。
男はだいたい20歳前半ぐらいの青年で、長いロングコートを羽織り黒いジーンズを穿いています。
この寒い中簡素な格好ですが、軍用で扱っている防寒用の帽子と手袋を着けているので、そこまで寒くはなさそうです。
手には沢山の紙袋を抱えており、少し歩きにくそうにしています。
女の方は少女と言ってもいいでしょう。
歳は15歳くらいでしょうか? もっと若いかもしれないし、もう少し上かもしれません。
目を引くような銀髪腰のあたりまで伸ばし、今は黒いリボンでまとめています。
綺麗な赤のダッフルコートを着ており、首にはリボンと同じ色の黒いマフラーを巻いて可愛らしさを一層演出しています。
下は紺色のプリーツスカートを穿いているのですが、ダッフルコートが少し大きめのサイズなので、短いスカートはほとんど隠れています。
黒い厚めのタイツも穿いているので、この寒さぐらいであれば問題ないでしょう。
そんな旅人の青年は、彼らに尋ねました。
「どうかしたんですか?」
すると、三人の男と四人の女は困った顔をしながら次々に口を開きます。
「ああ、とても困ったことが起こったんだ」
「私たちは兄弟なんだがね、困ったことに8人いた兄弟のうちの一人がいなくなってしまったんだよ。」
「もともと私たちはそれぞれの仕事を8つに分けてこなしていたんだ」
「料理係、洗濯係、掃除係……ってね」
「まったく、困ったものよ。
私たちはきちんとそれぞれの仕事をこなしているって言うのに、
いなくなった一番上の兄はその仕事を放棄したんだからね」
「ああ、まったくだ。そんな不真面目なやつはいなくなって当然だ。
でもね、私たちは8人で一つの家族なんだ。7人じゃ誰かが二つの仕事をしなくちゃいけない」
「だから私たちはさっきからずっと話し合っていたんだよ。
誰がいなくなった兄の分の仕事をやるか……てね?」
青年は彼ら兄弟の話を聞きながら、「なるほど」と何度もうなずきます。
「みなさんのいいたいことはとてもよくわかりました。
たしかに仕事を放棄することはとてもいけないことですよね」
兄弟達はうれしそうに青年に顔を見合わせます。
「ああ、そうだとも! いやぁ、あんたもわかってくれるかい!」
「ええ。人間として……いえ、社会人として働くことはとても大事ですからね。
生きるための義務といってもいい」
「その通り! 最近の若者は違うね! あのバカ兄にも聞かせてやりたいもんだ!」
兄弟達はうんうんと頷き合いながら、ひどく安心したように青年を見ました。
すると、さっきからずっと黙っていた少女が兄弟達に尋ねます。
「あの……一つ聞いてもいいですか?」
「ん? なんだいお嬢ちゃん?」
「そのお兄さんは家の中では何の係りだったんですか?」
少女はかわいらしく首をかしげます。
すると兄弟達はばつが悪そうに少女に言いました。
「ああ……稼ぎ係りだよ」
ん? と、今度は青年が首をかしげました。
「稼ぎ係り?」
青年の疑問に、兄弟の一人が口を開きます。
「つまり、社会に出てお金を稼ぐ係りのことさ。
家の中でも一番重要な係りだ。それなのにあのバカ兄は……」
「ああ……だから『稼ぎ係り』なんですか」
青年は妙に納得したように頷きます。
そして、最後にもう一つだけ……と言って、兄弟達に尋ねました。
「たしかにお兄さんが働いていることはわかりましたが、みなさんはどんな仕事をなさっているんですか?」
「仕事かい? 僕はゴミ出し係りだ」
「俺は電気係りだ。家の電気を使うものはすべて俺がやっているんだ」
「私は料理係り」
「私は食器係り。洗い物も私がするのよ」
「俺は風呂係り」
「洗濯係り」
「買い物係りよ」
兄弟たちは誇らしく、自慢するように青年に自分の『役割』を言ました。
「いえ、そうではなくてですね。みなさんの就職先はどうなのかな……と」
「だから言ったじゃないか。これが私たちの仕事なんだよ」
「いわゆるプロフェッショナルだよ! みんな誇りを持って自分の仕事をやっているんだ!」
青年はそうですか……と頷き、兄弟達の足元を見ながら言いました。
「そうですね……まずは警察に話してみてはどうでしょう?
彼らならボクのように右も左もわからない人間よりも、
きっと正しい答えを教えてくれると思いますよ」
「おお、それもそうだな!
いやぁ、やっぱりキミはいい若者だな! うんうん、さっそくそうしよう!」
「なんならボクたちが呼んできますよ。みなさんはここで待っていてください」
「え、そんな……悪くないかい?」
「いえ、ちょうど泊まっているホテルが警察署の近くなんですよ」
青年は少女に目で合図をしながら、兄弟達ににっこりと笑顔を浮かべました。
「本当にすまないね。それじゃあよろしく頼むよ」
「はい、わかりました。……ああ、そうだ」
「ん、なんだい?」
「その『いなくなった』っていうお兄さんですが……一体どれぐらい働いていたんですか?」
「ああ、そりゃあ当然毎日だよ」
「毎日?」
「だって我々は毎日家の為に働いているんだよ? 休むことなんて許されないよ」
「そうですか……ではそろそろ行きます。お仕事がんばってくださいね」
「ああ、ありがとう。君たちも雪道には気をつけてな」
青年と少女は兄弟達に軽く会釈すると、早足でその場を離れます。
そして、兄弟達の視界に入らない所まで歩くと、大急ぎで警察へと走り始めました。
「サクラ、大丈夫か?」
「うん、私は平気よ……でも」
「ああ、おそらくもう手遅れだろう」
二人は走りながらしゃべりつづけます。
「しかしおどろいたよ……まさか」
―――死体があるなんてね
「お兄さんなのかな?」
「十中八苦正解だろうね。
雪がかかって遠くからじゃわかりにくかったけど、近くにいけばすぐにわかる」
「殺されたのかな?」
「どうだろう? 過労か、他殺か、はたまた自殺か?
まあ俺たちが知らなくてもいいことだ。
今俺たちがすべきことは一刻も早く警察を呼ぶことだ」
「そうね……でも、ひどい話しよね」
「ん? どっちが?」
「亡くなったお兄さんも、働かない兄弟も。
そのルールが間違っているということがわからないのも……全部」
「たしかに正すべき所は沢山あったけどね。結局は世間知らずってことさ」
「警察の人……大変でしょうね」
「それが彼らの『仕事』なんだよ」
苦笑ともため息ともとれる顔を浮かべながら、二人は積り始めた雪の中を走っていきました。