スパゲティーナポリタン
日常もの、非は付きません。
本文には書いていませんが、設定では主人公は高一です。
懐かしい匂い、好きですか?
雨が降っていた。人々は傘を差し、道をすれ違う人は皆いそいそと家路をたどっていた。
いまは夕暮れ、じきに日も地平線へと吸い込まれていく。
子供達が遠くの方からこちらへ駆けてきた。親に頭はぬらすなと言われているのか、それぞれ思い思いの物を頭にのせていた。
頭にのせたランドセルで前が見えなかったのだろうか、うちの1人が僕にぶつかってきた。
「あっ、ごめん、お兄ちゃん。だいじょぶ?」
坊主の男の子は、本当に心配そうに僕を見上げている。
「あぁ、僕は大丈夫。君、ケガは?ぶつかって悪かったな」
「ううん、ちがうよ。謝るのはボクだよ。ぶつかってごめんね」
僕が早く行きなといってやると、男の子は自分の仲間達を追いかけて、ザーと降る雨の中をまた駆けだしていった。
はぁ、寒い。学校帰り、傘を持っていなかった僕はあっという間にずぶ濡れになってしまった。身体の芯まで雨水が染み込んで、凍えるように寒い。
早く家に帰ればいいのだが、今日はもう少し外にいたかった。今のウチは少し居づらいのだ。
最近、母親が再婚した。相手は母と同じくらい年のいったおじさんで、人当たりの良い穏やかな性格の人だ。
別にそういう人は嫌いじゃない。ただ、夜家に帰ると知らない男が−家族とはいえ、あまり交流をもっていなかった人が、毎晩僕らと同じ食卓を囲んでいることに不快感を覚えるのだ。
もうこればかりはどうしようもない。一応、馴れようと努めてはいるが、新しい父の前だとどうしてもぎこちなくなってしまう。
もうこのところ、家にいる時間をあまり作らなくなった。
最近僕の帰りが遅くなったと、母は小言を言ってくるようになった。
母の言葉がチクチク痛くて、さらに家に居づらくなった。
僕は今、店のほとんどがシャッターを降ろした商店街を歩いている。なぜだかここはとても落ち着く。何というか居心地が良くて、僕の放課後の道草スポットだ。
経費削減のためアーケードには明かりが灯っていない。足元を照らしてくれるのは、数軒飛び飛びで漏れ出る店の明かりだけだ。ときおり店の中から声をかけてくれる老人たちも、今日のような日は客も来ないと踏んでか、それぞれカウンターの奥の居間に引っ込んで出てこない。
僕は歩き続けた。目的地があるわけでもない。ただ、ぽつぽつとタイルに響く自分の足音を聞きながら歩くと気分が落ち着いた。だから歩いてみる、疲れるまで、ずっと。
そのうち商店街の外れについた。そこから先は住宅街だ。いつもはそこでもと来た道を引き返すのだが、今日は気分が乗らなかった。もう少し先に行ってみたい。もしかしたら、何か面白いものがあるかもしれない。
少しの躊躇はあったが、ここまで来たのだからとそのまま歩を進める。立ち止まることはない、ただひたすら歩き続けた。
ある家の前に差し掛かったとき、僕は突然歩を止めていた。無意識のうちだったので、自分が立ち止まってる事にさえ気づくのが遅れた。
なぜだろう、僕はこの家に強く惹きつけられた。古い建て売り二階建て、決して形やデザインに惹かれたのではない、単にいい匂いがしたのだ。昔自分の家でも嗅いだ事のあるいい匂い。
それはトマトケチャップのやさしい匂い、ほんのりウインナーの香ばしい香りも混じっている。大きく息を吸うと口の中までふんわりとしたケチャップで満たされていく―スパゲティーナポリタンだ。「あぁ、いい匂い……」
そうつぶやいている自分に気づいた。
まだパスタなんて言葉も広まっていなかった頃のスパゲティの匂い。
なんだか懐かしかった。温かかった。
―少しだけ、帰りたいと思った。
家の周りを一周してみた。他の通行人からすれば僕は変質者だ。
でも構わない、とにかく家の中を覗いてみたい。スパゲティー、覗いてみたい。
―あった。申し訳程度の庭に、人が出入りできる大きな窓がある。
僕は思わず庭の垣根に頭を突っ込んで覗いていた。そこには―当然だけど家族があった。母と息子の二人だけ。息子は両手にフォークとスプーンを握りしめて、台所で忙しそうに動いてる母の背中を、もう我慢できないというように食卓から見つめている。見ている僕も、いつの間にか口の中が唾で一杯になっていた。
しばらくして、息子の顔に見覚えがある事に気づいた。
ああそうだ、さっき道でぶつかった男の子だ。
顔を思い出してはっとなったとき、窓の内の男の子が待ってましたとばかりに歓声を上げた。料理が運ばれてきたようだ。母親は小盛のスパゲティののった浅めの皿を男の子の前に、大人用の大きめの皿を自分の座る椅子の前に、そして一番の特盛をのせた皿を空いているもう一つの席の前に―空いている席は一体誰のだろう。ああそうか、父親か。でも食卓に皿を並べているって事は、もうじき帰ってくるのだろうか。 ぼんやりと考えていたとき、背中から声をかけられた。
「おい、あんた誰だい」
突然声をかけられて、僕はビクンと動いてそれきり身動きが取れなくなってしまった。どうしよう、動けない。顔見られたくない。
「ここは俺の家なんだ。用があるなら玄関から…おお、いい匂いだ。今日はスパゲティか」
どうやら男の子の父親らしい。あの人もやっぱりスパゲティーに歓声を上げてる…いやだからそんなこと言ってる場合じゃない。この状況をどうにかしなくちゃ、父親にお巡りさん呼ばれて突き出されてはシャレにならない。
「まあいいから、とりあえずそこから頭引っこ抜いて」 父親は、学ランの後えりをつかむと僕を力任せに「引っこ抜いた」。
どてっと床にヘタリ込む僕をみて、父親はうん?と眉を潜める。
「やっぱり、びしょ濡れじゃねえか。うん?しかしお前……」
やばい、警察呼ばれると思い立ち上がろうとした僕に、父親はわけのわからない言葉を投げかけた。
「夕飯、食ってくか?」
「……は?」
思わず声に出してしまった。わけが分からない、どうしてそうなる。
「いやだって、不良でも無さそうなのにこんな夕飯時に一人でうろちょろしてるガキっつったら、オウチの人とか家に居ないのかと思ってな。なんならウチで晩飯食わせてやってもいいんだが、どうする?」―まさかこう来るとは思わなかった。正直嬉しい、だけど
「…いいえ、結構です。ウチにはちゃんと母がまってます。今日は少し…寄り道していただけです。心配かけてすみません」
僕が軽く頭を下げると、父親は少し困った顔をした。
「いや、俺に謝るなって。心配かけてるのはあんたの母ちゃんの方だ。早く家に帰りなさい」
そう言い残すと、父親は玄関の鍵を開けて入っていった。
僕はしばらくそこに佇んで、おもむろに携帯を取り出すと電源を入れた。真っ黒だった液晶が一瞬白く光ると、それきりうんともすんとも言わなくなってしまった。完璧に水没してしまったようだ。 公衆電話を歩いてさがすと、ガラス張りの箱はすぐに見つかった。十円硬貨を何枚か突っ込んで母の携帯のへかける。―母は三回目のコールで出た。
「―はい、もしもし?」
「ああ、母さん。おれ…だけど」
「ん?ああ、あんた。お前ケータイじゃないのかい?どこからかけてるの?」
「それが…携帯壊しちゃって」
「ったく、あんったは…はぁ、それは家に帰ってから叱るわ。それより、あんた夕飯は?」
「うんそれなんだけど、ちょっと食べたいのがあって……」
「ざんねん、もう作っちゃったわよ。今夜はカレーだから、それはまた今度ね。それと、あんたもういい加減帰ってきなさい」
「うん、もう帰るよ。今日はちょっと寒いから」「分かったわ、カレー温めとくから」
「うん分かった。じゃあ―」
―ガチャン
カレーかぁ、カレーもいいな。
電話ボックスから出ると、雨は小降りになっていた。
ところどころ雲がちぎれて、そこに夕日の最後のひと欠片が反射して淡いピンクに染まっている。
財布を手提げカバンにしまうと、自分の家とへと足を向けた。今日はいつも違って歩調は軽い。
久しぶりだな、帰るのが楽しみだなんて。
鞄を胸に抱きかかえると、僕はサーと降る小雨の中を駆け出した。
―早く帰らなきゃ。
朝家を出るときに隣からする味噌汁の匂いや、帰宅する時に漂うカレーの匂いって、たまにそこでずっと嗅いでいたくなったりすのは自分だけでしょうか?
たまに食べてくなってしまう懐かしい料理はあなたにありますか?
下手な文章ですが、最後まで読んでいただけると幸いです。
書き方についてなにかご指摘がありましたらビシバシ書いてくださると助かります。