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Tunin'Love!  作者: 沙莉
Second Season

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第20話 決意

私は目を最大限キツくなるよう眇めて、にこにこと笑う学さんを睨み付けた。


「……この手、離して下さい」


低い声で、だけどはっきりと言うと、学さんは私に怯えるどころか嬉しそうに更に顔を寄せた。


「え? 何?」


くっそう! 私の言葉、聞こえているくせに!!


ムカッと来て更に強く睨み上げても、学さんはビビるどころか、むしろ面白そうに私と対峙する体勢を正面に変えてきた。


窮鼠猫を噛む状態で、歯をむき出す私と、真っ向から勝負するつもりらしい。


この人、絶対私のことをバカにしてる。ていうか、オモチャにしてる?


だって学さん、にこにこどころか、いまやニンマリと笑ってるし。


私を怒らせて、楽しんでいるのがありありと分かり、カッチーンと来た私は、学さんに掴まれた腕を大きく振った。


だけど細っこい身体のどこにこんな力があるんだか、学さんの手が離れることはない。


悔しくて、腹立たしくて、私は一つ唸ると大きく足を振り上げた。


「やめてって、言ってるでしょ!!」


私としては、最大限の勇気を振り絞った。


振り上げたままの足で、どこを狙うか一瞬迷った。


脛を蹴り飛ばすか、男性として大事な場所を再起不能にさせるか。


……この選択は、どちらも余りに危険な気がした。


その後の私の人生はともかくとして、航ちゃんにまで多大な迷惑を及ぼしかねない。


何せ相手は、社長様の甥っ子で専務様の従弟。


だけど、されるがままでいるのは絶対嫌だ。


迷った私は、学さんの綺麗に手入れされた靴に、狙いを定めてローヒールのパンプスの踵を振り下ろした。


「……っ!」


強かに足を踏みつけられて、さすがに顔を歪めた学さんだけど、次の瞬間にはふっと笑って私に更に顔を寄せた。


「想像してたより、手ごたえありそうじゃん」


手ごたえって、何!?


私、クビ覚悟の暴挙に出たんだけど!! ダメージ全然負わせられてないじゃん! どういうことよ!






ジタバタもがくと、学さんはくすくす笑って私を廊下の壁際まで追い詰めた。


とん、と背中に冷たい壁が当たり、私は冷や汗だか脂汗を流しながら、それでも学さんを睨み続ける。


何なの、この人。


社内で、何を考えてるの。


ていうか、何で誰も通りかからないの!?


あり得ない!!


声にならない悲鳴を上げ続ける私を掴んだまま、ぐっと身体を寄せた学さんは、専務様に良く似た顔を私に寄せた。


ひっ!!


い、息が掛かる!!


男性に免疫がさほどある訳ではない私が、やっとのことで自分の窮地に気付き、頬を引き攣らせて更に大声を出す準備をした。


すなわち、深く息を吸い上げ、大絶叫を上げる準備。


だけど、次の瞬間、私から見えない場所からブリザードが吹き荒れるオーラを感じ、私はひくん、と身体を強張らせた。




ビュービュー吹き荒れる、凄まじく凍えそうな空気と雰囲気。


そしてそれは、ただ冷たいだけじゃない。


しっかりと色がついている。


他の誰が見えなくとも、私には分かる。


……二十年もの間、付き合ってきた私には見える、そのオーラの色は。








黒。




それも、ただの黒ではない。




ドス黒い、としか形容のしようのないもの。








いわば、この世に生を受けた悪魔だけが持ちうることが出来るシロモノ。




否。


悪魔ではない。そんな優しいモノじゃない。






魔王様が、登場した。








「…いい度胸だな、てめえ」


低い声で、魔王様が声を放たれた。


いっ、いい度胸……!


それは私に言ったのだろうか、それとも航ちゃん登場に気付いても、今だ胡散臭い笑みを浮かべ続ける学さんに言ったのだろうか。


無論(多分……)怯えマックスの私にではなかったようで、航ちゃんは私の視界に入ってきても、私とは目を合わさずに学さんを見据え続ける。


肝から底冷えするような、ダイアモンドダスト交じりの極寒ビームを放出する航ちゃんと、それに臆することの無い学さんを、私はオロオロと見比べていた。


私を助けに来てくれたらしいけど、その余りの凄まじいお怒りっぷりに、私がビビッて反応できずにいると、魔王様は私の腕を掴んで引き寄せた。


そして引っ張られたと思った瞬間、私はポイッと背後に投げ捨てられた。


ぽすんと床に腰を落として座り込んだ私に一瞥もせず、私の前にすいと立ったのは、紛れもなく魔王様絶賛降臨中の、私の最愛最強……最恐の、幼馴染にして婚約者。


航ちゃんだった。




ゴゴゴ、と背景音が聞こえて来るような気がした。


私と航ちゃんの二人の歴史の中でも、こんなに怒り狂ってる航ちゃんを見たことがないような気がした。




すんごい怖い!!


ハンパ無く怖い!!




背中しか見えないけど、今の航ちゃんは眉を閻魔大王よりも吊り上げ、もしも笑みを浮かべているとしたら、それは死神が鎌を振り下ろす瞬間よりも冷ややかな微笑に違いないって思った。


そして、ゆっくりと航ちゃんは私に僅かに振り返り、言った。


「……優香、お前……俺よりもこいつを取んのか」




は?




はい?




私に向かって、開口一番に何を言うと思ったら。




何よそれ!!


何だそれ!!




その言葉の意味がさっぱり分からないんだけど!!




余りに驚いて、口をバカみたいにぽかーんと開けていると、航ちゃんは、


「聞いてんだよ。どうなんだ。早く答えろ」


と、イライラしたように脅しを掛けてくる。


私ははっと意識を戻し、大慌てで首を振った。


「そんな訳ないでしょ! なっ、何言ってんの!!」


どんな意図で航ちゃんがそんなことを言うのか分かんないけど、私が全身で否定の構えを示すと、航ちゃんは口元を僅かに綻ばせて顔を再び前に向けた。


「そうか、ならいい」


ならいい?


何が?


どれが。


さっぱり分からない私の目前で、もう早くもバトルは開始されているようだった。


「凄いね、北里さん。婚約者、脅すんだ。それって愛があるって言いがたいよね」


「……お前に何一つ言われる筋合いは無え」


「へえ、そう。まあね、関係ないけど。仕事が出来てモテる北里さんが、実はDV男だったなんてなあ。ていうかさ、仕事が出来るっていうのも、アレだよね。色仕掛けとかもあるんじゃないの? 担当の客、女ってことも良くあるんでしょ? 言葉巧みにたぶらかしたりとかさー、してたりしてね」


学さんの、揶揄するような言葉に、航ちゃんの身体が大きく揺れ動いたのが分かった。


そして怒りに満ちていくのを感じるけど、それよりも先に私がガマン出来なかった。


航ちゃんが、侮辱された。


そんなのを、何度か遠まわしには聞いたことはあるけど、そしてその度にムカついてしょうがなかったけど。


でもこんなに、目の前ではっきりと言われたことなんてない。


私は自分が言われるよりも、遥かにムカついて、あまりにムカついて。


気付いたら、ムカつき過ぎて、眩暈を感じながらも、自分でも信じられないくらい大きな声を上げていた。


「ちょっと!! 今の暴言、撤回しなさいよ!!」


その私の声に、学さんはおろか、航ちゃんまでも驚いたように振り返る。


だけどもはや闘牛並みに鼻息を荒くして、怒りマックスな私は学さんをただ睨み付けていた。


絶対許せない。


航ちゃんが営業一位になるのに、どんだけ努力しているか、何一つ知らないくせに。


なまじ顔がいい分、敵が多いから、反感を少しでも削ぐために別人航ちゃんを作り上げていることを知らないくせに。


……航ちゃんが、好きで二重人格みたいになってる訳なんて無いのに。


本当は、いつも本音で話したいに決まってるよ。


誰に対して嘘をついているみたいで、苦しいに決まってる。




航ちゃんの、その心の苦しみを知らないくせに……!






私は気弱で優柔不断で、事なかれ主義だ。


自分のことですら、誰に何を言われても、大抵我慢して耐える。


だから、人のことでこんなに怒ることなんて無い。


だけど、……だけど。


航ちゃんを侮辱されて、黙ってる訳にはいかなかった。


絶対、許されない。


人の中で、不可侵っていうか、地雷っていうか。


そういうのがあるんだって、この時初めて知った。




それが、私の中では航ちゃんなんだ。




こんな私だけど。


でも、私が航ちゃんを、全力で護る。




私が、護りたい。




私を信じて、私にだけはいつも本音を明かしてくれて、そして私を誰よりも愛してくれる航ちゃんを、私が護らなくて誰が護るんだ!




そんな気持ちが、私の中でフツフツ……いや。


グッツグツと煮えたぎるかのように湧いていた。

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