掃討作戦計画書紛失事件
掃討作戦計画書紛失事件
スティーブ・アラン 探偵
ジム・モートン 記者
ハーグリーブス外務大臣
レイチェル夫人
ヴィンス副大臣
1.スティーブ・アランはいつものように暖炉の上の葉巻を取り、火をつけた。「はあ、近頃は、あまり重要性の高い事件がなくなったな。この家業ゴロツキの喧嘩沙汰を止めてる暇はないんだからな。」と最近の退屈な日々に悪態をつく。今年の夏は南仏のワイン農家を訪れて、見学したり、養蜂場でミツバチの世話体験をしたりと、のんびり過ごしたものだ。というのも、これまでの、探偵生活で数々の事件に接してきた彼だが今年に入って春から夏にかけてほとんど、大した事件がなくなっており、この家業の継続に難色を示し始めていた。
相変わらずバッグに拡大鏡やメジャーを忍ばせているような、古風な探偵にはもう仕事はないのかな?と思うようになっていた。
警察に通報する前にうちに仕事の依頼がないといけない。そうなんだ。とスティーブは思った。
そこへ、電話が鳴った。電話の相手は「外務大臣のハーグリーブスですが...」という。
ハッとしたスティーブ。
「どのようなご要件でしょうか?」「この電話では言えないようなコンフィデンシャルな話なので、今夜そちらへ向かいます。」という。
「承知いたしました。では、こちらの住所はブルックリンの...」
「調べてあります。」「では、お待ちしております。」とスティーブは頭を下げた。
探偵スティーブ・アランは現在、ニューヨークはブルックリンに事務所を構えて、新たに米国内の事件を取り扱うようになっていた。
相手は、米国外務大臣ハーグリーブス氏である。
きっともうワシントンを出発してこちらに向かっているところだろう。
そうしないと、もう6時だからな。と時計を確認するスティーブ。
8時にベルが鳴った。やってきたか?外務大臣。
葉巻の火をサッと消して、ドアを開けた。
「いらっしゃいましたね。外務大臣殿。」
品のいい背広にタイを締めたハーグリーブス外務大臣が帽子を取り、外套を脱いだ。家政婦に外套と帽子を託して、彼はスティーブと握手を交わした。
スティーブはサッとふりかえりソファを勧めて、自身も向かいのソファに腰掛けた。
「まず、相談が他のものに聞かれてはならないことご承知下さい。」と外務大臣。家政婦が下へ行ったのを確認してから、話は始まった。
外務大臣の表情は青ざめて引きつっているようだ。
「実は、私、昨日、の夜自殺未遂をしてしまいました。それを執事がすんでのところで止めにかかってくれました。」驚きを隠せないスティーブだった。「なんと!それは一体全体どういった理由でしょうか?」
「実は、昨日、議会から帰宅すると、私の、金庫にしまっておいたはずの重要な書類が紛失していたのです。何しろ、その書類が国家のセキュリティに関わるもので、私は卒倒してしまいました。あれが見つからないと大変なことになる。近々、行われるイスラム組織の残党の掃討作戦を指示する書類で、それはSWATの作戦を記してあるものです。」
続けて、「もしも、あれが当事国のスパイなどの手に渡っているとすれば、たちまち、作戦は破棄、私はきっと大統領の信頼を失い更迭は免れないでしょう。いえ、私はまだ諦めていません。どこかにあるかもしれません。いや、きっとあの書類だけ狙われているのだから、誰かが、盗んだには違いないでしょうが。スティーブさん、なんとかならないでしょうか!?」
目を閉じていたスティーブは口を開いた。「万一、内部のものの犯行であれば、まだ、どこかに、かくして持っているかもしれません。昨日の今日ですからね。」
ハーグリーブス氏の瞳に微かな輝きが戻るようだった。
「承知いたしました。私が探しましょう。まず、お宅にお伺いします。」
外套を着て、いつもの、道具の入ったバッグを持って一緒に部屋を出るスティーブとハーグリーブス。
外には黒塗りのリムジンがつけてあった。
さっと、乗り込み、二人はワシントンのハーグリーブス邸へと急いだ。
移動中もハーグリーブス氏との相談は続いた。
まず第一に思ったのは、もし仮に内部の犯行であり、まだスパイなどの手に渡っていないとすれば、犯人とおぼしきはまず、大臣が更迭になったときに得をする人物である。この場合、大抵、後継者になりえるのは副大臣。「副大臣は何とおっしゃいましたか?」とスティーブ。
「副大臣は若きヴィンスです。」
「そうですか?彼は昨日、お宅へ急行されましたか?」
「ええ、頼れる男ですから、すぐに連絡しました。」
「すぐ来ましたか?」
「無論、すぐ来ました。」
「彼は忙しくしていますよね?いつでも」
「ええ、ですがことの重大性を考えれば、急行するのは必須かと思いますが。」
「そうですか?」
「まずは、彼に色々と伺いたいと思います。彼は何処に住んでいますか?」
「あの男もうちの近くに住んでいます。」
「なるほど、では、彼に指示していただけますか?明日伺いたいと」
「ええ、では、メッセージを送っておきます。」
「あの男を疑っているのですか?」
「こういう場合、次期大臣候補が怪しいかと思いましてね。」
「なるほど、あの男が盗んで何処ぞのスパイにでも売り払って大金を稼ぎ、なおかつ、私の席を奪おうと言う訳ですか?」
「そういう話は過去にもありました。」
「イギリスで?」
「ええ、イギリスで。」
「ですが、今日はまず、お宅へ伺います。そして、在宅者への質問と現場の調査をいたしますから。」
暫くの間、大臣は悶々としていたようで、黙々と、タバコを吹かしていた。スティーブも葉巻に火をつけ、煙を吐き出していた。
そうするうちに、大臣はこくこくと眠りに落ちたのだった。
何しろワシントンまでは長い道のりだった。運転手に訊くと4時間超えるかもしれないという。
今回のバッグに入れてきたのは拡大鏡とメジャー 葉巻とジッポ ピンセットと毛髪などを採取した際入れるジップロック等だった。
スティーブはそれらをあとから確認していた。
そして、再び、葉巻をふかした。
確かに、こういう事件であれば、警察には知らせずまず、物だけ取り返したいだろう。報道陣に知られたらひとたまりもないからな。と思った。
ぶっ飛ばして、渋滞にも引っかからなかったため3時間ちょっとで邸宅についた。
邸宅は、美しいアイボリーとグレーで横長の3階建ての豪華なものだった。
ベルを鳴らすと、執事が戸口に現れ中へ迎え入れた。
「レイチェルは起きているか?」とハーグリーブス氏。
執事が応える。「ええ、起きております。」
「オレはこちらの探偵のスティーブさんと食事をとるが、レイチェルはもう食べたか?」
「いえ、まだです。待っておりました。」
中ぐらいの大きさの円卓に腰掛けた三人は出てきた料理を食した。
「はじめまして、探偵のスティーブ・アランです。私は、警察に届けられた事件の手伝いもしますが、届けられる前の問題や失踪・紛失なども扱います。重要であればですが。」
「そうですか、私は政治のことには一切、口出しいたしませんが、何か訊かれたいことなどございますか?」
「まずは、今回の事件について知っていること何でもお応え願えますか?そうですね、大臣殿の自殺未遂に関するところ、伺う必要はございませんが、その他のこと。まず、何故、彼が動転していたかはご存知でしょうね。」
「重要な書類が紛失したとか?」
「ええ、大臣から訊かれましたか?」
「ええ、訊いております。」
「訊くところでは、紛失した時間がおよそ...昨晩の大臣の帰宅以前ということです。大臣、それ以前は、いつ、ものを確認しましたか?」
「一昨日の夕方議会から帰宅したときには確かに、しまってありました。」
「奥さんは、その期間に大臣室に呼ばれたりなどありましたか?」
「呼んでいませんよ。一昨日も昨日も、疲れて、食事も一人でとりましたから。」
「そうですか...」
「奥さんは何も気づくところありませんか?」
「ありません。」
「執事を呼んで頂けますか?大臣。」
大臣は執事を呼び寄せた。
スティーブは質問を続ける。「あなた一昨日の夕方大臣が帰宅され、書類を確認したあと、何か不自然なことや不自然な人物を見かけませんでしたか?この家の中、もしくは、周囲で。」
「いいえ、何も不思議なことはありませんでした。」
「戸締まりは、きちっとされたのでしょうか?」
「毎日、同じようにしております。ええ、一切、何も変わりなく。」
「そして、昨日、大臣が自殺未遂をし、彼が制止して、その後、ヴィンス副大臣を呼び寄せたのですか?」
「そのとおりです。」
「分かりました。明日、は副大臣邸に伺いますが、食後は私一人で大臣室を調べます。
皆が引き払ったあとスティーブは大臣とともに大臣室へ入った。
大臣は幅の広いデスクの前によって、手をついた。「ここで手紙を書いたり、書類に目を通したりしますが、重要なものは後ろの金庫にしまいます。」
「金庫は錠前で開く仕組みのようですね...」
「鍵を見せて下さい。」と鍵を受け取ると...
「この鍵をコピーしたものがいるか、そうでなければ、鍵が開いていたか... 鍵を開けて頂けますか?今。」
「分かりました。」と大臣は鍵を回した。
「扉も開けて下さい。」
ゴトッ!と比較的大きな音が鳴って扉は開いた。
今は虚しく何も置いていない金庫の中。
「もういいですよ。閉めて下すって構いません。」
今度は、窓の方へ寄って窓枠やロックをあらためるスティーブ。
「指紋はどこにもついていませんね。」
「絨毯の上にも足の乗った形跡は見当たらない。窓の周りには」
「もういいですよ。お休み下さい。」
大臣も疲れていて、精神的にもあんなことの後で不安定な状態だった。
与えられた客人用の部屋に案内される際、夫人が隣の部屋に入っていくのを見かけた。
スティーブは部屋で葉巻を一本吸い、早々に、眠りに落ちた。
2.翌朝、スティーブと大臣は朝食をとったあと二人でヴィンス副大臣邸へと向かった。
ヴィンス邸は薄紫色の外壁に白い屋根とやや気色悪い感じの色合いで、大臣邸ほどではないが、割合大きな二階建てだった。
彼は一人で住んでおり、彼自身独身だ。
クルマは銀の新しいアウディ。ガレージが正面右にあり、小屋などはない。
前庭は毛足の短い芝生で、そう広くない。
ベルを鳴らすとすぐ彼は飛び出てきた。
「待っておりました!ヴィンスです。」
顔色は褐色寄りの白で、爽快な表情だった。髪の毛はスポーツ選手のような短髪でサッとワックスをつけて横に流しているという感じ。
服装もゴルフウェアだか、スポーツウェアだか分からないようなシンプルなものだが清潔感ばかりはある。
中へ通される、二人。
二階行きの階段が真ん中にここは吹き抜けで、一階左にリヴィング、奥にダイニングキッチン、階段の反対側にはベッドルーム。2階にも二部屋ベッドルームがありそうだ。
「それで、どうですか?書類の方は、見つかりそうですか?」とヴィンス氏。
「実は、単刀直入になってしまいますが、今回のような場合、どの国でも、後継者が怪しまれます。」
「は、なんと!私ですか?私はでも、昨日、大臣宅に急行したのですよ。私には到底、できかねる犯行です。」
「一昨日は何をしておられましたか?とくに一昨日の夜もしくは、深夜」
「私はいつも、11時には就寝します。」
「本当ですね?あなたは何も知らないと言うのですね?では、各部屋見せていただきます。宜しいですね?」
「ええ、結構ですよ。」
途端に、ズカズカと入っていくスティーブ。
真っ先にベッドルームのデスク、後ろのタンス、クローゼット、置いてあるマガジンラック、それに、床板をトントンと叩き異音がしないか確かめるのだった。
続いて、ダイニングまで行き食器棚の横の開き戸、リヴィングのテレビ台の中、そして、また、床板の異音と...
そうして、30分のうちにすべての部屋を検めた。
おもむろに葉巻をふかし始めるスティーブ。「困ったな。」と一言漏らすその表情は青ざめて緊張している。また、目つきは不安げだ。
「もういいですよ。ヴィンスさん。今日はこれで帰ります。」
「ええ?もういいんですか?スティーブさん。」
「仕方ありません。全くこの部屋にはあり得ません。」
さながら、家宅捜索並みの捜査になった今日、得られたものは何も無いということだけだった。「何もないのも発見ですから。」とスティーブ。
3.ヴィンス邸からは午前中に引き上げ、大臣邸で昼食をとる三人。
大臣、夫人、そして、スティーブ。
今度は昼食の後、庭からの侵入の痕跡を求めて、捜査が始まる。
毛足の短い芝生は鮮やかなグリーンだった。
大臣の部屋の窓のちょうど下に当たる部分にはパンジーやガーベラの咲く横長の花壇があって、土は見えているし、そこには、足跡はなかった。はしごをかけて登ったとしたら、花壇は避けその手前に降りるものだろうがはしごの足が芝を傷つけた跡もない。
ここも終えて、そそくさと大臣室に戻る。
「さて、どうしたものか?本当に一昨日の夜、何も不自然なことはございませんでしたか?」と念を押すスティーブ。
「そういえば、大したことではないですが、夜トイレに行こうと照明をつけたとき、中々つかないんで、ブレーカーを見に行ったら、執事が今、つけたところだといいましたね。」
「なんと!それを早く言って欲しかったです。」
スティーブの顔に血の気が戻り、目は輝きを取り戻した。
「昨日、金庫を確認して、書類が無くなっていたと言いましたが、何枚?そして、その時、鍵は開いていませんでしたか?」
「は!!!開いていました。」
「いや、まだ、間に合いますよ。レイチェル夫人の部屋には暖炉はありますか?」
「ありますが...」
「まずい!」と大臣室を出てすぐ隣の夫人室の扉を叩くスティーブ。
「レイチェル夫人?」
ガチャッと扉が開いた。
「ちょっと見せてもらいますよ。」
と夫人室に入り、デスク、タンス、クローゼット、テレビ台、マガジンラック、ザッと開け放って検めた。
また、革靴の踵でカンカンと床板を鳴らすスティーブ。
「ん?...おかしいな。ここだけ。」
カーペットが敷いてあるが、たしかに、音が違う気がする。サッとかがんでカーペットを剥がすと、その下には、取っ手が付いており、どうやら開きそうだ。
ガタッと開いた床板。
下には6,70センチ四方の穴がある。そして、ダンボールが、急いで開ける。
何と多くの封筒が、数十通だ。「いや、この下に...」大きな封筒、封を開けると、そこには、3ページの書類!作戦指示書だった。
「まさか!こんなことが...」と呆気にとられる大臣。
いつ、焼き払われても不思議なかったので焦ったスティーブだったが、無事に書類は発見された。
4.しかし、一体どういうことなのか?大臣は夫人に問いただした。
おずおずと、応える夫人だった。
なんとも奇怪な事件は事なきを得たが、これには、いきさつがあった。
レイチェル夫人はヴィンス副大臣と不倫関係にあり、これらの数十通に及ぶ、手紙はすべて愛を告白するものだった。
その際、ヴィンス副大臣に頼まれ、この国家機密の作戦指示書を盗み出してくれたら、一緒になれるとばかり言われていた。なお、大臣が二人の手紙に気づく術もなかったのは、いつも、彼の目を盗んで手渡ししていたため、まとめて郵便では来なかった。
レイチェル夫人は政治のこともあまり分からず、これを遂行するため、ここ数週間大臣室の金庫が開く兆候を調べていたところ、どうやら、金庫が開く際には、比較的大きなゴトッという音がなることを知り得ていた。
そして、一昨日の夜中、いつも、大臣がトイレに行く頃起きていて、ブレーカーを落とし、真っ暗なうちに、大臣室へ忍び込み、ものの一分間で書類を取り出していた。
危うく自殺しかけた大臣とその夫人、二人はいたたまれなくなって、会話を続けた。
もし、君が、あの男と一緒になりたいなら、なるがいい。ただし、あの男はもう政治家ではないぞ。と言い渡した。
夫人は後日、離婚届けを書き、去って行った。
ヴィンスはもうアメリカには戻らないかもしれない。彼はのちに辞任することで、大臣に許された。詳細は、周囲の閣僚などには知られることはなかった。
これが露見することはハーグリーブス大臣にとっても恥になるのだから、誰にも言えなかった。大臣はそれでも恥じることはなかった。
数週間の後、かくして、イスラム組織の残党の掃討作戦は決行され、その計画書は有効に利用されることとなった。
ニュースが流れる。ーこの度、米国の特殊部隊は特定の住所に切り込み、見事、イスラム残党の一部を、一網打尽にした。ー
かの女性や元副大臣は何処かでこれを聞いているだろうか?
一緒になっているのだろうか?まだ、大臣は考えていたが、じきに、忘れていくだろう。
誇らしげに記者に対応する大統領と並んでいるのは外務大臣。
「皮肉な話だな。」と葉巻をふかしながら、テレビを消すスティーブ。
裏事情を知る面白さと、辛さを感じるのだった。
ジム・モートンには長い注釈付きのディスクリプションを送ってやった。彼はロンドンにいる記者で、今まで幾多の事件を可能な限り公開してきた旧友である。
「こういうことは過去にもあったよね?」と、返事が帰ってきた。
スティーブは「これが不倫ってのが、アメリカらしいかな?」「イギリスではこういう恥ずかしいことはあまり無いね。」とジム。
この事件はコンフィデンシャルで公開はできないことになっている。
fin




