BL世界の裏舞台~腐女子のお姫様のため、騎士団員はみな『友情ごっこ』を演じてくれています~
「フフ……君のそのキングは……もう、俺の手の中だな」
そういいながら、『アロマティカ騎士団』の団長の長男バジルは、チェス盤に置かれたクイーンを動かした。
だが同じくアロマティカ騎士団員の一人であり、辺境伯の子ソレルはビショップでクイーンの攻めを防ぐ。
「はは。そうやって、いつも君は焦ってばかり。そんなんじゃ、大切なものを取り逃すよ、バジル?」
「それはこの間、魔法の授業で、君に惜敗したときのことのことかな?」
そんな風にお互いの顔を見ながらにこやかにチェスを楽しむところに、ニコニコと楽しそうな笑みを浮かべてやってくる少女がいた。
彼女の名前はキアーネと呼ぶ。
キアーネはバジルやソレルの所属する領地の王女であり、二人とは同じ魔法学校に通っている。
バジルとソレルらアロマティカ騎士団は、学生でありつつ彼女の護衛騎士という立場も兼任しており、良好な関係を築いている。
「フフ、バジル様、ソレル様? 精が出ますね?」
「あ、キアーネ様。おはようございます」
「ひょっとして、スコーンを焼いてくれたんですか?」
ソレルはふと盤面から顔をそらしながら尋ねると、キアーネは満面の笑みで頷く。
「ええ。お紅茶も用意していますから、よかったら少し休憩されませんか?」
「そうだな。……ソレル、悪いが引き分けにしよう。※ステールメイトだ(※お互いに動かせるコマがなくなること。引き分けになる)」
バジルはそういいながらポーンを動かして、いたずらっぽい笑みを浮かべると、ソレルは苦笑しながらも彼をほめたたえるように呟く。
「へえ……。あと一歩だと思ったのに、これを狙っていたのか……流石はバジルだ。では、休憩しようか」
そしソレルもそういいながらチェスを片付けると、スコーンを机に置いてアフタヌーンティーを楽しみ始めた。
「それでバジルはさ。いっつも僕を助けてくれるんだ」
「へえ、素敵なんですね、ソレル様って」
「ああ。彼は私の親友だからな。……おっと、バジル。動かないでくれ」
「え?」
「そこのほっぺに、キアーネ様の作ったスコーンが付いているからな」
バジルはそっと手を伸ばして、愛おしそうにソレルの頬を撫でながらそのスコーンを取った。
「おっと、すまないな。君にはいつも助けられてばかりだ」
「気にするな。私だってソレルには支えてもらっているんだからな。それに君のその柔らかい肌は……触ると心地いい」
「はは、バジル……そういわれると恥ずかしいな」
そう睦まじくやり取りをする姿を見て、ぽーっと顔を赤らめるキアーネ王女。
そしてしばらくの間彼らと歓談を楽しんだ後、ハッと気づいたような表情でキアーネ王女は立ち上がる。
「あれ、もうこんな時間。すみませんが、私はこれで……弟を待たせていますので」
「ええ、スコーンをありがとうございます。それと、明日なのですが……キアーネ様もクレソンのお見舞いに行きませんか?」
クレソンというのも、彼らと同じくキアーネの護衛騎士だ。
彼は二人と異なり平民ではあるのだが、二人は分け隔てなく接している。
きょとんとした表情でキアーネは尋ねる。
「クレソン様? そういえば今日は姿が見えませんでしたが……」
「ええ。どうやら風邪を引いてしまったらしく……。大した熱ではないようですけど、大切な友が倒れたとなっては……」
「僕たちも居ても経っても居られないと思ったんです。……いかがでしょう? キアーネ様がいらっしゃれば、クレソンも喜ぶと思うので」
そんな提案に、キアーネは頷く。
「ええ。是非」
「それでは明日の8時に伺いますね?」
「ありがとうございます、バジル様」
そういいながらキアーネが去っていった。
そして数分後。
「行ったか……」
そう二人がつぶやくとともに、は~~~~~……と大きなため息を着いた。
「ったくよ。ソレル、てめーみたいなバカと『友情ごっこ』するのも、疲れるよなあ……」
「そりゃこっちのセリフだよ。お前相手に友達の振りするのがどんだけ大変か、分かるの?」
先ほどまでの態度とは打って変わって、粗野な男子高校生のような態度でソレルはバジルを睨みつけた。
「つーかさ、ソレル。スコーンくらいもっと上品に食えよな? キアーネ様、少し引いてたじゃねえか」
「あん? だったらさ、バジル。お前だってもっと、ゆっくり僕の頬を撫でろよな? キアーネ様は、お前が僕を子犬みたいに扱うのが好きなんだからさ」
「ちゃんとやっただろ? キアーネ様、すげー喜んでたの分かんなかったのかよ?」
「違うだろ! 僕が美味しそうにスコーン食べた時の方が喜んでたから! それにお前のことだってさんざんおだててやったじゃんか!」
そう本音でお互いに言い合う二人。
すでに気づいた人も多いと思うが、キアーネ王女は『腐女子』だ。
自身のお抱えの騎士がイチャイチャとボーイズラブを繰り広げるのをいつも楽しそうにしている。
本人は隠しているがすでに有力貴族の間では周知の事実となっていることもあり、彼らは「キアーネ様のために、お互いが嫌いでも友情ごっこをするように」と両親からも言い含められている。
「ったく……。ほんと、てめーみたいなカスと居ると腹立つわ。……まあいいや、もう一回やらね?」
しばらくお互いが『どれだけキアーネ様を喜ばせたか』について口論をした後、バジルは再度チェス盤を取り出した。
「へえ、いいの? 言っとくけど今度はガチだからさ。バジルみたいなバカが戦ったら、恥かくよ?」
「いうじゃん。昨日はてめーが負けたくせに。……んじゃ、勝ったほうがジュースおごりで」
「いいよ。先行は譲ってあげるよ、バジル。精々全力で来なよ、バカなりに」
「へえ、後で泣くんじゃねえぞ!」
そういうと、バジルは先ほどとは違う目つきでポーンを手に取った。
「おら、これでナイト死んだ! んで、お前どうすんの、なあ?」
「あ、クソ! くそ、ならこれでどうだ! ぶっ殺す、そのルーク!」
「え……ちょ、待てよ!」
「うっさいな、友情ごっこは終わりっつったでしょ? ※キャスリングはさせないよ!」
(※ルークとキングを1手で同時に動かす特殊な動作)
BLと現実の違いは恐らくこれだろう。
BLの世界ではチェスなどの道具は主にコミュニケーションの手段だ。だが、現実の男同士であればチェスなど『相手に勝つ』という目的のための手段でしかない。
お互い、相手の顔など見ることなく、一心に盤面を見ながら互いを侮辱しあう。
「おら、これでどうだ、死ね!」
「そっちこそくたばれ!」
物騒な言葉をかわしあいながらも、盤面はバジル有利に進んでいく。……まあ、チェスは先手が有利だから当然なのだが。
「はい、俺の勝ちい! チュエックメイトゥオオオオウ!」
先ほどのクールな口調ではなく、あからさまに挑発するような口調と表情を見せながら、ルークを乱暴にたたきつけるバジル。
それを見て、歯を食いしばるような表情をソレルは見せた。
「くそ! ……僕の負けかよ……」
「へへ、雑魚が調子乗るからだろ? ほら、ジュース買って来いよ!」
「分かったよ……。いつものでいいよね?」
「ああ」
そういうと、ソレルはスムージーのお店に行って彼がいつも頼む組み合わせでジュースをブレンドしてもらった。
「ほら」
グレープフルーツ半分にパッションフルーツ、そして甘めのブドウにガムシロップを入れてもらったスムージーをバジルに手渡す。バジルのお気に入りブレンドだ。
「へへ、サンキュ。これで俺の2連勝だな」
「くそ……次は勝つからな、バジル! ……これ片づけるね」
「ああ、やってみろよ、返り討ちにしてやるよ。……ん、あれやっとけ」
「おけ。じゃお前はあれね」
「ん」
そういいながらバジルとソレルは互いに役割を分担しながら、チェスを片付けながら尋ねる。
「ところでさ、バジル? 明日のお見舞い遅れないでよ? キアーネ様を待たせたらぶっ殺すから」
「てめーじゃないし遅れるかよ、ソレル。それよりお前の方こそ、クレソンのお見舞い品用意しとけよ? 多分『あれ』が一番だろうな、あいつバカだし」
「あれ?」
一瞬悩んだが、すぐに『あれ』が何を指しているのか理解したソレルはすぐに頷いた。
「……そっか発売日だったね、明日。おっけ。買っとく」
「頼むぞ。……それとさ」
そういいながらバジルは、ドス……と、腹に軽いパンチを当てながら笑う。
「明日も『友情ごっこ』、頼むぜ? キアーネ様のためにな」
「ハハ、そっちこそ」
ソレルもそれに呼応するようにバジルの首に手を回しながら笑いあった。
その翌日。
バジルはキアーネ王女を連れてペイルの家にお見舞いに来ていた。
当然のようにバジルはにこやかな『爽やかな笑み』を浮かべて尋ねる。
「クレソン。調子はどうかな?」
「うん、だいぶ良くなったよ。ゴメンね心配かけて」
「はは、気にしないでくれ。……それより学園に君が来ないと寂しいな、俺は」
そういって果物を剝きながら彼に笑いかけるバジル。
その丁寧に剥かれていく様子を見ながらクレソンは驚いたような表情を見せてバジルを見やる。
「すごいな、君は……。私はこんなに薄く皮を剥くなど出来ないのに……」
「ははは、俺は昔から料理は好きだからね。よくソレルと一緒に腕を競い合ったものだよ。……熱はないか?」
そういいながらバジルはクレソンの額を自身の額に合わせる。
「バジル……恥ずかしいよ……」
そして少しした後クレソンは顔を赤らめながらも答える。
「で、熱はない、かな……?」
「ああ、安心した。熱はすっかり下がったようだな。君のその顔がほほに染まるのも美しいが……やはり、俺は君の健康な姿が好きだからな」
「ありがとう、バジル……」
その様子をニコニコと部屋の隅で座りながら見つめるのはキアーネ王女。
彼女はバジルが剥いてくれた果物を口に運びながら尋ねる。
「クレソン、明日には学校にこれそうですか?」
「ええ、ご心配かけて申し訳ありません、キアーネ様」
因みに最初は彼女は彼を『クレソン様』と呼んでいたが、流石に平民をそう呼ぶのは周囲に妙な目で見られるということで、呼び捨てで呼ぶようにしている。
キアーネ王女は少し安堵した様子でノートを手渡す。
「はい、クレソン。あなたが休んでいる間のノート、取っておきましたよ?」
「え……いいんですか、キアーネ様!」
「勿論です。私にとって、あなたは大切な騎士なのですから」
「ありがとうございます、大切にします!」
「それと、また欲しいものはありますか? たまには何なりと甘えてください、クレソン」
そういわれて一瞬悩んだ後クレソンは遠慮がちに答える。
「えっと……。そうですね……であれば……僕の地元に伝わるカモミールティーがあればいいんですけど……」
「あら、そんなものでいいのですか? なら……」
そんな風に話をしていると、彼の部屋のドアがバタンと開いた。
「悪い、待たせ……ゴホン、ごめん、おそくなったよ」
辺境伯の息子ソレルだ。走ってきたのだろう、息を切らせて答えた。手にはお見舞いの品の入ったバスケットを持っている。
彼の様子を見て、バジルは満面の笑みを浮かべて答える。
「はは、遅かったなソレル。用事は片付いたのか?」
「す、すまない……。西側の兵士たちに変な動きがあったんだ」
そう答えるソレルに対して、バジルとクレソンは一瞬ピクリと身体を震わせ、目を合わせた。だが、すぐににこやかな表情で尋ねる。
「そうか……何かあったら俺を頼ってくれ。君のためならばいつでも助けに行こう」
「私もだ。風邪が治ったら加勢しようか? 剣の腕なら最強だからね、私は」
クレソンが平民なのに彼らと同じ学園に居るのは彼の天才的な剣才を買われたからだ。
そう答えながら肩に手を置いてきた二人に対して、ソレルはにこやかに首を振る。
「ありがとう。だが、幸い彼らは宴会をしていただけだったようだ。警戒は必要だが、当面の心配はない」
「そうか……。なら、安心だな……君のその顔が傷つくようであれば、俺は自分を許せなくなるからな」
そう楽しく談笑していると、再び扉が開いて身なりの良い少年が現れた。
彼の名はルバーブ王子。キアーネ王女の妹だ。ただし腹違いということもあり王位継承権は持っていない。
彼は王子らしからぬ動きやすい恰好をしており、彼が馬車の御者をやっていたことが伺えた。
そして三人の騎士は、ルバーブ王子の姿を見て深々と頭を下げた。
「お久しぶりです、王子」
「ええ。あ、あの、おねえちゃ……じゃない、キアーネ様は居ますか?」
おどおどとした様子でそう尋ねると、キアーネ王女はフフ……と笑顔を見せた。
「ええ、おりますよ。……そろそろ時間ですか?」
「ええ。……キアーネ様、帰りましょう」
「分かりました、ルバーブ。……それでは皆さん、ごきげんよう」
そういうと、キアーネ王女はルバーブ王子とともにその場を去っていった。
そして数分後。
「よし、友情ごっこは終わりだな」
そうバジルがいうとともに、二人もいつもの『悪ガキ』の顔つきに戻った。
バジルはニヤニヤと笑いながら答える。
「だな。つーか、生きてたんだな、ボケクレソン」
クレソンも先ほどまでの『柔和な平民騎士』の顔をやめて、ニヤリと笑って言い返す。
「当たり前だろ? 残念だったな、バカバジル」
「つーかさ、元気そうじゃん。来なきゃよかったよ」
「こっちも来てくれなんて頼んでないよ」
クレソンがそういうのを見て、バジルは嘲るような表情で答える。
「たまたま暇だから来ただけだよ。つーか、その程度の微熱でキアーネ様に迷惑かけんなよ、クソが」
「本当だよ。キアーネ様、頑張ってノート取ってくれてたんだよ? 騎士の癖に随分良い身分だね。後で僕にも見せてよね?」
羨ましそうな様子で皮肉ると、少しムッとした様子でクレソンも答える。
「うるさいな、昨日まで高熱だったんだよ。バカは風邪を引かなくて羨ましいよ」
「んだこら! そんだけ言えるんならもう平熱だな。……ん?」
そういうと、彼はベッドの下にある一冊の本を見つけた。
クレソンはそれを見て顔色を変える。
「あ……待ってくれ、それは……!」
「うわ、むっつりスケベはっけーん! うわ、やべえじゃんこれ! 見ろよソレル!」
「え? ……あ、すご!」
そういいながらバジルはその本をパラパラと見ながらニヤニヤと笑った。
その内容は肖像画集……一種の写真集のようなものだ。ややきわどいポーズのものもいくつか含まれている。
「なんだよお前、これ、キアーネ様にそっくりじゃんか! なあ、ソレル!」
「うわ、本当だ……騎士なのに王女に恋愛するとか、お前何考えてるんだよ!」
顔を真っ赤にしながら奪い返そうとするクレソン。
「うっさいな、君たちだって、同じようなものだろ? そういいながら、食い入るように見てたじゃんか!」
「はあ? んなわけねえし! お前じゃねえんだからさ!」
そういいながらもバジルは顔を赤らめながらも目を離さずに答える。
そしてその肖像画集を自身の鞄にしまうふりをして答える。
「そういうこというならこれ、ぼっしゅー!」
「あ、ちょっと待てよバジル! ……うわ!」
慌てるようにそう立ち上がろうとするクレソン。
だが立ち眩みをしたらしく、すぐにへたり込んだ。その隙にこっそりと、ソレルは見舞いの品を彼の枕元に置いた。
「ったく、冗談だよ。ほら、ベッドの下に置いとくから安心しろよ」
「まったく……冗談きついよ、バカ!」
「それだけ元気ならもう明日にはこれそうだな」
「当たり前だろ! いつまでもキアーネ様に心配かけさせないよ!」
「ならいい、早く治せよ。……ところでさ、ソレル」
そういうと、今度は真顔になってバジルはソレルに尋ねた。
「でさ。さっき話したアレ、マジだろ?」
「ああ。戦力は掴みで100。多分進軍は明日」
先ほど話した兵士の話だ。キアーネ王女の手前心配をかけさせないように話したが、そもそも兵士が国境付近にパーティーに来るわけがない。
それが攻撃準備の予兆だということは、バジルもクレソンも感づいていた。
「なるほど。私も行った方がいいか?」
「いらないよ、病み上がりのお前の力なんて」
「けど、君のとこの兵士へなちょこじゃん?」
「あん? お前が化け物なだけだろ、バカが」
そう軽口を言い合う二人に横からバジルも口を挟む。
「じゃあ俺の軍は?」
「どうせ、僕たちの兵糧目当てだろ、お前の軍は」
「バレたか」
そう軽口を言い合いながらも真剣な表情でそう答えた。
彼らは結局「軍としては動かさないが、念のため牽制として、バジルの私兵を国境付近で訓練させる」という形をとることにした。
そして話がある程度固まったあと、クレソンは嫌そうな表情をした。
「それで、その訓練の教官は私にやれってこと?」
「ああ、どうせ暇だろ、お前友達いないし。平民うちの学校にいないしさ」
「うるさいな。つーか、めんどくさ。ま、考えとくよ」
「明日までには返事くれよな。ま、とりあえず今は、さっさと風邪を治せよバカ?」
「分かったよ、アホ」
「そんじゃまた。……元気で」
「うん。……また明日」
そういってバジルとソレルの二人は部屋を後にした。
一人残された部屋で、クレソンは呆れたように呟く。
「まったく、やっとうるさいのが帰ったな……ん?」
だが、彼が枕もとを見ると、ソレルが持ってきた見舞いの品が置いてあった。
そこにあるのは、彼が読みたがっていた本と、彼の故郷で取れたカモミールティー。
クレソンが何より愛飲している銘柄だった。
クレソンはそれを見て、嬉しそうに呟く。
「ったく……。『友情ごっこ』も楽じゃないな……。しょうがない、しっかり教官として彼らの兵士を鍛えてやるとするか……」
そういいながら、クレソンはカモミールティーを淹れ始めた。
「ぶっひょおおおおおおおおお!」
その様子を双眼鏡で見ながら醜く歪んだ笑顔で興奮している女が一人いた。
……キアーネ王女だ。
「いい、最高! 男子たちが素顔でやりとりするの、見ていて眼福! ……ふひひひ!」
「ねえ、お姉ちゃん……」
その様子を見て、心の底から汚いものを見るように……実際そうだが……を見ながらルバーブ王子は姉の姿を見てそうつぶやく。
「なんで、そんな遠くで観てるのさ?」
「うっさい! 今いいところだから邪魔しないで!」
そう叫ぶその姿は、先ほどまでの美しい才女という雰囲気はまるでなく、まるで暴君が下僕に対して接するような冷たい口調だった。
ルバーブ王子は、彼女に奪い取られ……もとい、貸し出した双眼鏡を見ながら呟いた。
「はあ……まったく、お姉ちゃんは……」
そして、彼は伝書バトに手紙をしたためている。
本当は今日は、クレソンのお見舞いの後魔法の修行をする予定だった。
だが、彼女はそれをサボってここで騎士たちの言動を見守っている。その言い訳を彼は書かされている。
そしてちょうど彼が伝書バトを飛ばした後、キアーネは嬉しそうに答える。
「はあ、眼福眼福……はいルバーブ。双眼鏡ありがと」
ちょうどバジルとソレルがお見舞いを終えて部屋から出たところで、満足した様子で彼女は双眼鏡を放り投げるように
「ちょ、丁寧に扱ってよ!」
「ああ、ごめんごめん」
「けどさ、姉ちゃんはバジルさんたちが仲良くしてるのが好きなんだろ? なんでそんな遠くから観てるのさ」
そう聞くと『よくぞ聞いてくれました』とばかりにキアーネは笑みを浮かべる。
「フフン、あのね坊や。私くらいになると、普通のBLじゃ我慢できないんだよ」
「え、どういうこと?」
この世界ではすでに「BL」という言葉は普通に使われている。
「※BLってのはね、『男同士が、女の子同士のようなイチャイチャをする』ものでしょ? けどね、私はそれは興味ないの! 見たいのはリアルな友情!」
「……うん……」
(※これ以降、すべてキアーネ王女の偏見です)
面倒なことを聞いてしまったな、とばかりにルバーブ王子は呆れた様子で頷く。
「そもそもさ。お仕着せのBL漫画は読まないけど少年誌でBL描写を描くのが好きなんて珍しくないでしょ? いわゆる『男の友情』をBLに昇華してブヒるのがプロなのよ!」
「なんのプロだよ」
「バジル様やソレル様もそう! 私の前で『恋人同士』のようなBLムーヴを見せてるけど、あんなのダメ! 0点! 普通の絡みの中にLoveを見出すのが、Justice! あんたにも分かるでしょ!」
「それ、本人には迷惑なだけじゃんか……」
「でね! ああやって口では悪口を言い合っているけど本当は心の中ではツーカーで通じ合ってるの! 見たでしょ! あのお見舞いの品とかさ! もうああいうの見れたら最高なの! はあ……いいなあ、クレソン様も……」
「あ、ちょうちょ……」
「聞いてんの、あん!?」
彼が一瞬気をそらした瞬間、キアーネ王女はルバーブ王子をギロリと睨みつける。
「き、聞いてるよ!」
「ならよし。それでね……」
そういいながら、一方的に『男同士の日常生活にBL要素を見出す』という魅力について延々と早口でまくしたてる
(はあ……。自分が話す時にはこっちの意見なんか聞きゃしないくせに……こっちが話を聞かなくなると急に怒るんだもんなあ……)
そう思いながらも、ルバーブ王子は相槌を頷きながら思う。。
(はあ、妹が僕も欲しかったよ……。きっと、妹って可愛いんだろうなあ……。『妹がいる』そして『お兄ちゃんと呼ばれる』それだけで……それだけで人生の半分は勝ったようなもんじゃんか! ズルいよ! 僕の姉ちゃんと交換してくれればいいのに!)
それは、姉を持つ弟が思う魂の底から響くほどの本音だろう。
そして一通りまくしたてた後、キアーネ王女は弟に宣言するように口を開く。
「それでさ、あんたもバジル様が軍事演習をするって話も聞いたでしょ? 私もついていくつもりだから!」
「ええ!? 姉ちゃんも一緒についてくの?」
「当たり前でしょ。クレソン様とバジル様の絡み、もっとみたいから!」
「……はあ、困ったお姉ちゃんだよ……」
「なに、なんか言った?」
だが、姉は睨みつけるなり弟は背筋を伸ばして答える。
「う、ううん!?」
「よろしい。……それとこれ、今日のお礼」
そういいながらキアーネ王女はそっと自分の持つ髪飾りを渡した。
極めて高価な代物であり、彼女もある有力な豪族から貢物として受け取ったものだ。
「あれ、これ……」
「あんた、彼女と喧嘩したんでしょ。これあげて仲直りしなよ」
「知ってたんだ……」
因みにルバーブ王子は王位継承権がない分、自由に恋愛を楽しんでいるのをキアーネ王女は知っていた。
それについては彼も多少姉に対して後ろ暗さを持っていたが、等のキアーネは自分の恋愛より『男同士の絡み』を見たがるので気にしていないのだが。
その髪飾りを見て、ルバーブ王子は思わず顔をほころばせる、
「へえ、たまにはいいとこあるじゃん、お姉ちゃん……」
「うっさい。それとさ、あんたもクレソン様の訓練に付き添えるようにお願いしてあげるから。たっぷり鍛えられてきな」
「いいの?」
ルバーブ王子は、剣に並々ならぬ情熱を持っている。
そのことを知っているためか、キアーネ王女は力強く笑った。
「勿論、あんたをダシにするためだけどね」
「ま、まあそういうことなら……分かったよ、お姉ちゃん」
通常、飴と鞭を使い分けるのが、姉はとてもうまい。
ルバーブは嬉しそうに笑いながら答える。
「それにしてもさ、お姉ちゃん」
「なに?」
「さっき、すげー下品な顔だったよ、さっきの騎士様を見ているとき」
「分かってるよ。まあ、こんな姿男には見せられないから」
「……姉ちゃんにとって、俺は男じゃないってこと?」
その質問に信じられないといった表情をするキアーネ。
「当たり前でしょ、知らなかったの?」
「知ってた」
「でしょ」
「それじゃ、急いで帰ろっか。早く馬車に乗って?」
そういうと、彼は馬車のドアを開けた。
「うん。じゃ、帰りもよろしく」
「はいはい」
そんな風に軽口を叩きながら、ルバーブ王子は馬車を走らせた。




