第8話:増築御礼、神業シナジー
伝説の鍛冶師ネルを仲間に加え、俺たちの帰路は奇妙なものになった。ネルは、初対面の俺たち、特に男である俺にまだ慣れないのか、終始シルフィの後ろに隠れるようにして歩いている。しかし、その手には「私の魂」と言って譲らなかった巨大なハンマーが握られており、なんともアンバランスな光景だった。
そして、俺たちの拠点であるログハウスに到着した時、ネルは人生で最大級の衝撃を受けることになった。
「な……な……」
ネルは、目の前の光景を前に、言葉を失っていた。
「地面から生えてきたログハウスに、全自動で野菜が採れる畑、それから、完璧な露天風呂よ」
シルフィが、もはや手慣れた様子で、淡々とネルに説明する。ネルは、信じられないものを見る目で、ログハウスと畑と俺の顔を、何度も見比べていた。
「ぜ、ぜんぶ……ユウキの、仕業……?」
「まあ、俺のスキルのおかげ、かな」
俺が曖昧に笑うと、ネルは「ひぃ」と小さな悲鳴を上げて、またシルフィの後ろに隠れてしまった。どうやら彼女の中で、俺は「人見知りをステージに上げる変態」から、「常識を破壊する魔王か何か」にランクアップしたらしい。不本意だ。
家に入ると、ネルはキョロキョロと物珍しそうに辺りを見回している。
「さて、問題はネルの寝床だな。ベッドは二つしかないし……」
「わ、私は……床で……」
「そんなわけにいかないだろ。うーん、一部屋増やすか……できれば、ネル専用の作業場も兼ねた、小さな離れみたいなのがあれば最高なんだが……」
俺がそう呟いた、瞬間。
ゴゴゴゴゴ……トン、カン、コン! ピローン♪
もはや聞き慣れた建築音が、ログハウスの隣から聞こえてきた。
俺たちが外に出てみると、そこにはログハウスと渡り廊下で繋がった、こぢんまりとしつつも機能的な、新たな建物が増築されていた。煙突がついているあたり、小さな炉も完備しているのだろう。
「……」
ネルは、口をあんぐりと開けたまま、完全に固まっている。
「慣れるしかないわ、ネル。これが、私たちの日常よ」
シルフィが、達観した様子でネルの肩をポンと叩いた。
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その夜の夕食は、新メンバーの歓迎会も兼ねて、少し豪華なものになった。
主役は、ネルが作った神器レベルの包丁だ。
シルフィが獲ってきた鳥の肉に、ネル作の包丁を当てて、すっと引く。すると、筋や骨も関係なく、まるでバターのように肉が切り分けられていく。全自動畑で採れた、石のように硬いカボチャも、この包丁の前では赤子の手も同然だった。
「すごい……! 料理が、こんなに楽だなんて……!」
調理担当のシルフィが、感動に打ち震えている。
出来上がったシチューは、今まで食べたどんなご馳走よりも美味しかった。素材の味が最大限に引き出されているのが、素人の俺にも分かる。
ネルは、最初は恐縮して隅の方で小さくなっていたが、「この料理が美味しいのは、ネルの包丁のおかげだ」と俺たちが口々に褒めると、まんざらでもない様子で、はにかみながらシチューを口に運んでいた。
自分が作った道具が、誰かを笑顔にし、食卓を豊かにする。その事実が、彼女の心を少しずつ溶かしていくのが分かった。
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翌日から、ネルの真価が発揮され始めた。
一晩ログハウスで過ごし、少しだけこの異常な環境に慣れた彼女は、プロの職人の目で、俺たちの生活を観察し始めたのだ。
「……ユウキのスキルはすごいけど、作りが雑」
増築された自分の工房で、ネルはぶっきらぼうにそう言った。
「テーブルも椅子も、形にはなっているけど、強度や座り心地が計算されていない。お風呂も、お湯が冷めやすいし、温度調節ができないのは欠陥」
的確なダメ出し。さすがはプロだ。
そう言うが早いか、ネルは自分の工房に篭り、一日中ハンマーを振るい続けた。
そして、夕方になる頃には、俺たちの生活は劇的な進化を遂げていた。
まず、ログハウスの家具が全て作り替えられた。新しいテーブルと椅子は、シンプルながらも身体に完璧にフィットし、何時間座っていても疲れない極上の座り心地だった。
次に、露天風呂。ネルは、どこからか見つけてきた鉱石でボイラーとパイプを作り上げ、完璧な給湯システムを構築してしまった。これにより、いつでも好きな温度のお湯に浸かれるようになった。
さらに、全自動畑で使うクワやジョウロも、ネルの手によって改良され、野菜の育ちが以前にも増して良くなった気がする。
俺の【ギャグ】スキルが生み出す、デタラメで大雑把な「創造」。
ネルの職人技が生み出す、緻密で完璧な「改良」。
二つのチート能力が組み合わさった結果、とんでもないシナジーが生まれ、俺たちの生活レベルは、もはや王侯貴族すら裸足で逃げ出すレベルにまで爆発的に向上していった。
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シルフィとネルも、すっかり打ち解けたようだった。
森を知り尽くしたシルフィが、ネルの鍛冶に必要な珍しい鉱石や木材を探してきて、ネルがそれを使って、シルフィの弓矢を改良する。そんな共同作業を通して、二人の間には姉妹のような絆が芽生え始めていた。
その日の夜。
完璧な湯加減に調整された露天風呂に浸かりながら、俺は隣で気持ちよさそうにしているシルフィとネル(恥ずかしがっていたが、無理やり連れてきた)の姿を眺めていた。
「どうだ、最高の風呂だろ?」
「……うん」
「……ええ、本当に」
ネルとシルフィが、同時に頷く。その横顔は、幸せそうに湯気の中で輝いていた。
ログハウス、工房、畑、風呂。そして、信頼できる仲間たち。
ふと、俺たちの拠点を空から見たら、どんな風に見えるのだろう、と思った。
それはもう、単なる森の家ではない。一つの機能的な共同体。小さな、村の原型とでも呼ぶべきものが、ここには確かに生まれつつあった。
追放されて、わずか十日あまり。
俺は、かつての人生では決して手に入れられなかった、温かくて、賑やかで、かけがえのないものを、その両腕いっぱいに抱きしめていた。