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第6話:引きこもり鍛冶師と突然のステージ

辺境でのスローライフは、神に祝福されているとしか思えないほど順風満帆だった。

 食、住、風呂、娯楽。生活に必要なものは、俺が「あったらいいな」と願うたびに、【ギャグ】スキルが珍妙な奇跡を起こして全て揃えてくれた。

 だが、完璧に見えた生活にも、ほんの少しだけ不満点が出てきた。それは、道具の質だ。


「……うーん、切れ味が悪い」

 俺は、キッチンにいつの間にか備え付けられていた包丁を手に、首をひねっていた。全自動畑で採れたニンジンを切ろうとしているのだが、どうにも切れ味が鈍い。他の道具、例えば薪を割るための斧や、畑をいじるためのクワも、使えなくはないが、どこか頼りなかった。

「しょうがないわ。そのあたりに生えてきた道具だもの」

 シルフィが呆れたように言う。どうやら彼女の中で、俺のスキルは「都合よく物を生やす能力」として認識が固まったらしい。間違ってはいないが。


「ちゃんとした道具が欲しいわね。特に、ナイフや矢じりは、腕のいい職人が作ったものじゃないと」

 森の番人である彼女にとっては、切実な問題だろう。

「職人、か。こんな森の奥にいるわけ……」

「いるかもしれないわ」

 俺の言葉を遮り、シルフィは真剣な表情で言った。

「この森の西に、昔ドワーフたちが使っていた古い鉱山があるの。今はもう廃坑になっているけれど、伝説の鍛冶師の一族が、今でも人知れずそこで炉の火を守っているっていう言い伝えがあるわ」

「伝説の鍛冶師……」

 なんだか、RPGのイベントみたいな話だった。だが、この世界では、そういう話が現実だったりする。


. . . . . . . . . . . . . . . . . . .

 腕のいい鍛冶師がいるのなら、それに越したことはない。俺たちは、その伝説とやらを頼りに、西の廃坑へと向かうことにした。クロも、もちろん一緒だ。巨大な護衛がいるというのは、実に心強い。


 半日ほど歩くと、岩肌が剥き出しになった山の麓に、ぽっかりと口を開けた洞窟が見えてきた。廃坑の入り口だ。入り口は崩れかけた木材で補強されており、不気味な雰囲気を漂わせている。


「……本当に、こんな所に人が?」

「分からない。でも、奥から微かに熱気を感じるわ。炉が動いているのかもしれない」

 シルフィの言う通り、入り口に立つと、洞窟の奥から生暖かい空気が流れてくるのを感じた。俺たちは顔を見合わせ、意を決して中へと足を踏み入れた。


 洞窟の中は、ひんやりと湿っていた。壁には松明がところどころ灯っており、人の手が入っていることは確かだった。しばらく進むと、道が大きく開け、巨大な空洞に出た。

 そこは、ドワーフの仕事場だった。

 中央には巨大な炉があり、真っ赤な炎が轟々と燃え盛っている。壁際には金床やハンマー、様々な工具が整然と並べられ、棚には息をのむほど見事な剣や鎧が飾られていた。そのどれもが、一級品どころか、国宝級と言っても差し支えないほどのオーラを放っている。


 そして、その金床の前に、一人、少女がいた。

 背はシルフィよりもさらに低く、幼い印象を受ける。しかし、その小さな身体で、自分よりも大きなハンマーを軽々と振り回していた。亜麻色の髪を無造作に二つに結び、顔は煤で汚れている。ドワーフの少女だろう。

 カン! カン! とリズミカルに響く槌の音。彼女は俺たちの存在に気づいていないのか、ただひたすらに、目の前の鉄塊を叩くことに集中していた。


「あの……すみません」

 シルフィが、控えめに声をかけた。

 その瞬間、少女の動きがピタリと止まる。

 少女は、ギギギ、と油の切れたブリキ人形のように、ゆっくりとこちらを振り返った。そして、俺たちと目が合うと。


「ひっ!?」


 蚊の鳴くような悲鳴を上げ、ガタガタと震え出した。そして、次の瞬間には、一番近くにあった金床の影に、さっと隠れてしまった。


「え……?」

 シルフィと俺は、顔を見合わせる。

「あ、あの、私たちは怪しい者じゃ……」

「あ、あ、あ……」

 金床の影から、か細い声が聞こえる。

「だ、だれ……? な、なんの、よう……?」

 声は、恐怖と緊張で完全に上ずっていた。とんでもない人見知りらしい。


「私たちは、道具を作ってもらいたくて。あなたの腕は素晴らしいわ。お願い、話を聞いてくれないかしら」

 シルフィが優しく語りかけるが、効果はないようだった。

「む、むり……! し、知らない人、こわい……! か、帰って……!」

 完全に心を閉ざしてしまっている。これでは、交渉どころか、会話もおぼつかない。

. . . . . . . . . . . . . . . . . . .

(うーん、これは重症だな……)

 俺は腕を組み、金床の影でプルプル震えるドワーフの少女を眺めた。

 あれだけの腕を持ちながら、極度の人見知りで引きこもり。もったいないにも程がある。なんとかして、彼女の心の壁をこじ開けることはできないだろうか。


(それにしても、この緊張っぷり。まるで、大観衆の前にいきなり立たされた新人アイドルみたいだ……)


 そんな馬鹿なことを考えた、瞬間だった。

 ビュンッ、と俺の真横を何かが通り過ぎ、少女のいる金床の前に、ズサッと突き刺さった。

 マイクスタンドだった。


「「「えっ?」」」


 俺とシルフィ、そして金床の影の少女の声が重なる。

 そして、次の瞬間。

 洞窟の天井から、まばゆい光が降り注いだ。舞台照明用のスポットライトだ。その光は、寸分の狂いもなく、金床の影に隠れる少女を照らし出している。


 ジャジャジャジャーン!!


 どこからともなく、アップテンポでキラキラしたアイドルソングの前奏が、大音量で洞窟内に鳴り響き始めた。


「な、ななな、なんなのこれぇぇぇ!?」

 スポットライトを浴びた少女が、パニックを起こして叫ぶ。

 彼女の目の前には、マイクスタンド。頭上からはスポットライト。耳にはアイドルソング。あまりの急展開に、彼女の脳は完全にキャパシティオーバーを起こしていた。


 俺の【ギャグ】スキルが、またしても俺のくだらない空想を、完璧な形で具現化してしまったのだ。

 極度の緊張を、さらに極度の緊張(ただし種類が違う)で上書きする、荒療治にも程がある奇策。


「あ……あぅ……」

 少女は、あまりの出来事に、恐怖も緊張もどこかへ吹き飛んでしまったようだった。ただ、あんぐりと口を開け、キラキラと点滅するスポットライト(ご丁寧に星形やハート形のエフェクトまでついている)を、呆然と見上げている。

 鳴り響いていた音楽が、ピタリと止む。スポットライトも消え、洞窟は元の静けさを取り戻した。


 後に残されたのは、マイクスタンドと、魂が抜けたように放心しているドワーフの少女と、俺たちだけ。

 やがて、少女は我に返り、真っ赤な顔で俺たちを指差した。


「い、い、今の……な、なんなのよぉぉぉっ!?」

 その声は、先ほどまでの怯えた声とは違い、羞恥と混乱に満ちてはいたが、しっかりと芯が通っていた。


 どうやら、俺の世界で最も奇妙なカウンセリングは、成功したらしい。

 俺はにっこりと笑いかけ、改めて自己紹介をすることにした。

「俺はユウキ。こっちがシルフィ。見ての通り、怪しい者じゃない。……改めて、君の名前と、俺たちの頼みを聞いてもらえないかな?」


 俺の言葉に、ドワーフの少女――後に、俺たちの二人目の仲間となるネルは、顔を真っ赤にしながらも、こくりと小さく頷いたのだった。

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