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第4話:全自動野菜収穫畑とお風呂はロマン

辺境の森での二日目の朝は、鳥のさえずりと、窓から差し込む柔らかな木漏れ日で始まった。

 ふかふかのベッドの上で目を覚ました俺は、数秒間、自分がどこにいるのか分からなかった。勇者パーティーにいた頃の、硬い寝袋と地面の感触とはあまりにも違う。昨日、俺のスキルが勝手に生み出したログハウス。その快適すぎる寝心地に、身体がまだ慣れていないらしかった。


「……ん」

 隣のベッドでは、シルフィがまだすやすやと寝息を立てていた。無防備なその寝顔は、森の番人という凛とした普段の姿とはギャップがあり、なんだか可愛らしい。巨大なクロは、暖炉の前で丸くなって、こちらも穏やかな寝息を立てている。

 平和だ。これ以上ないほどに。


(さて、今日の予定は……何もないな)

. . . . . . . . . . . . . . . . . . .

 魔物を討伐するわけでも、ダンジョンに潜るわけでもない。誰かに命令されることも、役立たずと罵られることもない。何をしてもいいし、何もしなくてもいい。その事実が、たまらなく嬉しかった。


 しばらくして、シルフィも目を覚まし、二人と一匹の静かな朝が始まった。

 朝食は、もちろん昨日の残りのポップコーンだ。美味しいのだが、さすがに三食これだと飽きる。


「やっぱり、ちゃんとした食料を確保しないとね」

 シルフィが、もそもそとポップコーンを頬張りながら言う。

「そうだな。狩りをするか、何か採集してくるか……」

「狩りなら私が。この森の動物の居場所は把握しているわ。あなたは……」

 シルフィの視線が、俺を値踏みするように見る。その目に「戦闘能力はゼロよね」と書かれているのが、ありありと分かった。

「俺は、まあ、家の周りの安全確保でもしておくよ」

 我ながら情けない返答だった。


. . . . . . . . . . . . . . . . . . .

 シルフィが弓を手に森の奥へと消えていくのを見送った後、俺はログハウスの周りをぶらつき始めた。

(食料、かぁ……)

 狩りはシルフィに任せるとして、野菜も欲しいところだ。毎日安定して収穫できる畑があれば、理想的なスローライフにぐっと近づく。

 地面は肥沃そうだし、日当たりも悪くない。畑を作るには絶好の場所だろう。問題は、俺に農業の知識がほとんどないことと、種も鍬もないことだった。


(ああ、もう……めんどくさいな。全自動で、種を蒔いたらすぐに育って、しかも勝手に収穫してくれる都合のいい畑、とかないかなぁ……)


 昨日ログハウスを生成した成功体験から、俺の思考は完全に他力本願、もといスキル頼りになっていた。都合のいい空想を垂れ流す。それが、俺の最強スキルを発動させる唯一のトリガーなのだから。


 すると、案の定。

 身体の芯がムズムズし、世界が俺の願いを叶えようと動き出すのを感じた。


 カシャン!


 目の前の地面に、唐突に木製の看板が突き刺さった。そこには、気の抜けた丸文字でこう書かれている。


『ユウキ印のゴキゲン♪プランター』


「……なんだこれ」

 看板が刺さった地面は、いつの間にか綺麗に耕され、ふかふかの土が畝を作っていた。完璧な畑だ。そして、その土の上には、ご丁寧に数種類の野菜の種らしきものが入った袋まで置かれている。袋のラベルには「とりあえずこれを蒔いてみよう!」と、これまた気の抜けた文字で書かれていた。


「……至れり尽くせりだな」

 俺は苦笑しながら、袋の中の種をパラパラと畑に蒔いてみた。

 すると、信じられないことが起こった。

 種が地面に落ちた瞬間、まるで意思を持っているかのように土の中に潜り込み、次の瞬間には、にょきにょきと芽を出し始めたのだ。


 ぐんぐん、ぐんぐん!


 効果音すら聞こえてきそうな勢いで、芽は苗に、苗は立派な野菜へと成長していく。トマトが赤く色づき、レタスが葉を広げ、ニンジンが土から頭を出す。種を蒔いてから、わずか数十秒の出来事だった。


「はは……もう驚かないぞ」

 俺がそう呟いた、次の瞬間。

 成長しきったトマトが、自らの意思でヘタからプチリと離れ、宙に浮いた。そして、近くにあった小川まで飛んでいくと、チャプンと水に入って勝手に体を洗い始めたのだ。

 綺麗になったトマトは、再びふわりと浮き上がると、ログハウスの玄関先に置かれていたカゴの中に、コトリと自ら収まった。

 他の野菜たちも、次々とセルフ収穫&洗浄をこなし、カゴの中に整列していく。


 まさに、全自動野菜収穫畑。俺のくだらない空想が、またしても完璧な形で実現してしまった。


. . . . . . . . . . . . . . . . . . .

 ちょうどその時、狩りを終えたシルフィが森から戻ってきた。彼女は大きな鳥を仕留めてきたようで、その手には獲物がぶら下がっている。

「ユウキ、見て。今日の……」

 彼女は、俺の目の前で起こっている光景を見て、言葉を失った。

「……夕食」


 宙を舞い、勝手にカゴに収まっていく色とりどりの野菜たち。その傍らで、腕を組んで満足げに頷いている俺。

 シルフィは手に持っていた獲物をポトリと地面に落とし、こめかみを押さえた。


「……もう、何も聞かないわ。あなたの周りでは、こういうことが日常なのね……」

 彼女の瞳には、諦観の色が浮かんでいた。順応が早い。さすが、過酷な森で生きてきただけはある。


. . . . . . . . . . . . . . . . . . .

 新鮮な野菜と、シルフィが仕留めてくれた鳥で、その日の夕食は望外の馳走となった。調理器具も、いつの間にかログハウスのキッチンに完備されていた。

 満腹になった俺たちが暖炉の前でくつろいでいると、ふと身体の汚れが気になった。森の中を歩き回り、畑仕事(?)もした。汗を流したい。


「お風呂、欲しいな」

 俺がぽつりと呟くと、シルフィがびくりと反応した。

「ま、また何かする気なの!?」

「いや、だって風呂は必要だろ? 男のロマンだ」

「ロマン……?」

 きょとんとするシルフィ。エルフの文化に、そういうものはないのかもしれない。


「いいか、シルフィ。疲れた体を癒すには、湯船にゆっくり浸かるのが一番なんだ。できれば、満点の星空を眺められるような、開放的な露天風呂が最高で……」


 俺が熱弁を振るっていると、またしても、あのスキル発動の予兆がやってきた。

 今度は、ログハウスの裏手から、ゴゴゴ……という地響きが聞こえてくる。


 俺とシルフィは顔を見合わせ、恐る恐る裏手へ回ってみた。

 そこには、見事な岩風呂が完成していた。

 天然の岩をくり抜いたような湯船、竹筒から絶えず注がれる透明な湯、そして立ち上る心地よい湯気。周囲は木々に囲まれているが、頭上だけがぽっかりと開けていて、夜空を仰げるようになっている。完璧な、理想の露天風呂だった。


「……」

 シルフィは、もはや言葉も出ないようだった。

 俺は湯船に手を入れてみる。ちょうどいい湯加減だ。


「よし! 入るか!」

「えっ、い、今から!?」

「当たり前だろ! 最高の風呂は、できたてが一番だ!」

「で、でも……その……」

 もじもじと頬を染めるシルフィ。ああ、そうか。男女が一緒に入るという発想がなかった。


「わ、わかってるよ! 交代で入る! 俺が先な!」

 俺は慌ててそう言うと、服を脱ぎ捨てて湯船に飛び込んだ。


「あ゛〜〜〜……」


 思わず、おっさんのような声が漏れる。

 手足を伸ばし、身体の芯から温まっていく感覚。見上げれば、満天の星。

 ここは本当に、あの過酷なファンタジー世界なのだろうか。


 食と住、そして風呂。

 スローライフに不可欠な三大要素が、わずか二日で完璧に揃ってしまった。

 俺の追放生活は、もはやスローライフの域を超えて、神々の休暇とでも言うべきレベルに達しつつあった。

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