第30話:村の誕生と、ざまぁの始まり
リリスが、人知れず、魔王軍との決別を果たした、その頃。
俺たちの楽園は、新たな、そして、必然ともいえる転換期を、迎えようとしていた。
その兆しは、俺たちがかつて助けた、あの商人によって、もたらされた。
ある晴れた日の午後、俺たちがガゼボでネル作の『全自動かき氷機』を囲んでいると、クロが、森の入り口に向かって、歓迎するかのように「ワフン」と一声鳴いた。
見ると、古道の方から、一台の馬車が、ゆっくりとこちらに向かってくるのが見えた。
馬車を引いているのは、見覚えのある顔。先日、盗賊から助けた、あの商人だった。
「おお! 聖霊様! またお会いできて、光栄の至り!」
商人は、馬車から飛び降りると、俺たちの前にひれ伏さんばかりの勢いで、頭を下げた。
彼の馬車の荷台には、布や香辛料など、様々な商品が積まれている。彼は、俺たちへの感謝の印として、彼の扱う最高級の商品を、届けに来てくれたのだった。
「いやいや、頭を上げてくれよ。聖霊様なんて、やめてくれ」
俺は苦笑しながら、彼をガゼボへと招き入れた。
そして、俺たちの生活の変化に、彼は、再び、度肝を抜かれることになった。
ガゼボ、かき氷機、そして、メンバーが増えていること。特に、リリの、この世のものとは思えない美貌と、ザーグの、見るからにただ者ではない威圧感に、彼は、ますます「ここは、神々の住まう聖域だ」という思いを強くしたようだった。
その日の夕方。
商人が、どうしても、と懇願するので、俺たちは、彼を夕食に招待することにした。
食卓に並んだのは、全自動畑で採れた野菜と、シルフィが仕留めた鳥、そして、ザーグが完璧に捌いた猪の肉を使った、豪勢なバーベキューだった。ネルが開発した『無煙炭火グリル・ドラゴンブレス』は、煙を一切出さずに、肉を最高の状態に焼き上げる。
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その味は、もちろん、絶品だった。
商人は、一口食べるごとに、「天上の味だ!」と涙を流して感動していた。
食事が終わり、彼が、名残惜しそうに、帰りの準備をしていた時のことだった。
「……あの、聖霊様」
彼は、意を決したように、俺に向き直った。
「実は、私の街には、様々な事情で、居場所を失った者たちが、大勢おります。病気の家族を抱え、満足な暮らしができない者。不当な扱いを受け、故郷を追われた亜人たち……」
彼の目は、真剣だった。
「もし、もしも、お許しいただけるのでしたら……彼らを、この地に、導いても、よろしいでしょうか。もちろん、聖霊様がたの、ご迷惑にならないように、いたします。ただ、この楽園の、ほんの片隅でもいい。彼らが、安心して暮らせる場所を……」
その、魂からの願いに、俺は、何も言えなかった。
俺は、シルフィたちの顔を見る。
シルフィも、ネルも、ミオも、そして、リリも。皆、かつては、それぞれの理由で、居場所を失っていた者たちだ。
彼女たちの瞳が、答えを物語っていた。
断る理由など、どこにもなかった。
「……好きに、してくれ」
俺が、そう答えると、商人は、再び、涙を流して、何度も、何度も、頭を下げた。
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その数日後。
古道を通って、最初の一団が、やってきた。
病気の妻の手を引く、老いた木工職人。
人間の街で、迫害されていた、エルフの親子。
戦で、片腕を失った、元兵士。
彼らは皆、人生に疲れ果て、希望を失った顔をしていた。
だが、この楽園の、穏やかで、豊かな光景を目の当たりにし、そして、俺たちが、何の分け隔てもなく、彼らを歓迎すると、彼らの顔には、少しずつ、生気が戻っていった。
俺のスキルは、ここでも、遺憾無く発揮された。
彼らが住むための、質素だが、清潔な家々が、あっという間に、地面から生えてきた。
病気の妻は、この土地の清浄な空気と、滋養に満ちた食事で、みるみるうちに、顔色を取り戻していった。
木工職人は、工房を欲しがった。元兵士は、畑仕事を手伝いたいと申し出た。エルフの親子は、シルフィと共に、森の薬草を集めることを、生きがいにした。
それぞれが、自分にできることを見つけ、助け合い、そして、笑い合う。
俺が、最初に思い描いていた、静かなスローライフとは、少し違ってきたかもしれない。
だが、この、賑やかで、温かくて、誰もが笑顔でいられる、この場所は……。
「……村、だな」
俺が、ぽつりと呟くと、隣にいたシルフィが、幸せそうに、頷いた。
「ええ。私たちの、村よ」
こうして、誰が名付けたか、『ギャグの村』が、この地に、産声を上げた。
それは、どんな地図にも載っていない、世界で一番、豊かで、平和で、そして、少しだけ、おかしな奇跡に満ちた、始まりの村。
そして、この村の噂は、やがて、大陸全土へと、広がっていくことになる。
それは、俺たちが追放した、あの勇者たちの耳にも、届くことになるだろう。
自分たちが、絶望の淵でもがいている間に、自分たちが捨てた男が、自分たちが救うべきだった人々を集め、理想郷を作り上げている、という、残酷な現実として。
俺の、ささやかな復讐――いや、「ざまぁ」の物語は、まだ、始まったばかりだった。




