第27話:もう遅い
三日目の朝。勇者パーティーの傷は、完全に癒えていた。
肉体的には。
彼らの心は、この三日間、楽園の光景を強制的に見せつけられたことで、むしろ出会った時よりも深く、致命的に傷ついていた。
その朝、俺は、仲間たち全員を伴って、彼らが滞在する東屋へと向かった。
シルフィ、ネル、ミオ、リリ、そしてザーグ。クロも、俺の足元で低く喉を鳴らしている。
俺の新しい家族が、俺の背後を、静かに、しかし力強く固めてくれていた。
俺の姿を認めると、アレクたちが、緊張した面持ちで立ち上がる。彼らの顔には、この数日で刻まれた、深い疲労と、わずかな、しかし捨てきれない希望の色が浮かんでいた。
俺は、単刀直入に、そして、一切の感情を込めずに告げた。
「傷は癒えたようだな。……もう、出て行ってくれ」
それは、交渉の余地のない、最終通告だった。
その言葉が、彼らの最後の望みを打ち砕く引き金となった。
「ま、待ってくれ、ユウキ!」
アレクが、必死の形相で声を上げる。
「考え直してくれ! これは、世界のためなんだ! 魔王を倒すという、我々の使命を……君のその力を、こんな辺境で腐らせていいはずがない!」
「我々が悪かったことは認めるわ」
リナが、冷静な、しかし、その奥に焦りを滲ませた声で続く。
「だから、取引をしましょう。富、名声、地位、あなたが望むものは何でも用意するわ。あなたのそのスキルの価値を、私たちは、今度こそ正しく評価すると約束する」
「そうだぜ、ユウキ! 俺たち、また昔みたいに……!」
ゴードンも、何かを言おうとするが、その言葉は、空虚に響くだけだった。
そして、最後に、ソフィアが一歩前に進み出た。
彼女は、深く、深く、頭を下げた。
「ごめんなさい……ユウキさん……! 本当に、ごめんなさい……! 私たちは、あなたに、取り返しのつかないことをしました……! 許してほしいなんて、言えません……。でも……それでも……!」
彼女の涙ながらの謝罪だけが、唯一、本物のように聞こえた。
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俺は、彼らの言葉を、最後まで、黙って聞いていた。
そして、一人一人に、答えるように、静かに、口を開いた。
「アレク。あんたが言う『使命』ってのは、俺を荷物持ちとしてこき使い、罵倒することだったのか? 俺には、新しい『使命』ができた。ここにいる、俺の家族を、毎日笑わせるっていう、最高に楽しい使命がな」
「……ッ」
「リナ。あんたが言う『価値』ってのは、便利な道具としての価値だろ? 残念だったな。俺は、もう誰かの道具でいるのはやめたんだ。それに、あんたたちが差し出せるどんな富よりも、ここの皆と食べる、ミオが採ってきた木の実一つの方が、俺にとっては価値がある」
「……」
「ゴードン。『昔みたいに』? 冗談だろ。あんたに、毎日『役立たず』って罵られる日々に、俺が戻りたいとでも思ったのか?」
「……ぐ……」
そして、俺は、ソフィアに向き直った。
その瞳は、涙で濡れていたが、まっすぐに俺を見つめていた。
「ソフィア。あんたの謝罪は、受け取っておく。あんただけが、俺を、少しだけ、人間として見てくれていたのは、知ってるからな。……でも、謝罪一つで、何もかもが元通りになるほど、世界は甘くない。それは、聖女であるあんたが、一番よく知っているはずだ」
俺は、全員の顔を、ゆっくりと見回した。
そして、この再会を締めくくる、最後の言葉を、告げた。
「あんたたちは、俺に戻ってきてほしい、と言った。だが、それは、根本的に間違っている」
俺は、自分の胸を、指で、とんと叩いた。
「あんたたちが知っている『ユウキ』は、もう、どこにもいないんだよ。臆病で、無力で、あんたたちの顔色ばかり窺っていた、あの頃の俺は……あんたたちが、この手で、殺したんだ」
その言葉は、刃となって、四人の胸を深く、貫いた。
「そして、俺は、そのことに、心から感謝している。あんたたちが俺を捨ててくれたおかげで、俺は、本当の自分と、本当の幸せを見つけることができた。俺は、今、最高に幸せだ。俺の隣には、俺を必要としてくれる、最高の家族がいる」
俺は、背後に立つ、シルフィ、ネル、ミオ、リリの顔を、愛おしさを込めて見つめる。彼女たちもまた、力強い眼差しで、俺を見守ってくれていた。
「だから、答えは、ノーだ。俺は、戻らない。……もう、遅いんだよ」
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「もう、遅い」。
その言葉は、死刑宣告のように、静かな森に響き渡った。
彼らの顔から、最後の希望の色が、完全に消え失せる。
もう、言うべき言葉は、何もなかった。
アレクが、リナが、ゴードンが、ソフィアが、力なく、踵を返す。その背中は、世界の全てを失った、ただの敗残者のそれだった。
彼らが、森の中へと消えようとした、その時。
「……待て」
俺は、彼らを呼び止めた。
アレクが、最後の、本当に最後の、奇跡を期待するかのように、振り返る。
だが、俺が告げたのは、彼らが望む言葉ではなかった。
「ザーグ。あれを、渡してやってくれ」
俺の指示で、ザーグが、大きな荷物袋を、彼らの前に、どさりと置いた。中には、森を安全に抜けるのに、十分すぎるほどの食料と、回復薬が詰まっている。
「……なんだ、これは。最後の、情けか……」
アレクが、絞り出すように言った。
「違うな。後始末だよ」
俺は、冷たく、言い放った。
「俺の家の前で、勇者様一行が飢え死にしました、なんてことになったら、後味が悪いし、面倒だ。だから、これを持って、さっさと、俺の視界から消えてくれ。そして、二度と、この森に近づくな」
それは、友情でも、同情でもない。
ただ、迷惑なゴミを、丁寧に処理するような、完全な、他人としての行為だった。
その、最後の、決定的な一撃が、勇者たちの心を、完全にへし折った。
彼らは、何も言わず、荷物袋を拾うと、今度こそ、本当に、森の奥へと消えていった。
その姿が、完全に見えなくなるまで、俺たちは、見送っていた。
やがて、ミオが、俺の服の裾を、きゅっと掴んだ。
「……ユウキ、大丈夫?」
俺は、振り返り、俺の新しい家族の顔を、一人一人、見つめた。
そして、心の底から、晴れやかな笑顔で、言った。
「ああ、大丈夫だ。……いや、最高だ。さて、と……過去の精算は、終わり! 今日は、ネルが新しく作ってくれた、『全自動パンケーキ焼き機』の、試運転をするんじゃなかったか?」
俺の言葉に、シルフィも、ネルも、ミオも、リリも、顔を見合わせて、ぱあっと、花が咲くように、笑った。
過去は、もう、ない。
俺たちの、温かくて、賑やかで、そして、最高に楽しいスローライフは、今、ここから、また、新たに始まるのだ。




