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第26話:届かない楽園

勇者パーティーが、ユウキたちの「施し」を受けてから、二日が過ぎた。

 伝説級の薬草と、聖女ソフィアの回復魔法、そして、滋養に満ちた食事。それらによって、彼らの傷は驚異的な速さで癒えていった。ゴードンの深手もすっかり塞がり、リナの魔力も回復し、アレクの体力も、ほぼ元通りになった。

 だが、彼らの心の傷は、癒えるどころか、日増しに深く、抉られていった。


 彼らが滞在を許されたのは、ログハウスから少し離れた場所に、ザーグとミオが建てた、簡素な東屋だけだった。屋根はあり、雨風はしのげる。だが、それだけ。

 そこは、まるで舞台の観客席のようだった。

 目の前には、手の届かない舞台――ユウキたちが暮らす、あまりにも幸福な楽園の日常が、朝から晩まで、否応なく繰り広げられるのだ。


 朝、彼らが目を覚ますと、すでに楽園は活気に満ちていた。

 ザルガス――いや、ユウキたちが「ザーグ」と呼ぶ、あの魔王軍幹部は、楽しげに鼻歌を歌いながら、畑を耕している。その剛腕から繰り出される一振りは、大地を揺るがすほどの力強さでありながら、作物を一切傷つけない、完璧な制御を見せていた。魔王軍最強クラスの戦士が、心からの喜びをもって、農業に勤しんでいる。その光景は、アレクたちの常識を、根底から破壊した。


 昼、ネルというドワーフの少女が、工房から出てきて、ユウキに何か新しい発明品を披露していた。それは、ゼンマイ仕掛けで、自動でお茶を淹れてくれる人形のようだった。ユウキと少女たちが、その可愛らしい人形の動きに、屈託なく笑い合っている。国宝級の技術を持つであろう伝説の鍛冶師が、彼らの笑顔のためだけに、その神業を、惜しげもなく使っているのだ。

. . . . . . . . . . . . . . . . . . .

 午後になると、シルフィとミオが、森の探検から帰ってくる。彼女たちのカゴは、色とりどりの果実や、見たこともない珍しいキノコでいっぱいだった。その表情には、危険な森を探索してきたという緊張感など微塵もなく、まるでピクニックの帰りのように、楽しげだった。

 そして、最近仲間になったらしい、リリという黒髪の美しい少女は、なぜか畑仕事に夢中になっていた。彼女が収穫した真っ赤なトマトを、ユウキがその場で丸かじりし、「うまい!」と笑う。リリは、顔を赤らめながらも、嬉しそうにはにかんでいた。


 その全ての中心に、ユウキがいた。

 彼は、誰かに命令するわけでも、威張るわけでもない。ただ、ガゼボの椅子に座って本を読んだり、少女たちの話に、楽しそうに相槌を打ったりしているだけ。

 だが、彼が、この楽園の「王」であることは、誰の目にも明らかだった。

 彼は、力で支配する王ではない。ただ、そこにいるだけで、皆を笑顔にし、皆から愛される、心優しき、楽園の主。

 自分たちが、足手まといだと、無能だと、石ころのように捨てた男の、真の姿だった。


 その光景を、勇者パーティーの四人は、それぞれの思いを胸に、ただ、見つめることしかできなかった。


 アレクの心は、嫉妬と屈辱の炎で焼かれていた。

(……なぜだ。なぜ、あいつが……! 俺は、聖剣に選ばれた勇者だぞ! だというのに、俺は、泥水を啜り、あいつは、王侯貴族ですら夢見るような暮らしをしている……! 間違っている。世界のほうが、間違っている……!)

 彼のプライドは、すでに、粉々になっていた。


 リナは、冷徹な計算を、頭の中で繰り返していた。

(……あの薬草、あの技術、あの土地。そして、あの男の、未知数のスキル。その全てがあれば、魔王討伐など、どれほど容易かったことか。私たちは、国一つに匹敵する、いや、それ以上の価値を持つ『宝』を、自らの手で、ドブに捨てたのだ。……私の人生、最大の、そして、取り返しのつかない失策)

 彼女の顔からは、一切の感情が消えていた。

. . . . . . . . . . . . . . . . . . .

 ゴードンは、ただ、羨望の眼差しで、楽園を眺めていた。

(……美味そうな飯。綺麗な女たち。強そうな魔獣。……俺が、欲しかったもの、全部……あいつが、持ってる……)

 その単純な事実は、どんな屈辱の言葉よりも、彼の心を抉った。


 そして、ソフィアは、静かに、涙を流していた。

(……ああ、よかった。ユウキさん、笑ってる……。私たちが、奪ってしまった、あの優しい笑顔……。ううん、違う。私たちは、奪ったんじゃない。あの人を、不幸な檻に閉じ込めていただけ……。あの人が、本当にいるべき場所は、私たちの隣じゃなかったんだ……)

 彼女の涙は、もはや、自己憐憫のためではなかった。ユウキの幸福を喜ぶ涙と、彼を不幸にしていた自分への、深い、深い悔恨の涙だった。


 一日二度、シルフィかミオが、彼らのために食事を運んでくる。

 それは、栄養価は高いが、味付けはほとんどされていない、簡素なスープと硬いパンだけ。

 楽園から漂ってくる、香ばしいピザや、甘い焼き菓子の匂いが、彼らの惨めさを、さらに際立たせた。

 「あなたたちは、生かされているだけ。歓迎は、されていない」

 その無言の事実が、彼らの心を、じわじわと殺していった。


 やがて、日が暮れる。

 ログハウスに温かい光が灯り、中から、楽しげな音楽と、歌声が聞こえてくる。

 彼らは、その光景を、東屋の暗闇の中から、ただ、見つめる。

 楽園は、すぐそこにある。

 だが、その入り口は、彼らの前には、永遠に、固く閉ざされていた。

 「もう遅い」

 ユウキが口にしなかったその言葉が、現実となって、彼らの全身に、冷たく、重く、のしかかっていた。

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