第22話:楽園の音楽会
魔王の娘リリス――もとい、リリが俺たちの仲間(仮)になってから、数週間が過ぎた。
彼女の潜入調査がどうなっているのか、俺は知る由もないが、少なくとも表面的には、彼女はすっかりこの楽園の生活に馴染んでいた。特に、ザーグと共に働く畑仕事が、妙に彼女の性に合っていたらしい。収穫した野菜を嬉しそうに掲げる姿は、とても魔王の娘には見えなかった。
そんなある日の夜。
夕食を終え、皆が暖炉の前で思い思いにくつろいでいた時のことだった。
「うーん、なんだか、ちょっと退屈!」
ミオが、クロの大きなお腹の上で寝転がりながら、そんなことを言い出した。
「『辺境テレビ』も面白いけど、毎日見てると飽きちゃう。何か、もっとこう、みんなでできる楽しいことはないのー?」
その言葉に、俺は前世の記憶をふと、思い出した。
「そうだな……こういう静かな夜は、音楽でもあれば最高なんだが。楽器なんて、ないよな」
俺が、何気なくそう呟いた、瞬間だった。
ポフンッ!
気の抜けた音と共に、ログハウスの空いていたスペースに、いくつかの物体が煙と共に現れた。
それは、どう見ても楽器の一団だった。
月の光を吸い込んだかのように淡く輝く木材で作られたリュート。一本の水晶から削り出されたようなフルート。そして、叩くと胞子のように柔らかな光を放つ、不思議なキノコで作られたドラムセット。
俺の【ギャグ】スキルが、またしても俺の些細な願望を、ファンタジー色豊かに叶えてくれたらしかった。
「わー! なにこれ、すごい!」
ミオが真っ先に駆け寄り、キノコのドラムを、備え付けられていた木のバチで叩いてみる。ポワン、と優しくも心地よい音が、光と共に弾けた。
「……面白い。このリュート、構造は雑だけど、使われている素材は伝説級のものばかりね」
ネルが、職人の目でリュートを鑑定する。
「綺麗……。昔、里で聞いた妖精の歌を、この笛でなら奏でられるかしら」
シルフィは、水晶のフルートを、愛おしそうに手に取った。
こうして、突発的に『辺境楽団』が結成されることになった。
だが、当然ながら、ほとんどのメンバーは楽器など触ったこともない素人だ。
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まず、ネルが「こんな欠陥品、私のプライドが許さない」と言って、全ての楽器を工房に持ち込み、完璧なチューニングと、演奏を補助する魔法効果(押さえるべき場所が淡く光るなど)の付与を施してくれた。
シルフィは、記憶を頼りに、エルフの里に伝わる古代のメロディーを思い出し、それを基に作曲を始めた。
ミオは、その有り余る元気とリズム感で、パーカッション担当に決定。楽しそうにキノコドラムを叩いている。
そして、一番大きな弦楽器(巨大な瓢箪で作られた、チェロのような楽器)は、体格のいいザーグの担当になった。彼は「お、音楽ですか!? こ、光栄であります!」と恐縮しながらも、その巨大な指で、真面目な顔で、朴訥としたベース音を刻み始めた。
だが、それぞれのパートが、思い思いに音を出すだけ。
それは、音楽と呼ぶには、あまりにも拙く、不協和音でしかなかった。
その様子を、少し離れた場所から、リリが静かに見ていた。
彼女は、この馬鹿騒ぎに加わるつもりはない、というように、腕を組んで壁に寄りかかっている。だが、その血のように赤い瞳は、どこか羨ましそうに、俺たちのことをじっと見つめていた。
「リリも、何かやってみないか?」
俺が声をかけると、彼女は「いえ、私は……結構ですわ」と、そっけなく顔を背けた。
無理強いはしない。俺は、皆の演奏(?)に戻った。だが、やはり、何かが足りない。全体をまとめる、一本の芯のようなものが。
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俺たちが、何度も同じフレーズでつまずき、頭を抱えていた、その時だった。
「……違う。その旋律は、もっと、こう……」
リリが、耐えきれないといった様子で、口を開いた。
そして、彼女は、すぅ、と息を吸い込むと、歌い始めた。
それは、声ではなかった。
魂を、直接揺さぶる、魔法そのものだった。
静かで、どこか物憂げな旋律。だが、その声には、夜の闇を統べる魔族の姫としての、圧倒的なまでの存在感と、そして、今まで誰も知らなかった、彼女自身の、優しく、か細い祈りのような響きが込められていた。
彼女の歌声が、道標となった。
シルフィのフルートが、その歌声に寄り添い、ミオのドラムが、心臓の鼓動のようにリズムを刻み、ザーグのベースが、大地のように、全てを支える。
バラバラだった音が、一つにまとまっていく。
それは、まだ拙いかもしれないが、確かに、一つの音楽になっていた。
歌い終えたリリの頬は、わずかに紅潮していた。
俺たちは、言葉もなく、彼女の歌声に聴き入っていた。
やがて、シルフィが、うっとりとした表情で呟いた。
「……すごいわ、リリ。あなた、そんなに歌が上手だったのね」
「ふ、ふん。これくらい、魔王の娘として、当然の嗜みよ」
リリは、照れ隠しのように、ぷいと顔を背ける。
だが、その横顔には、俺がここに来てから見た中で、一番、晴れやかで、そして、幸せそうな笑顔が浮かんでいた。
それは、潜入調査官の仮面ではなく、魔王の姫としての威厳でもない。
ただの「リリ」という一人の少女の、偽りのない、心からの笑顔だった。
その夜、俺たちの最初の音楽会は、深夜まで続いた。
【ギャグ】が生み出した楽器を、仲間たちがそれぞれの才能で奏で、そして、魔王の娘の歌声が、それらを一つにする。
なんと、奇妙で、ちぐはぐで、そして、最高に楽しい楽団だろうか。
俺たちの楽園に響き渡る音楽は、そこに住まう者たちの、固く、そして温かい絆の音色そのものだった。
その絆が、もうすぐ、外の世界からやってくる、大きな試練に晒されることになるとも知らずに。




