第20話:勇者たちの焦燥と一条の光
ユウキを追放してから、一月が過ぎた。
勇者アレク率いるパーティーは、かつての輝きを完全に失い、泥沼の中でもがいていた。
彼らの名声は地に落ちた。ワイバーン討伐に失敗した一件は、瞬く間に大陸中に広まり、彼らを「過去の英雄」と嘲笑う者さえ現れ始めた。依頼は激減し、彼らは日銭を稼ぐため、新人冒険者が受けるような薬草採集やゴブリン退治の依頼を、屈辱に耐えながらこなす日々を送っていた。
そして何より、ユウキの捜索は、全く進んでいなかった。
「今日も、情報なしか……」
とある宿場町の安宿で、アレクは苛立たしげに呟いた。
ユウキは、あまりにも「普通」すぎた。特徴のない容姿、目立たない言動。荷物持ちとして、常にパーティーの影に隠れていた彼のことを、鮮明に覚えている者はいなかった。「気の弱そうな青年」という曖昧な情報しか、彼らにはない。大陸は広く、そんな青年は星の数ほどいる。
パーティー内の雰囲気は、最悪だった。
「クソッ! もう一月だぞ! 本当に、あいつは実在したのか!? もしかしたら、俺たちの見ていた幻だったんじゃないのか!?」
ゴードンが、テーブルに酒瓶を叩きつけて荒れる。連日の不運と失敗で、彼の自慢の筋肉も少し萎んだように見えた。
「現実逃避は見苦しいですわ、ゴードン」
リナが、冷たく言い放つ。彼女は、壁際で魔導書を開いているが、その目は一文字も内容を追ってはいなかった。
「彼が、我々の『幸運』の源だった。その仮説は、この一月の惨状が何よりも雄弁に物語っています。問題は、その彼がどこに消えたのか……」
「喧嘩はやめてください……!」
ソフィアが、涙ながらに仲裁に入る。彼女の心は、ユウキを追放したあの日から、ずっと罪悪感に苛まれていた。
「黙れ!」
アレクが、全員を黙らせるように一喝する。だが、その声には、かつてのような絶対的な自信は微塵も感じられなかった。リーダーである彼が、この状況の責任を最も重く感じ、そして、最もプライドを傷つけられていた。
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その夜。
重苦しい雰囲気のまま夕食をとるため、彼らは宿屋の酒場へと足を運んだ。
そこで、彼らの耳に、隣のテーブルで盛り上がる商人たちの会話が、偶然、飛び込んできた。
「聞いたか? バルド子爵領の噂を」
「ああ、あの『嘆きの森の楽園』の話だろ? どうせ、酔っぱらいの与太話だ」
「いや、それがそうでもないらしいぜ。なんでも、あの強欲なバルド子爵が、森に住み着いた連中を追い出そうと、自ら大軍を率いて森に入って……気がふれて戻ってきたって話だ」
その言葉に、アレクたちの動きが、ぴたりと止まる。
「気がふれた? どういうことだ?」
「それが、奇妙な話でな。『鎧が勝手にサンバを踊りだし、地面がトランポリンになって、空から自分が降ってきて、魔族の頭に直撃した』などと、意味不明なことばかり口走っているそうだ。今は、城の奥に閉じ込められているらしい」
「ははは! そりゃ、完全に頭がおかしくなっちまったな!」
商人たちは、腹を抱えて笑っている。
だが、勇者パーティーの四人は、笑えなかった。
彼らの背筋を、冷たい汗が伝う。
(鎧が、踊る……? 地面が、トランポリン……?)
あまりにも、馬鹿馬鹿しい。荒唐無稽だ。
だが、その馬鹿馬鹿しさに、彼らは、聞き覚え、いや、身に覚えがあった。
それは、ユウキがいた頃、敵の身にだけ起きていた、不可解で、滑稽な現象の数々。
それは、ユウキのスキル、【ギャグ】が引き起こす奇跡の、紛れもない特徴だった。
「……リナ」
アレクが、絞り出すような声で、賢者の名 Sを呼ぶ。
「……ええ」
リナは、魔導書を閉じ、アレクの目を見つめ返した。彼女の瞳には、驚愕と、そして、確信の色が浮かんでいた。
「『嘆きの森』……Sランク級の魔境。誰も近づかない、忘れられた土地。……もし、彼が、世間から完全に姿を隠そうと考えたのなら、そこは、最高の隠れ家になりうる」
全てのピースが、繋がった。
商人たちが語る、「聖霊に救われた」という最初の噂。
バルド子爵が語る、「滑稽な呪い」という第二の噂。
二つの異なる噂の中心に、彼らが血眼になって探していた男の影が、はっきりと浮かび上がってきた。
「……決まり、だな」
ゴードンが、荒々しく立ち上がる。その目には、先ほどまでの自暴自棄な光はなく、獲物を見つけた狩人の光が宿っていた。
ソフィアは、祈るように、ぎゅっと胸の前で手を組む。
一月にも及ぶ、暗く、長いトンネル。
その出口が、ようやく見えた。
それは、地獄へと続く入り口かもしれない。だが、今の彼らにとって、唯一の希望の光だった。
「行くぞ」
アレクは、宿の主人に金貨を数枚投げ渡すと、席を立った。
彼の視線は、壁に貼られた大陸地図の、東の端。インクで黒く塗りつぶされた、不吉な森へと、まっすぐに注がれていた。
「目的地は、『嘆きの森』だ」
失った『幸運』を取り戻すため、勇者たちは、ついに、禁断の森へとその歩みを進める。
彼らが、その先で待ち受ける、自分たちの想像を遥かに超えた「現実」と、そして、あまりにも手遅れな「結末」を、まだ知る由もなかった。




