表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/30

第20話:勇者たちの焦燥と一条の光

ユウキを追放してから、一月が過ぎた。

 勇者アレク率いるパーティーは、かつての輝きを完全に失い、泥沼の中でもがいていた。

 彼らの名声は地に落ちた。ワイバーン討伐に失敗した一件は、瞬く間に大陸中に広まり、彼らを「過去の英雄」と嘲笑う者さえ現れ始めた。依頼は激減し、彼らは日銭を稼ぐため、新人冒険者が受けるような薬草採集やゴブリン退治の依頼を、屈辱に耐えながらこなす日々を送っていた。


 そして何より、ユウキの捜索は、全く進んでいなかった。

「今日も、情報なしか……」

 とある宿場町の安宿で、アレクは苛立たしげに呟いた。

 ユウキは、あまりにも「普通」すぎた。特徴のない容姿、目立たない言動。荷物持ちとして、常にパーティーの影に隠れていた彼のことを、鮮明に覚えている者はいなかった。「気の弱そうな青年」という曖昧な情報しか、彼らにはない。大陸は広く、そんな青年は星の数ほどいる。


 パーティー内の雰囲気は、最悪だった。


「クソッ! もう一月だぞ! 本当に、あいつは実在したのか!? もしかしたら、俺たちの見ていた幻だったんじゃないのか!?」

 ゴードンが、テーブルに酒瓶を叩きつけて荒れる。連日の不運と失敗で、彼の自慢の筋肉も少し萎んだように見えた。

「現実逃避は見苦しいですわ、ゴードン」

 リナが、冷たく言い放つ。彼女は、壁際で魔導書を開いているが、その目は一文字も内容を追ってはいなかった。

「彼が、我々の『幸運』の源だった。その仮説は、この一月の惨状が何よりも雄弁に物語っています。問題は、その彼がどこに消えたのか……」

「喧嘩はやめてください……!」

 ソフィアが、涙ながらに仲裁に入る。彼女の心は、ユウキを追放したあの日から、ずっと罪悪感に苛まれていた。

「黙れ!」

 アレクが、全員を黙らせるように一喝する。だが、その声には、かつてのような絶対的な自信は微塵も感じられなかった。リーダーである彼が、この状況の責任を最も重く感じ、そして、最もプライドを傷つけられていた。

. . . . . . . . . . . . . . . . . . .

. . . . . . . . . . . . . . . . . . .

 その夜。

 重苦しい雰囲気のまま夕食をとるため、彼らは宿屋の酒場へと足を運んだ。

 そこで、彼らの耳に、隣のテーブルで盛り上がる商人たちの会話が、偶然、飛び込んできた。


「聞いたか? バルド子爵領の噂を」

「ああ、あの『嘆きの森の楽園』の話だろ? どうせ、酔っぱらいの与太話だ」

「いや、それがそうでもないらしいぜ。なんでも、あの強欲なバルド子爵が、森に住み着いた連中を追い出そうと、自ら大軍を率いて森に入って……気がふれて戻ってきたって話だ」


 その言葉に、アレクたちの動きが、ぴたりと止まる。


「気がふれた? どういうことだ?」

「それが、奇妙な話でな。『鎧が勝手にサンバを踊りだし、地面がトランポリンになって、空から自分が降ってきて、魔族の頭に直撃した』などと、意味不明なことばかり口走っているそうだ。今は、城の奥に閉じ込められているらしい」

「ははは! そりゃ、完全に頭がおかしくなっちまったな!」

 商人たちは、腹を抱えて笑っている。

 だが、勇者パーティーの四人は、笑えなかった。

 彼らの背筋を、冷たい汗が伝う。


(鎧が、踊る……? 地面が、トランポリン……?)


 あまりにも、馬鹿馬鹿しい。荒唐無稽だ。

 だが、その馬鹿馬鹿しさに、彼らは、聞き覚え、いや、身に覚えがあった。

 それは、ユウキがいた頃、敵の身にだけ起きていた、不可解で、滑稽な現象の数々。

 それは、ユウキのスキル、【ギャグ】が引き起こす奇跡の、紛れもない特徴だった。


「……リナ」

 アレクが、絞り出すような声で、賢者の名 Sを呼ぶ。

「……ええ」

 リナは、魔導書を閉じ、アレクの目を見つめ返した。彼女の瞳には、驚愕と、そして、確信の色が浮かんでいた。

「『嘆きの森』……Sランク級の魔境。誰も近づかない、忘れられた土地。……もし、彼が、世間から完全に姿を隠そうと考えたのなら、そこは、最高の隠れ家になりうる」


 全てのピースが、繋がった。

 商人たちが語る、「聖霊に救われた」という最初の噂。

 バルド子爵が語る、「滑稽な呪い」という第二の噂。

 二つの異なる噂の中心に、彼らが血眼になって探していた男の影が、はっきりと浮かび上がってきた。


「……決まり、だな」

 ゴードンが、荒々しく立ち上がる。その目には、先ほどまでの自暴自棄な光はなく、獲物を見つけた狩人の光が宿っていた。

 ソフィアは、祈るように、ぎゅっと胸の前で手を組む。


 一月にも及ぶ、暗く、長いトンネル。

 その出口が、ようやく見えた。

 それは、地獄へと続く入り口かもしれない。だが、今の彼らにとって、唯一の希望の光だった。


「行くぞ」

 アレクは、宿の主人に金貨を数枚投げ渡すと、席を立った。

 彼の視線は、壁に貼られた大陸地図の、東の端。インクで黒く塗りつぶされた、不吉な森へと、まっすぐに注がれていた。

「目的地は、『嘆きの森』だ」


 失った『幸運』を取り戻すため、勇者たちは、ついに、禁断の森へとその歩みを進める。

 彼らが、その先で待ち受ける、自分たちの想像を遥かに超えた「現実」と、そして、あまりにも手遅れな「結末」を、まだ知る由もなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ