表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/30

第17話:記憶喪失の魔王幹部、村人になる

嵐は、去った。

 百人を超える軍勢も、魔王軍幹部の襲来も、まるで悪い冗談だったかのように、静寂だけが後に残された。

 ……いや、一つ、悪い冗談の置き土産が残っていた。俺たちの家の前の地面に、仲良く伸びている、悪徳領主ゲッコーと魔王軍幹部ザルガスの二つの巨体だ。


「……ユウキ、どうするの、これ」

 シルフィが、心底困り果てたという顔で俺に尋ねる。ネルは眉間に皺を寄せ、ミオは物珍しそうに、気絶している二人を尻尾でツンツンとつついていた。

「うーん、放置して魔獣の餌にするのも、寝覚めが悪いしな」

 まずは、厄介ごととしては格下の、ゲッコー子爵から片付けることにした。

「こいつは、まあ、元いた場所に返してやるのが一番だろう。いわば、粗大ゴミみたいなもんだしな」


 俺がそう呟いて、ゲッコーの身体をどうやって運ぶか考え始めた、その時だった。

 地面に、カタン、と音を立てて、木製の箱が出現した。

 それは、ゲッコーの肥満体がちょうど収まるくらいの大きさの、頑丈な木箱。ご丁寧に空気穴まで開いている。そして、箱の側面には、燃えるゴミのマークと共に、こう書かれていた。


『宛先:バルド城 品名:粗大ゴミ(領主)』


「……」

 もはや、俺のスキルがやることに、いちいち驚いてはいけない。俺は無言で、少女たちと協力してゲッコーをその箱に詰め込んだ。箱には、ご丁寧に「天地無用」「取扱注意」のシールまで貼られている。

 俺たちが箱の蓋を閉じた瞬間、どこからともなく、翼の生えた奇妙な生物(馬に翼が生えたような姿、ペガサスだろうか?)が数頭現れ、箱にロープをかけると、あっという間に空の彼方へと運び去っていった。


「……解決、したのかしら」

「したみたいだな」

 あまりにシュールな光景に、俺たちはただ空を見上げるだけだった。後日、バルド城の城門前で、領主の入った木箱が発見され、大騒ぎになったらしいが、それはまた別の話だ。

. . . . . . . . . . . . . . . . . . .

. . . . . . . . . . . . . . . . . . .

 さて、残るは本命。魔王軍幹部、ザルガスだ。

「こいつは、どうする? さすがに、魔王城に送り返すわけにもいかないだろ」

「気絶しているうちに、封印するか、あるいは……」

 シルフィが物騒なことを言いかけた、その時だった。


「う……うぅん……」

 ザルガスが、うめき声を上げて、ゆっくりと身じろぎを始めた。

 俺たちに緊張が走る。シルフィは弓を構え、ネルはハンマーを握りしめ、ミオは俺の後ろに隠れた。

 ザルガスは、ゆっくりと巨体を起こすと、自分のこめかみあたりを何度も叩きながら、混乱した様子で呟いた。


「……頭が、割れるように痛い……。ここは……どこだ……?」

 そして、彼は自分の両手を見つめ、次に俺たちの顔を見て、心底不思議そうな顔で言った。

「……そして、私は……誰だ?」


「「「…………えっ?」」」


 俺たちの声が、綺麗に重なった。

 記憶喪失。

 テレビドラマや小説ではお馴染みの、あまりにも古典的で、ご都合主義な展開。ゲッコー子爵が頭に直撃した物理的な衝撃と、俺のスキルによる因果律への介入が、彼の脳に致命的なエラーを引き起こしたらしい。


 魔王軍幹部としての記憶も、力も、俺への復讐心も、全てを失い、彼はただの「記憶をなくした、体格のいいおっさん」と化していた。

 少女たちは、この予想外の展開に困惑している。

 だが、俺の頭には、一つのアイデアが閃いていた。これは、ピンチではなく、チャンスなのではないか、と。


 俺は、警戒する少女たちを手で制し、ゆっくりとザルガスに近づいた。

「……大丈夫か?」

「あ、ああ……。君たちは……?」

「俺たちは、森で倒れている君を見つけて、介抱していたんだ」

 俺は、即興で、ありったけのハッタリをかますことにした。

「君の名前は、ザーグ。そうだろ? 旅の途中で、疲れ果てて行き倒れていたんだ」

「ザーグ……私が、ザーグ……?」

 記憶のない彼は、俺が与えた偽りの名前に、何の疑いも持たないようだった。彼は、自分の鋼鉄のような肉体を見下ろし、「俺は、旅人だったのか……」などと呟いている。


「君さえよければ、ここで傷が癒えるまで、しばらく暮らしていかないか? その代わり、少し仕事を手伝ってほしいんだが」

「……いいのか?」

「ああ、もちろん」

 ザーグと名付けられた元魔王軍幹部は、俺の言葉に、深く、深く頭を下げた。

「……恩に着る。このザーグ、命の恩人であるあなた方に、この身の全てを捧げて、恩を返させてもらう!」

 その瞳には、かつての邪悪な光はなく、ただ、実直で、真面目な男の光だけが宿っていた。

. . . . . . . . . . . . . . . . . . .

. . . . . . . . . . . . . . . . . . .

 翌日から、ザーグの村人(?)としての日々が始まった。

 俺は、手始めに、彼に開墾作業を頼んでみた。ネルが作った神器クワを渡し、森の一部を切り拓いて、新たな畑を作るように指示する。


「お任せください、ユウキ様!」

 ザーグは、なぜか俺を「様」付けで呼ぶようになった。

 そして、彼は俺の期待を、遥かに超える働きを見せた。

 かつて、敵を薙ぎ払っていたであろうその剛腕で、彼はクワを振るう。神器クワの性能も相まって、巨大な岩は砕かれ、木の根は引き抜かれ、固い地面が、まるで豆腐のように耕されていく。

 俺たちが数日かかっても終わらないような広さの開墾が、わずか半日で、完璧な畑へと姿を変えていた。


「ユウキ様! 終わりました! 次は何をすればよろしいでしょうか!」

 汗を流し、息一つ切らさず、充実感に満ちた笑顔で報告してくるザーグ。

 その姿を、俺と少女たちは、呆然と眺めていた。


「……すごい、働き手ね」

「うん……百人力、どころじゃない……」

「魔王軍って、意外と真面目なんだね……」


 こうして、俺たちの楽園に、最強の労働力が加わった。

 魔王を倒すためのパーティーから追放された俺が、魔王軍の幹部を雇って、畑を耕させる。

 人生とは、本当に、何が起こるか分からないものだ。俺は、楽しそうに働くザーグの背中を見ながら、そんな当たり前の真実を、改めて噛み締めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ