第16話:再来の軍勢と乱入者
悪徳領主の私兵団を、奇妙な現象で撃退してから数日。俺たちの楽園には、再び穏やかな日常が戻っていた。
あの日の出来事は、少女たちの中ではすでに「ユウキの不思議な力の前では、どんな軍隊もただの道化に過ぎない」という確信に変わっており、もはや脅威として捉えられてはいなかった。むしろ、ネルなどは「あの鎧が勝手に踊りだす現象を解析すれば、自動人形の開発に応用できるかもしれない」などと、職人魂を燃やしている始末だった。
平和。それが何よりだ。
俺は、ミオが見つけてきた泉のほとり、スキルが生み出したガゼボの椅子に揺られながら、この永遠に続くかのような安寧に、満ち足りたため息を漏らしていた。
だが、その安寧は、ある男の底なしの欲望によって、再び破られることになる。
「グルルルルルルル……!!」
クロが、今まで聞いたこともないほど低く、敵意に満ちた唸り声を上げた。
前回とは比較にならない、明確な殺気。シルフィとミオも、即座に臨戦態勢をとる。
「……前回よりも、ずっと数が多い! それに、魔力の気配もする……!」
シルフィの報告に、俺は立ち上がり、ログハウスへと戻った。窓から森の様子を窺うと、木々の隙間を埋め尽くすほどの、鉄の軍勢が姿を現した。その数、百は下らないだろう。
そして、その軍勢の中央、豪華な鎧に身を包んだ、ひときわ肥満体の男。あれが悪徳領主、ゲッコー子爵本人に違いなかった。
「ふはははは! 出てきたな、森の亡霊どもめ!」
ゲッコーは、俺たちの拠点の手前で軍を止めさせると、拡声の魔道具を使い、下品な声を響かせた。
「今回は、貴様らの小賢しい幻術なぞ、通用せんぞ! 我が精鋭に加え、腕利きの魔術師団も雇い入れた! さあ、大人しく全てを差し出すのだ! そうすれば、女どもは奴隷に、男は死体にしてやるという、慈悲を与えてやろう!」
そのあまりに醜悪な宣言に、シルフィたちの顔が怒りに染まる。
俺は、ただただ、深い溜息をついた。
(……懲りないなぁ。一度滑って恥をかいただけじゃ、学習できない人もいるんだな。これだけの大観衆の前で、もっと盛大に、歴史に残るレベルでスベらせてやらないと、満足できないらしい)
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「全軍、突撃ぃぃ!」
ゲッコーの号令と共に、百の兵士が鬨の声を上げる。その後方では、数人の魔術師が防御魔法の詠唱を開始した。
「聖なる障壁よ、我らを……なっ!?」
魔術師の一人が、驚愕の声を上げた。
彼らが展開しようとした神聖な光の障壁が、なぜか、ぷるんぷるんに震える巨大なプリンへと姿を変えていたのだ。甘いカラメルの香りまで漂っている。
「な、何だこれは!?」
「攻撃魔法だ! ファイアボールを……うわっ、アヒル!?」
別の魔術師が放った炎の玉は、可愛らしい黄色いアヒルのぬいぐるみに姿を変え、ぽふぽふと音を立てながら地面に落ちた。
後方の魔術師団は、完全に無力化されていた。
「構わん! 歩兵隊、進め!」
ゲッコーが焦って叫ぶが、前進しようとした兵士たちの足元で、信じられない現象が起きる。
地面が、まるで巨大なトランポリンのように、弾力を持ち始めたのだ。
ボヨン、ボヨヨン!
「うおっ!?」
「と、止まれん!?」
兵士たちは、自分の意思とは関係なく、上下に跳ねさせられる。統率の取れた進軍は、ただの滑稽な集団飛び跳ね大会へと変わった。鎧がぶつかり合い、カシャンカシャンと間抜けな音が響き渡る。
戦場は、完全に巨大な遊戯施設と化していた。
「お、おのれ……おのれぇぇぇぇ!!!」
ゲッコー子爵が、怒りで顔を真っ赤にして絶叫した、まさにその時だった。
ズゥゥゥゥン!!!
空が、にわかに暗雲に覆われた。
そして、戦場の中央、トランポリンで跳ねる兵士たちのど真ん中に、凄まじい衝撃と共に、一体の魔族が天から降り立った。
牛のような角、鋼鉄の如き肉体。その身から放たれる禍々しい魔力は、ゲッコーの軍勢など赤子に等しい、本物の脅威のそれだった。
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魔王軍四天王が一人、剛力のザルガス。かつて、俺が勇者パーティーから追放されるきっかけとなった、あの魔族だった。
「見つけたぞ……!」
ザルガスは、周囲で跳ね回る人間たちには目もくれず、ただ一点、俺たちがいるログハウスを睨みつけた。
「我が一生の屈辱……バナナの皮……! あの屈辱を与えた力の根源は、ここにいるな!」
どうやら彼は、俺のスキルの魔力(?)を追い、リベンジのためにはるばるここまでやってきたらしい。
ゲッコー子爵の軍勢、魔王軍幹部、そして、家の中から見守る俺たち。
奇妙な三つ巴の構図が、ここに完成した。
「ま、魔族だと!? ええい、こうなれば貴様もだ! 我が軍勢の力、思い知れ!」
完全に錯乱したゲッコーが、ザルガスに向かって攻撃を命令する。だが、兵士たちは未だにトランポリンの上で跳ねており、命令どころではなかった。
「雑魚が……消えろ」
ザルガスは、鬱陶しげに腕を振るう。それだけで、凄まじい衝撃波がゲッコーの軍勢を襲った。
だが、その衝撃波は、トランポリンと化した地面に吸収され、逆に、トランポリンの弾性を異常なまでに高める結果となった。
ボヨヨヨヨーーーーーンッ!!!
「「「うわああああああああ!?」」」
兵士たちと、ゲッコー子爵本人が、カタパルトから射出された石のように、空高く打ち上げられた。
ザルガスは、空を飛んでいく人間たちを一瞥すると、再び俺たちのログハウスに向き直る。
「さあ、覚悟しろ! 我が真の奥義、デモンズ・カタストロフで、貴様らを塵も残さず消し去って……」
ザルガスが、かつて俺たちのパーティーを全滅させかけた、あの殲滅魔法の詠唱を開始する。
だが、その詠唱は、最後まで紡がれることはなかった。
「ぬわっ!?」
空高く打ち上げられたゲッコー子爵が、完璧な放物線を描き、重力に従って落下。
その肥満体の巨体が、寸分の狂いもなく、奥義を発動させようとしていたザルガスの頭上に、直撃した。
ドッッッッッッッッッス!!!
地響きと共に、二つの巨体が地面にめり込む。
白目を剥いて気絶する、ゲッコー子爵とザルガス。
……シーン。
脅威は、去った。あまりにも、馬鹿馬鹿しい形で。
トランポリンから振り落とされた兵士たちは、目の前で起きた光景と、気絶した二人の怪物を見て、完全に戦意を喪失。「悪魔と領主が相討ちになったぞー!」などと叫びながら、今度こそ、二度と戻ってくることのない速さで逃げ去っていった。
後に残されたのは、静寂と、破壊された森と、そして、地面に仲良く伸びている、二人の気絶したおっさん。
俺は、窓からその光景を眺め、やれやれと頭を掻いた。
「さて……片付け、どうすっかな、これ」
俺たちのスローライフは、またしても、新たな厄介事を抱え込むことになったのだった。




