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第14話:進軍、そして喜劇的防衛戦

ゲッコー子爵の私兵団を率いる隊長、ボルマンは、歴戦の傭兵上がりの男だった。

 彼は、今回の任務を「楽な仕事」だと考えていた。

 相手は、森に住み着いた少数の不法居住者。亜人や女子供が中心で、護衛に伝説の魔獣がいるという報告も、斥候の誇張か見間違いだろうと高を括っていた。

「いいか、貴様ら。子爵様のご命令だ。抵抗する者は容赦するな。だが、亜人の女どもは商品だ。顔に傷をつけるなよ」

 ボルマンは、部下である三十人の兵士たちに、下卑た笑みを浮かべながら命令を下す。兵士たちも、これから始まる略奪と蹂躙を想像し、醜い笑みを返した。

 彼らは、自分たちが『嘆きの森』という魔境に足を踏み入れているという緊張感もなく、ただ獲物を前にしたハイエナの群れのように、欲望に目をぎらつかせていた。


 彼らの悪意に満ちた気配を、俺たちの楽園が見逃すはずがなかった。


「グルルルルァァァッ!!」

 穏やかに昼寝をしていたクロが、突如、敵意に満ちた咆哮を上げた。その声は、森の木々を震わせ、ただ事ではないことを俺たちに告げる。

「クロ……!? どうしたの!」

「この気配……間違いない。武装した集団が、まっすぐこっちに向かってきてる!」

 シルフィの顔から血の気が引く。ミオは怯えたように尻尾を逆立て、ネルは工房から飛び出してきて、不安げに俺たちの顔を見つめていた。


「どうしよう、ユウキ……!」

 シルフィが、弓を手に、震える声で俺に尋ねる。彼女は戦う覚悟を決めているが、相手の数が多いことを察し、絶望的な状況を理解しているのだろう。

 俺は、窓からそっと外の様子を窺った。木々の間から、鉄の鎧が放つ鈍い光がいくつも見える。ざっと見て、三十人以上はいるだろう。

. . . . . . . . . . . . . . . . . . .

 だが、不思議と、俺の心は落ち着いていた。

 恐怖はなかった。ただ、面倒だな、という呆れと、俺たちの平和な日常を邪魔する無粋な連中に対する、静かな苛立ちがあるだけだった。


「大丈夫だ。みんな、家の中にいて」

 俺は、少女たちにできるだけ穏やかな声で言った。

「え、でも……!」

「戦う必要はないよ。俺が、ちょっと……話を、つけてくるから」

 俺の根拠のない自信に、シルフィたちは戸惑っていたが、黙って頷いてくれた。

(さて、と……物々しい鎧を着て、いかにも悪人面でやってきた、か。そんな、絵に描いたような悪役は、ちょっと滑稽な目に遭ってもらわないと、話の収まりがつかないよな)


 俺がそんなことを考えているうちに、兵士たちは完全にログハウスを包囲していた。

 隊長のボルマンが、一歩前に進み出る。


「聞こえるか、不法居住者ども! 我々は、この地を治めるゲッコー・フォン・バルド子爵様の軍である! 貴様らの存在は、領内の安寧を乱す! よって、領主様の権限において、貴様らを『保護』する! 大人しく出てくれば、命だけは助けてやらんでもない!」


 尊大な宣言。まさに、悪徳領主の犬にふさわしい。

 俺は、ため息を一つついて、その傲慢な侵略者たちに、俺なりの「おもてなし」をすることにした。

. . . . . . . . . . . . . . . . . . .

. . . . . . . . . . . . . . . . . . .

「返事がないな! よし、かかれ! 女どもを捕らえろ!」

 ボルマンの号令と共に、兵士たちが鬨の声を上げてログハウスに殺到する。


 その瞬間、異変は起きた。


 ガシャン! カラン! ポロリ!


「なっ!? お、俺の兜が!」

「うわっ、胸当ての紐が勝手に……!」

「ズボンが! 俺のズボンがずり落ちるぅぅ!」

 突撃しようとした兵士たちの鎧が、まるで示し合わせたかのように、一斉に分解を始めたのだ。兜はくるりと後ろを向き、胸当ては地面に落下し、腰のベルトは緩んでズボンがずり落ちる。

 威勢の良かった突撃は、一瞬にして、自分の鎧やズボンを押さえる、なんとも締まらない間抜けな光景へと変わった。


「な、何をごちゃごちゃやっておるか! ええい、構わん、進め!」

 ボルマンが、部下たちの醜態に激昂する。

 だが、彼の怒声は、どこからともなく流れ始めた陽気な音楽によってかき消された。


 ♪~ ウッ! マンボ! ~♪


 軽快なラテンのリズム。

 その音楽に合わせるかのように、兵士たちの身体が、勝手に、そして奇妙に滑らかな動きで踊り始めた。


「な、なんだ!? 身体が、言うことを……!」

「足が! 足が勝手にサンバのステップを!」

 ズボンを片手で押さえながら、兵士たちは見事なまでに統率の取れた群舞を披露し始めた。その動きはプロのダンサーもかくやというほどキレがあり、それがまた、この場の異常さを際立たせていた。

 三十人の鎧武者による、情熱的なサンバ。それは、悪夢としか言いようのない光景だった。


「き、貴様らぁぁぁ!」

 ボルマンだけは、なぜか踊らずに済んでいた。彼は、この理解不能な現象の全てが、家の中にいるであろう俺たちの仕業だと断定し、怒りに顔を真っ赤にしながら、一人で突撃してきた。

「小賢しい魔法を……! 俺が、直々に捻り潰してくれる!」


 彼が、ログハウスの玄関ドアに手をかけようとした、その時。


 ボヨーーーンッ!!


 地面の土が、まるでマンガのように盛り上がり、そこから巨大なバネに括り付けられたボクシンググローブが、勢いよく飛び出した。

 それは、寸分の狂いもなく、ボルマンの顔面にクリーンヒット。

「ぐふっ!?」

 ボルマンは情けない悲鳴を上げ、綺麗な放物線を描いて宙を舞い、少し離れた場所にあった泥濘の中に、顔から突っ込んだ。


 ……シーン。


 音楽が、ピタリと止む。

 踊り疲れた兵士たちが、ハッと我に返って見たものは、泥人形のようになって倒れている、無様な上官の姿だった。

 彼らの心は、完全に折れた。

 得体の知れない魔法。不可解な現象。そして、圧倒的なまでの屈辱。

 もはや、戦意など、一欠片も残っていなかった。


「お、おばけ屋敷だ……」

「呪われる……この森は呪われている……!」

 兵士たちは武器を放り出し、泥まみれの隊長を引きずって、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


. . . . . . . . . . . . . . . . . . .

 家の中から、一部始終を見ていたシルフィたちは、ただ、あんぐりと口を開けていた。

 自分たちが恐れていたはずの、三十人を超える武装集団。それが、一滴の血も流れることなく、まるで三文芝居の悪役のように、完璧なまでに無力化されてしまった。


 俺は、窓の外から視線を外し、ふぅ、と一つ息をついた。

「さて、と。静かになったな。ネル、さっき焼いてたクッキーの残りで、お茶にしないか?」

 俺が、何事もなかったかのようにそう言うと、三人の少女たちは、ゆっくりと俺に視線を向けた。

 その瞳には、恐怖や困惑ではなく、絶対的な信頼と、そして、畏敬の念にも似た、熱い光が宿っていた。

 俺たちの楽園は、世界で最も平和で、そして、世界で最も無敵の要塞なのだと、彼女たちが確信した瞬間だった。

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