第12話:古道と最初の来訪者
ミオが見つけたという「古い道」。
その存在が、俺たちののどに刺さった小骨のように、少しだけ気にかかっていた。特に、森の番人であるシルフィは、自分の知らない道が森を貫いているという事実に、わずかな不安を覚えているようだった。
「一度、ちゃんと調べてみましょう。どんな道で、どこに繋がっているのか。知っておくべきだわ」
シルフィの提案に、俺たちは頷いた。ネルもミオも、初めての本格的な「探検」に、興味津々といった様子だ。
こうして、俺たち四人と一匹は、ミオが見たという古道を目指し、森のさらに奥深くへと足を踏み入れることになった。
「探検隊、しゅっぱーつ!」
ミオが元気よく叫び、先頭を駆けていく。その後ろを、俺とシルフィ、そしてネルが続く。ネルは、この日のために『自動障害物回避ブーツ』や『虫除け効果付きマント』など、またしても神器レベルの探検道具一式を開発してくれていた。おかげで、鬱蒼とした森の中の行軍は、近所の公園を散歩するよりも快適だった。
半日ほど歩き、ミオが指さした場所に、それは確かに存在していた。
苔むした石畳が、分厚い草木の下にその姿を隠している。道幅は、馬車がすれ違えるほど広く、かつては主要な街道だったことが窺えた。
「……思い出したわ。これは、何世代も前に放棄された『賢者の古道』ね」
シルフィが、記憶をたどるように言った。
「昔は、王都と東の商業都市を結ぶ重要な交易路だったそうよ。でも、『嘆きの森』の瘴気が濃くなって、魔獣が増えてからは、誰も通らなくなった……まさか、まだこうして形が残っていたなんて」
忘れられた道。その響きには、どこかロマンがある。
俺たちは、この古道がどこまで続いているのか、その終着点を目指して、さらに歩を進めることにした。
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さらに一時間ほど歩いた頃だろうか。
不意に、ミオの猫耳がぴくりと動いた。
「……声がする」
「え?」
「人の声! それと、金属がぶつかる音!」
ミオの鋭い聴覚が、前方に何らかの争いがあることを捉えていた。俺たちも足を速め、慎重に音のする方へと近づいていく。
茂みの影からそっと様子を窺うと、古道の上で、数人の男たちが馬車を取り囲んでいるのが見えた。
「ヒヒヒ、観念しろ! 積荷も金も、全部置いていきな!」
ボロボロの革鎧を身に着け、錆びた剣を構えた男たち。どう見ても、追い剥ぎの盗賊だ。
対するは、商人と思われる男が一人と、護衛らしき傭兵が二人。しかし、多勢に無勢か、傭兵たちはすでに傷を負い、絶望的な表情を浮かべていた。
「どうする、ユウキ?」
シルフィが、小声で俺に尋ねる。
見て見ぬふりをするのは、寝覚めが悪い。だが、真正面から戦って、誰かが怪我をするのはもっと嫌だ。
(うーん、困ったな。ああいう、人の道を踏み外した連中ってのは、一度盛大にスベって、頭を冷やした方がいいんじゃないのかねぇ……)
俺が、そんなことを考えた、瞬間だった。
「さあ、おとなしく……うわっ!?」
商人に斬りかかろうとした盗賊の頭目が、何もないはずの地面で、見事に足を滑らせて派手に転倒した。まるで、透明なバナナの皮でもあったかのように。
「お、親分!?」
部下たちが驚くが、彼らもまた、次々と不可解な現象に見舞われる。
「う、腕が……剣が、ふにゃふにゃに……!」
一人の盗賊が持つ剣が、まるでゴムのように、ぐにゃりと曲がってしまった。
「お、俺の兜が! 勝手に締まる! くるし……!」
別の盗賊の兜が、ギリギリと自動で締まり始め、彼の頭を締め付ける。
「なんだこの音は!? 陽気な音楽が頭から離れない!」
さらに別の盗賊は、どこからともなく聞こえるマンボのリズムに合わせて、本人の意思とは関係なく腰を振り始めていた。
「「「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ!!!」」」
盗賊たちは、完全にパニックに陥っていた。
目の前で繰り広げられる、あまりにも馬鹿馬鹿しく、しかしそれ故に理解不能で不気味な現象の数々。彼らは、自分たちが森の悪霊か何かに呪われたのだとでも思ったのだろう。
「ば、化け物屋敷だ、この森は!」
「覚えてろよぉぉぉ!(裏声)」
情けない捨て台詞を残し、盗賊たちは我先にと逃げ出していった。脅迫のセリフが、なぜか甲高いソプラノボイスになっていたのが、最後のギャグだった。
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後に残されたのは、あっけにとられて固まっている商人と傭兵たちと、茂みの影で一部始終を見ていた俺たちだけ。
「……行ったみたいね」
「ああ。一件落着、かな」
俺たちは茂みから姿を現し、呆然としている商人たちに声をかけた。
「あ、あなた方は……!?」
商人は、突然現れた俺たちを見て、さらに目を丸くする。人間(俺)と、エルフ(シルフィ)と、ドワーフ(ネル)と、猫人、そして神話級の魔獣。ありえない組み合わせのパーティーだ。
「もしや、今の不可思議な奇跡は、あなた方が……? おお、神よ! 森の聖霊様に救われた!」
商人は、完全に俺たちを人間を超越した存在だと勘違いしたらしかった。彼は地面にひれ伏し、何度も俺たちに感謝の言葉を述べた。
彼らは、王都から東の商業都市へ、この忘れられた古道を使って近道をしようとしたところを、盗賊に襲われたらしい。
商人は、礼だと言って金貨の入った袋を差し出してきたが、俺はそれを断った。
「お金は要らない。それより、お腹は空いていないか?」
俺は、代わりにネルが焼いてくれたクッキーの包みを差し出した。
商人は、恐縮しながらもその一枚を口に運び、次の瞬間、雷に打たれたかのような衝撃を受けた顔をした。
「なっ……こ、これは……!? 美味い! 美味すぎる! 天上の菓子か!?」
その反応に、俺たちは思わず笑ってしまった。
俺たちは、彼らの馬車の修理を手伝い、日が暮れる前に別れた。
「このご恩は、決して忘れません! 嘆きの森に住まう、聖なる守り人様!」
商人は、最後までそう言って頭を下げていた。
帰り道、俺は少しだけ、複雑な気分だった。
「……なんだか、大事になっちゃったな」
「しょうがないわ。人助けをしたのだもの」
シルフィは、そう言って微笑んだ。
俺たちが知らないところで、噂は一人歩きを始める。
この日、九死に一生を得た商人が、次の街で興奮気味に語った物語が、その始まりだった。
曰く、呪われた『嘆きの森』には、今は聖霊たちが住まう楽園がある。
曰く、その楽園の守り人たちは、悪しき者には奇跡の力で罰を与え、善き者には、天上の如き美味なる糧を分け与えてくれる、と。
その噂は、やがて様々な人々の耳に届くことになる。
救いを求める者、富を求める者、そして、失った力を求める者たちの耳に――。




