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第11話:勇者パーティーの凋落

ユウキが辺境の森で新たな仲間たちと笑い合っていた頃。

 勇者アレク率いるパーティーは、王都からほど近い「鷲ノ巣山脈」で、一体のワイバーンを相手に絶望的な戦いを繰り広げていた。


「クソッ、なぜ当たらん!」

 アレクが放った聖剣の光刃が、またしてもワイバーンの鱗を掠め、空を切る。

 ゴブリンの巣窟から屈辱的な撤退を喫して以降、彼らの評判は少しずつ陰りを見せ始めていた。失墜した名誉を回復し、自分たちの実力が健在であることを証明するため、彼らはAランクの討伐任務であるワイバーン狩りを受注した。

 本来であれば、苦戦はすれども、確実に仕留められる相手のはずだった。

 しかし、現実は非情だった。


「リナ! 動きを止めろ!」

「分かっていますわ! 凍てつく氷の檻よ、敵を……”きゃっ!”」

 賢者リナが大魔法の詠唱を完了させようとした、まさにその瞬間。どこからともなく突風が吹き、砂埃が彼女の目に直撃した。

「目が……! 目が……!」

 詠唱は中断され、練り上げた魔力は霧散する。ワイバーンは、好機とばかりに翼を広げ、上空へと退避した。


「ゴードン! ヤツが降りてきたところを叩け!」

「任せろ! うおおおっ!」

 聖騎士団長ゴードンが、滑空してくるワイバーンに合わせて、渾身の力を込めて戦斧を振りかぶる。だが、彼が踏み込んだ地面には、まるで「ここにあります」とでも言わんばかりに、いやらしい木の根が突き出ていた。

 ゴードンは見事にその根に足を取られ、派手に転倒。振り上げた戦斧は、明後日の方向に飛んでいった。


「ソフィア様! 防御障壁を!」

「はいっ! 聖なる守護の光よ、我らを……ぴちゃっ」

 聖女ソフィアが祈りを捧げようとした時、上空を飛んでいた鳥から、熟した木の実が、まるで狙いすましたかのように彼女の額に落下した。小さな衝撃と、べちゃりという感触に、彼女の集中は無残にも打ち砕かれる。

. . . . . . . . . . . . . . . . . . .

. . . . . . . . . . . . . . . . . . .

 何もかもが、うまくいかない。

 まるで、世界の全てが、彼らに敵意を向けているかのようだった。

 些細な、しかし致命的な不運の連続。それは、もはや「スランプ」という言葉で片付けられるレベルを超えていた。


「撤退だ! 撤退するぞ!」

 アレクは、奥歯をギリリと噛み締め、再び屈辱的な命令を下した。プライドの高い彼にとって、それは死ぬことよりも辛い決断だった。


 その夜。王都に戻る道中の宿屋の一室は、重苦しい沈黙に支配されていた。

 誰もが傷つき、疲れ果て、そして、得体の知れない不安に苛まれていた。


「……おかしい」

 最初に沈黙を破ったのは、リナだった。彼女は、丁寧に手入れした魔導書を閉じ、氷のような瞳で仲間たちを見据えた。

「今日、私たちの身に起きた不運の数々……統計的にありえませんわ。まるで、悪意ある誰かが、私たちの行動を的確に妨害しているかのよう」

「悪意だと? 誰がそんなことを……」

 ゴードンが、腕に巻かれた包帯を忌々しげに見ながら唸る。


「逆よ」

 リナは、静かに続けた。

「今までが、幸運すぎたのです。考えてもみてください。これまでの私たちの戦い……詠唱中に風が止まることも、足元が常に安全だったことも、一度や二度ではありませんでした。まるで、世界が私たちに味方してくれているかのように」


 彼女の言葉に、全員がハッとした顔をする。

 そうだ。今までは、そうだった。どんな窮地に陥っても、最後には必ず、何か些細な奇跡が起きて、道を切り拓いてきた。

 それは、聖剣に選ばれた勇者であるアレクがいるからだと、誰もが信じて疑わなかった。


「その……幸運が……」

 ソフィアが、おずおずと口を開く。

「ユウキさんが、いなくなってから……起こらなくなった、気がします……」


 その名が出た瞬間、部屋の空気が凍りついた。

 ユウキ。

 誰もが、意識の底から追い出そうとしていた、あの役立たずの荷物持ちの名。


「馬鹿なことを言うな!」

 ゴードンが、テーブルを拳で叩いて激昂した。

「あんな無能が、俺たちの幸運に関係しているだと!? 奴はただの足手まといだった! それだけだ!」

「ですが、事実として、彼がいなくなった途端、私たちはこの様ですわ。……まさか、あの【ギャグ】というスキル。あれが、私たちの知らない形で、我々に恩恵を与えていた、とでも言うのですか……?」

 リナの推論は、あまりにも突飛で、しかし、妙な説得力があった。

 くだらない奇跡を起こすスキル。それが、味方に都合のいい奇跡を起こしていたとしても、不思議ではない。


「……黙れ」

 今まで黙り込んでいたアレクが、低い声で言った。

「ありえん。そんなこと、あってたまるか」

 彼の顔は、怒りと屈辱で歪んでいた。

 自分の強さ、自分の功績、勇者としての自分の全てが、あの見下していた男のおかげだったかもしれない。その可能性は、アレクのプライドを粉々に打ち砕くには、十分すぎた。

 自分は、道化の力に支えられていただけの、裸の王様だったというのか。


「……だが」

 アレクは、絞り出すように言った。

「もし……万が一、その仮説が正しいのだとすれば……」


 やるべきことは、一つしかない。

 アレクは立ち上がり、仲間たちを、そして自分自身を奮い立たせるように、断固たる口調で命じた。


「ユウキを探すぞ」


 その声に、謝罪や後悔の色は一切なかった。

 ただ、失った便利な道具を取り戻そうとするかのような、傲慢で、独善的な響きだけがあった。


「大陸の果てまでだろうと、探し出す。そして、何としてでも、あの男を連れ戻すのだ。我々の、輝かしい旅路のために」


 こうして、自分たちの凋落の原因がユウキにあると結論づけた勇者パーティーは、その全ての力を、一人の男の捜索に注ぎ始めることになる。

 彼らが、辺境の森に生まれた楽園の噂を耳にするのは、それから、もう少しだけ先の話である。

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