第一章 始まりと別れ
それから月日がたった時のこと、彼女はいつものように大型プール――メアスに来ていた。
この日は天候に恵まれ、室内に高く上がった太陽の光がガラスの天井から降り注いでいた。
その光が降り注ぐ中、人々が元気よく音を立てて泳ぎ、ジャンピング台から飛び降りるのもいれば、カップルでイチャついている人もいる。
人々が和やかな雰囲気でいるところに、不似合いの人が入ってきた。
黒のスーツに黒のサングラス。
全身黒を包み込む中、くすむことを知らない金髪はこの男に似合うだろうと思われる中間くらいの濃さで、黒のサングラスで分かりにくいが綺麗な造形の顔立ちの異彩を放つ男だった。
ここにいるだれ誰もが不審人物だと思ったのだろう。
周りにいる人が怪しい人を見る目つきと、限られた範囲でしか分からないはずの男の美しさに目を奪われる者のふた種類の視線が彼の動向を観察していた。
その男は浴びるほどの視線に気が付いていないのか、先ほどからせわしなく辺りを見渡し何かを探しているようだった。普通、気付いていればこの場の雰囲気にいたたまれなくなって、小さく縮こまりながら遠目から探そうなどと考えるだろうが、彼にはそんな様子は微塵も感じられなかった。
そんな男の視線がある一点でとまった。どうやらお望みの物が見つかったらしい。
ドボンッ
と、一つの音と共に周囲に水滴が飛び、男が叫んだ。
「うわっつめて~」
言いながら全身転々と水滴が飛んだところを内ポケットから取り出したハンカチで拭きとり、濡れてしまい周囲が見えにくくなったサングラスも外して水滴をふき取る。
サングラスを外して見えたのは、海を想わせる濃い青の瞳だった。
よくよく見れば男は美男子だったことに気づく。
少し長めですらっと伸びた手足に、サングラスを外したことによって一望できるのは若く見える整った顔立ち。しかし、男の纏う雰囲気からすると顔立ちよりも年齢は上だと感じる。
その幼さも男の美貌を引き立てていた。
先ほどから注目していた人たちは、サングラスを外した男の姿を見ると二つの反応を示した。不審者だと思っていた人たちは驚愕に打たれ、本能で彼を美しいと思っていた人たちは思っていた以上に綺麗な顔立ちを見て見とれる。
そんな周囲の反応をものともせずに、男は先ほどジャンピング台から飛び降りてきた人物がプールから上がってくるのを黙って見ていた。その瞳は非難の色に染まっていた。
声を失う周囲の人たちと非難の視線を向ける男が待っている中、プールの中から一人の少女が出てきた。
ゴーグルとキャップをしているためよくは分からないが、目の前にいる男と同じように整った顔立ちをしている。その少女の全身はフリーバックベーシクの水着に包まれており、素晴らしいプロポーションだというのが見てわかる。
少女のような雰囲気と女性のような体つきをした彼女は神秘的なものに見えた。
周囲が見守る中、男は少女に不満を露わにさせて話しかけた。
「シェナ、冷たいじゃないか」
非難された少女は不敵に笑い、ゴーグルとキャップを外しながら言った。
「ごめんなさい。でも、そんな恰好で来る方が悪いんじゃないかしら?」
キャップを外したことで隠れていたブロンドの髪はしなやかに少女の背に落ちる。少女の腰にまで届く長い髪と、男とは違う青色に灰色がかった瞳はいたずらが成功した子供のように輝いている。
悪気なく言い放ちながら笑う少女の姿はまぎれもなく女だった。
実際に場違いな格好で来た自覚もあり、こうなった少女を言いくるめるのは時間の無駄だということを知っている男は小さく息を吐いて手に持っているサングラスとハンカチを上着のポケットに仕舞った。
「用事が出来て来たんだ。仕方ないだろ……」
男の言葉を聞いた少女の瞳が一瞬にして不安感じて輝きが消える。
ずいぶん前から感じていた不安が少女の身に襲いかかった。それを危険な仕事に就いていることによる自分を気遣ってのことだと感じた男は安心させるように微笑んだ。
その微笑みにほんの少しの不安が払拭され、少女は着替えるために更衣室へと歩き出した。
普段用事があっても遠巻きに見て入ってこようとしない叔父が来たのには、ここで話せない何かがあると感じてのことだった。
少女は前を歩いていたから気づかなかった。
少女の姿を焼き付けんばかりに見つける叔父視線に。
もし、その視線に気づいていたとしたらこの先が変わったかというとおそらく変わりはしなかっただろうと言い切れる。
今から起こりうる未来を変えることが出来たとしたら、それは聞き出す勇気があればよかったのかもしれない。
だが、二人は知らない。
ずっと二人を見ていた周囲の人たちがいたことを。
二人の姿が見えなくなってようやく、忘れられていた音を取り戻した。
改行をどのくらいするといいのか分からず、見難かったら申し訳ありません。
駄文ではありますが、よろしければお付き合いくださいませ。
ここまで読んでくださってありがとうございます。