君にできて彼女にできないことなど何ひとつない? ご冗談を。
興味を持って下さり、誠にありがとうございます。
楽しんでいただければ幸いです。
「――当代の聖女は、スァン・ウォレイユとするッ!」
ア国の王太子であり、選定の儀を取り仕切る男。マハート・ア・グッドマンの宣言に、集まった観衆からは歓声ではなく困惑のどよめきが返る。
それもそのはず。この場に来られなかった者も含め、聖女に選ばれるのはスァンではなくもう一人の聖女候補にして、スァンの姉――ナフィア・ウォレイユだと誰もが確信していたからだ。
「……一応、理由をお伺いしてもよろしいでしょうか」
ナフィアは一切の動揺を見せず、普段通りの安らぎのある落ち着いた声色で尋ねる。
「簡単なことだ、ナフィア。君にできてスァンにできないことなど何ひとつないだろう? それがシンプルかつ最大の理由だ。わざわざ説明させるな」
「……それは、マハート様がご自身でお導きになった答えなのでしょうか」
「はぁ……くどい。見苦しいぞ、ナフィア。お前には失望させられた。せっかくこの俺が孤児だったお前を目にかけて光の当たる場所まで連れてきてやったというのに、まさか後から覚醒した妹に追い抜かれるとはな……あぁ、当然だが聖女を襲名した暁には正式な婚約者として認める、という話は忘れろ。いいな」
「……仰せのままに、マハート様」
ナフィアは一方的な言葉を投げかけられるがまま静かに一礼をし、それから自身の隣で歓喜に震えている妹へと目を向けた。
視線に気が付いたスァンが、あからさまに後ろめたさがあります、と。そう白状するような態度でややしどろもどろになりながら自分へ言い聞かせるように吐き散らかす。
「な、なに? お姉様。そんな目で見たって今更もう遅いのよっ! 無価値! 無意味! 無駄っ!」
「一つだけ教えて、スァン。あなたも同じように、私にできて自分にできないことはない、と。そう思っているの?」
子を諭すような真っ直ぐな問いに、スァンはやはり狼狽え続けていた。
「う、うるさい。うるさいうるさいっ! 今更、何を言ったってもう遅いのよ! 全ては決まったことっ、終わった話なんだから! それを何? い、いつまでもそうやって母親ぶって……そういうところが、ずっとずっと嫌いだった! でももう違う、聖女はあたし! マハート様と婚約するのもあたしなのよっ!」
「……そんな風に思っていたのね。もっと早く言ってくれればよかったのに」
妹へ掛けるそれ以上の言葉を、ナフィアは持たなかった。
告げられた文字列以上に彼女の瞳が「お姉様は色んなものをたくさん持っているのだから、聖女とマハート様くらい譲ってよ!」と心から訴えかけているのを理解してしまったからだ。
当然ながらナフィアがスァンに劣るなどという事実は存在していない。
むしろスァンはナフィアにあらゆる教えを乞うてきた立場であり、何を取っても数段見劣りする。
いやこの結果からすると、〝自分の方がより良く見えるように、男へ媚を売る能力〟だけは少なからず彼女が上回っていると言えた。
加えてたった今。二人の間で交わされた男と女の眼差しから感じられることは、ただの一度――実らない恋をしたと思っていたナフィアにも、察するに余りある匂いが漂っている。
とはいえ、彼には人を見抜く力がなかった。ただそれだけのことだ。
「スァン、君が謝罪する必要はないだろう」
そう言って遮るように二人の間へ割って入るマハート。
彼の中で今のは謝罪に含まれるのか、と。ナフィアと観衆らが内心で呆れていれば、マハートは何食わぬ顔で続けてみせる。
「それとナフィア。お前には今後、我がグッドマン家からの援助は一切ない。これまで蹴落としてきた他の聖女候補たちと同様にな。それを理解したのならばその身ひとつでどこへでも消えるがいい!」
「はい、仰せのま――……」
その時だった。
ナフィアが素直に頷くよりも早く。遥か上空より生じたけたたましい音が、彼女の声を遮る。
やや曇天だった灰色の空を晴らすように現れたのは、分厚い鉄塊。
その大きさは小国であるア国のものとは比べるまでもなく。つまりは、強大な軍事力と絶大的な国土を有する帝国の飛空艇。その最新鋭機であった。
「――――卿の今の言葉、二言はないのだろうな」
そして、ア国を見下ろすような位置取りの中空。
尊大な声と共に、突如として半透明な巨大表示枠と一人の男が出現する。
これはア国にはまだない最新の通信技術であり、原理も何も理解できないア国民は言葉を失い、ただ呆然と空を見上げることしかできない。
無論、マハートもその中の一人だ。
「とッ、トビアス・フォン・ライデンヘルム陛下……ッ!? な、なにゆえ貴殿がいらっしゃるか! い、いくら帝国と言えどもこのような領空侵犯、ア国としても認めるわけにはいかない!」
「認める? ハッ、吠えるなよ小僧。ひとつ良いことを教えてやろう――私が世界だ」
「…………っ!」
「ま、マハート……様?」
たった一言で気圧された意中の男の横顔に、スァンの中で何かが揺らぐ音が聞こえ始める。
当然だろう。トビアス・フォン・ライデンヘルム――彼はア国を容易く崩壊させられるほどの国力を持った帝国の若き現皇帝その人なのだから。
「トビアス様」
「あぁっ、なんだい。我が愛しの君……! いや、花嫁よ!」
「は、花嫁っ!? そ、それは一体どういうこと……でありますか」
マハートが疑問する。だが、トビアスはまるで答えようとはせず、笑みを浮かべてただ一人からの言葉を待っていた。
「トビアス様。まず皆様にご説明をお願い致します」
「……愛しの君がそう言うのならば仕方ない。ふぅ、どういうこともない。惚れた女が私の求婚を断ったうえで聖女になると言うから、せめて盛大に祝ってやろうと花束持参で飛んで来たまでのこと」
「「きゅ、求婚!?」」
彼の堂々とした告白に、マハートとスァンだけでなくア国民全体へ激震が走る。
「そうとも。卿は知っているのか? 愛しの君は孤児だった己と妹を救われた恩を国へ返すため、〝自らの生命力を削ることで魔を寄せ付けぬ結界を領土に張る〟聖女などという馬鹿げた古臭いものになろうとしたそうだ。身分を隠してア国へ来た時、私はそれを聞いて彼女の健気さに胸を打たれたよ」
「そ、それは……そんなこと、一度も……」
マハートがナフィアを見る。
もしかすると、スァンにありもしないことを吹き込まれてたのかもしれないと、ナフィアは思った。
「だから私の求婚は、嬉しいが受け入れられないと何度も頑なにな。初めてだったよ、ここまで私に靡かない女は。故に私も愛しの君の考えを尊重し、断腸の想いで祝いに来た。それだけよ」
「トビアス様……」
だがな、と。トビアスは逆接する。
「この聖女というものは万死に値するとしか、私個人としては言いようがない。時代の流れと共に行使できる者が減少してきた魔術や異能だけに、自国の守護の全てを委ねるなど笑止! 時代は科学だと、何故それを理解しようとしないのかッ! 愛しの君がいたからこそア国にはここ数年、数々の優遇措置を施してきたがそれももう今日限りにさせて貰おう」
「そ、そんな……! こ、困ります……それでは国が立ち行かなく……ど、どうかご容赦を……!」
マハートが国を代表して地べたに頭をつけ、懇願する。
そんな彼の姿にナフィアの恋心もすっかり冷え切っていた。
「トビアス様、もし叶うのであれば、それはおやめくださいませ」
「嗚呼、愛しの君が言うのならば、仕方あるまいか。まぁ、もうそれはそれとして、だ――――」
途端、飛空艇から魔術の施された機械仕掛けの階段が選定の儀の場に接続される。
高速で動き、強風にも耐える安全に配慮された階段だ。
誰もが目を奪われるであろう麗しい容姿と荒々しさを併せ持った男が、上空から降り注ぐ大量の紅い花を背景に降りてくると、開口一番。
彼はナフィアの前に膝をついて、花束を差し出して告げる。
「どうか私と結婚してくれ、ナフィア・ウォレイユ。君が欲しい、傍に居て欲しいんだ」
「はい、私でよろしいのであれば。今日、断る理由もなくなったものですから」
「…………っっ!」
ここまできてなお確信し切れてはいなかったのか、トビアスの表情にはわずかな安堵が浮かんだ。
それを目にしたナフィアが、小さな笑みを添えて言う。
「あなたもちゃんと、ひとりの人間なのですね」
「あぁ。どうやらそうらしい。では行こうか、愛しの君――いや、ナフィ」
「えぇ、トビアス」
名を呼ぶと、すぐさま彼はナフィアを抱きかかえる。
もう他のものは視界に入らない、そういう嬉々とした態度であった。
「ぇ……あっ、ま、待ちなさい! 待って! そ、そんな……そんなのってぇっ!」
「心が大人になったとき、また会いましょう。それまではさようなら、スァン」
自分勝手な妹の制止を振り切り、二人は飛空艇へ向かって歩いてゆく。
ナフィアが見下ろす先。段々と遠ざかり、風景に溶けていく妹はかつてないほど、ひどく醜い女の顔をしていた。
――――――――完
ここまで読んで下さり、本当にありがとうございます。
現在、本作の他に「無感の花嫁」という異世界恋愛ものを書いていますのでまだ序盤も序盤ではありますが、よろしければぜひそちらも一読頂けると嬉しいです。
重ねてお礼申し上げます。ありがとうございました。
※追記
お時間ございましたら、異世界恋愛もの(長編)でどういった部分があるorないと読む読まないを決める、もしくは評価を入れるタイミングや基準などを、参考までに教えていただけると大変助かります。
(読者の皆様が読みたいものを私が書く確率が上がるかもしれませんので……!)